第九十七話 武人の矜持
相変わらずアリアが活躍する回はイイネがめちゃ多く、アリアファンの多さに驚いています⭐︎個人的にもお気に入りなので嬉しいです⭐︎
総勢五万にも及ぶ悪魔の大軍がランドールの国境近くに展開しているという。ガラムにとってその報告はまさに寝耳に水であった。
ガラムには国を裏切ろうとした過去がある。娘に呪いをかけられ、命を人質に国の機密情報を帝国に流し続けた。それだけでなく、ガラムを傀儡にしようと考えた帝国と悪魔は、彼の政敵を排除すべくその手伝いもさせたのである。
だが、聖女であるパールがジェリーの呪いを解いたことで帝国と悪魔の策略は破れた。近いうちに必ず別の行動を起こすであろうとは考えていたが、まさかこのような強硬手段に出るとはガラム自身思いもよらなかったのである。
「ジェリーは戻っていないか!?」
一報がもたらされたとき、ガラムは自宅の執務室で書類の整理をしていた。国としての一大事だが、それ以上に遊びに出かけた娘が気になる。
「は、はい……ご友人のもとへ遊びに出かけたまままだ戻っていません」
使用人の言葉にガラムは色をなくす。
いや……ジェリーはたしかクラスメイトであり、呪いを解いてくれた聖女様のもとへ遊びに行くと言っていた。そして聖女様の母君は真祖アンジェリカ様。
そうだ、ジェリーは今ランドールで一番安全な場所にいる。なら娘のことは心配ない。私は私がやるべきことをやらなければ!
ガラムは使用人に馬車を用意するよう伝えると、議員服へと着替えを始めた。が、そのとき――
「ぎゃっ!」
使用人の短い悲鳴がガラムの耳に届いた。慌てて転倒でもしたのだろうか、と思っていると――
「あなたがガラム議員で間違いないでしょうか?」
扉を開けて入ってきたのは一人の悪魔。以前接触してきた悪魔より年配に見えるその男の手は赤く血塗られていた。おそらく使用人はこの悪魔の手にかかったようだ。
「何者……と聞くまでもありませんね……」
「ふむ。やはりあなたがガラム議員で間違いないようだ。では、私がここに訪れた理由も理解しているはず」
「ええ……」
ガラムは納得した。帝国と悪魔はこの国を手に入れたがっていた。それにもかかわらず、大軍で攻めてくるのはどう考えても理屈に合わない。
おそらく悪魔の軍勢は囮で、我々要人の暗殺こそ真の狙いなのであろう。
ガラムは何とかこの場を切り抜け、バッカスをはじめとする国の中枢にいる者たちに真実を伝えなくてはと考えた。
「おっと……ここから逃れることは不可能です。あなたを確実に始末するようにとの命を受けておりますれば」
ガラムのわずかな挙動を初老の悪魔は見逃さなかった。つかつかとガラムの目の前まで歩みを寄せた悪魔は、肘を後ろに下げ手刀で彼の喉を貫く姿勢をとる。
――ジェリー!
目を閉じて終わりの瞬間を待った。が――
「失礼します」
先ほどまで誰もいなかったところに一人の男が立っていた。執事のような恰好をした初老の男だ。
「む……あなたは誰でしょうか?」
「名乗るほどの者ではありません」
やや困惑した表情を浮かべた悪魔の問いに対し、初老の執事は丁寧に言葉を紡ぐ。
が、明らかに只者ではないことはガラムも悪魔も気づいている。初老の執事には似つかわしくない猛るような闘気。数えきれないほどの修羅場を潜り抜けた者だけが纏う独特の空気を悪魔は見てとった。
「なかなかの強者のようですね。ですが、私の目的はあなたと戦うことではない。このガラム議員さえ殺せば私の目的は達成しま――」
悪魔は目を疑った。たしかに先ほどまでそこにいたはずの執事が姿を消したのである。
「!?」
再度姿を現したとき、彼の隣にはガラム議員がいた。
「残念ですがあなたの目的は果たせません。さあ、どうしますか?」
「……目的は必ず果たします」
そう口にした悪魔はアンジェリカの忠実な執事、フェルナンデスに狙いをつけて躍りかかった。強者である執事を先に始末しないことには目的を果たせない、そう考えての行動だ。
何者かは分からないが悪魔族として長きにわたり戦い続けた自分より強い者はそうそういない。初老の悪魔は自身の勝利を微塵も疑わなかった。
だが、すぐにそれが大きな間違いであることに悪魔は気づく。執事は全力で殴りかかった悪魔の拳を軽々と片手の手の平で受け止めると、そのままぐしゃりと握り潰してしまった。
「……ぎっ!」
「どうしました。目的を果たすのでしょう? さあ、きなさい」
執事は表情をまったく変えることなくそう口にした。
「あ、あなたはいったい……?」
この一瞬の攻防だけで悪魔は執事が尋常ではない存在であることに気づく。
「……私は真祖アンジェリカ・ブラド・クインシー様の忠実なる執事、フェルナンデスと申します」
驚愕のあまり握り潰された拳の痛みも忘れて呆ける初老の悪魔。その言葉が意味することは――
「ま、まさか……そ、そんなことが……」
長きにわたり戦い続けてきた悪魔だからこそ分かること。目の前にいる執事こそ、真祖一族の軍を率いて数多くの戦場を紅き血に染めてきた男。
常勝将軍の名を欲しいままにし、数多の悪魔族を屠ってきた、真祖一族が誇る最強の矛。あるときを境に前線を退いたが、その悪鬼羅刹の如き戦いぶりは悪魔族のなかでも語り草になっていたほどだ。
「じょ……常勝将軍フェルナンデス……」
絞り出すように悪魔が吐いた言葉にフェルナンデスの肩がぴくりと反応する。
「……その呼び方は好きではありません。今の私はアンジェリカ様に仕えるただの執事です」
初老の悪魔はすべてを悟った。フロイドの計画がうまく進んでいない理由。それはこの国の背後に真祖がついていたからにほかならない。
かつて四名の七禍を一人で相手にして退けた真祖の娘、アンジェリカ・ブラド・クインシー。そのような規格外の存在が背後にいる国に何かしようなど、到底無理な話だったのだ。
「古の大戦であなたの戦いぶりは何度も目にしました。私も悪魔族の武人……どうか本気でお相手を願いたい……」
「ふむ……あの大戦の生き残りですか。よろしい。かかってきなさい」
フェルナンデスはガラム議員に部屋から出るよう伝え、初老の悪魔と向き合った。一瞬の静寂を打ち破り初老の悪魔がフェルナンデスに飛びかかる……が。
フェルナンデスは一歩も動くことなく、魔力を込めた拳を悪魔の腹に叩き込む。悪魔の腹には無残にも大きな風穴があいてしまった。
「……ぐぐっ……!」
大の字になって床に倒れ込む悪魔。目はうつろとなり、間もなく命の灯が消えることは誰の目にも明らかであった。
「……死にゆく前に一つお聞きしたいことがあります。七禍の一人、ベルフェゴールの居場所をご存じないですか?」
「……あのお方は……も、もう……の……知る……」
何か情報をもっていたようだが、悪魔はそのまま骸になってしまった。武人の心意気にあてられつい本気で相手をしたことに後悔するフェルナンデス。こんなことなら先に情報を聞き出すべきだった。
「ふぅ……とりあえず任務は完了ですね」
悪魔の顔に視線を落としたフェルナンデスは、手でそっと目を閉じてあげると静かにその場から姿を消した。
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