第九十四話 迫りくる足音
名古屋はめちゃくちゃ寒いですが、皆様の地域はどうでしょうか?風邪など引かぬようご自愛ください。
燭台のぼんやりとした灯りが揺らめく薄暗い部屋のなか。悪魔侯爵フロイドは本国から呼び出した三名の部下の前に立っていた。ここはセイビアン帝国の帝都地下にあるフロイドの拠点。人型ではあるものの、恐ろしい顔つきをした悪魔たちは直立不動のままフロイドが口を開くのを待つ。
「俺の計画が成功するかどうかはお前たちの働きにかかっている」
重苦しい雰囲気のなかフロイドが口を開いた。部下たちの体がぴくりと震える。
「お前たちには、ランドールの中枢にいる要人を暗殺してもらいたい」
「ふむ……別に難しい話ではないと思いますが……」
一人の悪魔は怪訝そうな表情を浮かべた。人間を暗殺する程度のこと、悪魔にとって容易なことであるからだ。
「油断するな。ランドールは我々の計画に薄々気づいている。要人たちは手練れの護衛を雇っているため、そう簡単に暗殺はできない」
「……なるほど」
「本来は段階を踏んで計画を進める予定だったが、二つの計画を同時に発動することにした。その混乱に紛れて要人を暗殺してもらいたい」
フロイドの計画。悪魔の軍勢をランドールの首都リンドルに差し向け、混乱に乗じて国の中枢にいる要人を暗殺する。国の一大事となれば、手練れの護衛や、ランドールの背後についている強者も悪魔の軍勢に対処するため出張ってくる可能性が高い。その隙をついて要人を消してしまうのだ。
悪魔の軍勢はあくまで囮である。軍勢をリンドルへ突入させてしまうと甚大な被害を出してしまい、国を盗っても旨味がなくなってしまう。民たちを混乱させるため最小限の手勢は送り込むが、できるだけ被害は抑えるつもりでいる。
「かしこまりました。最優先で対処すべき対象の情報を教えてください」
「まずは、実質上ランドールの頂点とも言えるバッカス議長。次にガラム議員。そして冒険者ギルドのギルドマスター、ギブソンの三人だ。この三人には特に屈強な護衛がついている可能性が高い。だからお前たちに任せたい」
「冒険者ギルドのギルドマスター?」
「ただのギルドマスターではない。国の中枢にいる要人とも深いつながりがあり、それなりの発言力もある」
「なるほど。ちなみに、リンドルの国境へ送り込む軍勢はいかほどの予定でしょうか?」
「……五万だ」
「……なかなかの大軍ですね。かつての大戦を思い出します」
三名のなかでは唯一初老の悪魔がぼそりと言葉を紡ぐ。
「かつての大戦?」
「若い者は知らぬであろう。かつて真祖とのあいだで起きた戦いだ。最初こそ優勢だったが、途中から参戦してきた真祖の娘が我が軍の大半を焼き払った」
初老の悪魔は胸に手をあて目を閉じる。かつての時代に思いを馳せているようだ。
「そのような強者を放置するのは危険だと、七禍の方々が直々に始末しにいった。だが、その真祖の娘はたった一人で四名の七禍を同時に相手して退けたのだ」
若い悪魔たちがゴクリと唾を飲み込む。彼らもかつて勃発した大戦のことは知っている。だが、ここまで詳しい話を聞いたことはなかった。
そして、真祖という言葉を耳にしたフロイドもまた、全身に鳥肌が立つような感覚に襲われていた。どれほどの確率なのかは分からないが、ランドールの背後に真祖がついている可能性がわずかながらある。
もし、本当に真祖がランドールの背後にいるのなら……。
その考えを打ち消すように頭を振ったフロイドは、三名の悪魔に最終確認を行う。
「とにかく、このまま計画を進める。お前たちは確実に三名の要人を暗殺すること。分かったな?」
三名の悪魔は恭しく頭を下げると、そのまま闇のなかへと溶けこむように消えていった。
「まさか、こんな偶然があるなんてびっくりしましたです」
爽やかなベルガモットの香りが漂うアンジェリカ邸のテラスでは、複数の女性がお茶会を開いていた。屋敷の主人であるアンジェリカに娘のパール、教皇ソフィア、聖騎士レベッカ、そして……。
「わ、わ、私もびっくりしましたです……」
パールのクラスメイトであるオーラとジェリーもお呼ばれされていた。アンジェリカに友達を家に呼びたいと伝えたら快諾してくれたので、休日を利用してお茶会を開くことになったのである。
「本当ね。まさかソフィアの姪とパールがクラスメイトだなんて」
「はい。オーラは姉の娘なんですが、私あまり会ったことがなくて……こんな機会ができて嬉しいです」
にっこりと微笑みオーラに視線を向けるソフィア。そのオーラはガチガチに緊張しているが。
ちなみに、アンジェリカが真祖でありパールが聖女ということはオーラにも伝えてある。かなり驚いてはいたが、何となく納得してもらえた。
なお、すでにアンジェリカが真祖であることを知っているジェリーも緊張した面持ちである。おとぎ話に出てくる真祖のお茶会に同席しているのだから当然と言えば当然だが。しかも、各国に大勢の信徒を擁するエルミア教の教皇までここにはいる。
「ふふ……オーラ、学校は楽しい?」
「は、はい! パールちゃんがクラスメイトになってから、もっと楽しくなりました」
紅茶を口に運ぼうとしていたオーラだったが、ソフィアに話しかけられ思わずこぼしそうになってしまった。
「パールは学園できちんとやれているかしら?」
「はい! パールちゃんは本当に凄いです! この前も名前を書かずに恋文を送ってきた男子に――」
アンジェリカからの問いに対し普通に答えたつもりのオーラだったが、途端に周りの空気がピリッとした感覚に陥り言葉が続かない。
「……恋文? 男子からパールに?」
アンジェリカからじろりと視線を向けられたパールだが、どこ吹く風でお菓子を頬張っている。
「んー-。ちょっと男らしくない恋文を送ってきた男子がいたから、授業であぶり出して吊るしあげて恥をかかせただけだよ」
アンジェリカは最初悪い虫がついたと危惧したのだが、パールの発言を聞いてその男子生徒が不憫に思えてきてしまった。
うん、我が娘ながらたくましく育ってくれた。ちょっとたくましく育ちすぎた気もするけど……。
と、そのとき――
アリアが使役している下級吸血鬼がアンジェリカのそばに現れ、何やら耳打ちを始めた。いきなり見知らぬ男性が現れたことでジェリーやオーラは思わず息を吞むが、パールから「大丈夫だよー」と言われ落ち着きを取り戻す。
「そう、やっと動き出したのね」
下級吸血鬼から報告を聞いたアンジェリカはそう呟くと、紅い瞳に光を宿して凄みのある笑みを浮かべた。
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