第九十三話 公開処刑
「では魔法実習を始めます。今日は魔法の精度を高める練習です。授業の最後には小試験を実施するので皆んなまじめに取り組むように」
パールたちが集められたのは屋内運動施設。試験のときパールが壁を破壊した建物である。まだ壁の修理は完了しておらず、応急処置が施されたままだ。
「なお、今日の授業は二回に分けて行います。授業時間に変更はありませんが、同じ時間内で実習と小試験が二回あります」
生徒たちのあいだにざわめきが広がる。今までこのような形式で実習が行われたことはないからだ。
怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせる生徒が多いなか、パールだけはじっと教師の話を聞いていた。それもそのはずで、このような形式にしてほしいとお願いしたのはパール自身である。
「なお、パールさんは少々体調がよくないとのことなので、実習と小試験は最初の一回にしか参加しません。パールさんに勝ちたいなら一回めの試験が勝負ですよ!」
黒いローブを着用した女性教師が拳を突き上げて生徒を鼓舞する。教師の言葉にパールはニヤリとしながらジェリー、オーラと顔を見合わせた。
授業は滞りなく進み、すぐに小試験の時間がやってきた。用意された複数の小さな的に魔法を放ち、時間内にどれくらい命中したかで採点される形式だ。
「では小試験を始めます。高等部の生徒からいきますね。順番に並んで一人ずつお願いします」
初等部の生徒が見守るなか、高等部の生徒が一人ずつ試験に挑む。特級クラスだけあってさすがにレベルは高い。あくまで一般的な基準では、だが。
と、準備に入った一人の男子生徒がちらちらとパールに視線を向けていることに気づく。
「ねえ、パールちゃん。もしかして手紙あいつじゃない?」
視線に気づいたジェリーが小声でパールに耳打ちする。
「でも……さっきからパールちゃんをちらちら見てる男子いっぱいいますよ? パールちゃん可愛いから」
オーラも小声で参加する。実際はパールだけでなくオーラやジェリーも注目されているのだが。
「え、ほんと? よく分からなかった……」
人からの視線には慣れている。冒険者になりたての頃はめちゃくちゃじろじろ見られたし、今でも街中を歩いてるとよく見られるし。
そう、視線を向けられることに慣れているため、男子からちらちらと向けられる視線にも気づけなかったのである。
「とりあえず、特に怪しそうなのは三人ね」
とうやら、ジェリーはパールに視線を向ける生徒たちを観察し怪しそうなのを絞り込んでいたようだ。
「まあでも、私の試験が終わったらはっきりするよ、きっと」
パールは二人に悪戯っぽい笑顔を向ける。何せそのために先生へ直談判して授業の形式まで変えてもらったのだ。
教師としても、歴代最高得点で試験に合格したパールの要望を無視することはできなかったようだ。しかも、すでに知識量の勝負では負けているため余計に拒否しにくい。
小試験も滞りなく進み、いよいよ初等部の出番がやってきた。大人しく自分の出番を待つパール。
そしてついに──
「では次、パールさんお願いします」
「はいっ」
出番を終えて級友とお喋りしていた生徒たちも、一斉にパールへ視線を向けた。大天才、学園始まって以来の逸材と評価されているパールに注目しない者はいない。
選別試験のとき使った魔法がまた見られるのでは、圧倒的な破壊力の魔法を目の当たりにできるのでは、と期待に目を輝かせる生徒たち。
だが、パールにはこの場面で魔力と精度を抑える必要があった。と言っても、あからさまに手を抜くと不思議に思われてしまう。そこで……。
「ん~~……何か今日は体調悪いなぁ~どうしたのかな~」
白々しい独り言を盛大に呟くパール。
ジェリーとオーラの顔には「いや演技ヘタ!」と言わんばかりの表情が浮かんでいる。
友人に大根役者ぶりを見せつけたパールだが、思惑通り威力を抑えた魔法でほとんどの的を外すことに成功した。
「あらら……パールさん残念でしたね。でも、今日は体調が悪いとのことなので仕方ないですよ」
慰めてくれる教師に少し悪い気がしつつ、パールは列に戻った。
そのまま小試験は進み、初等部の生徒全員が試験を終えたところで十分の休憩を挟むことに。なお、パールの思惑通り小試験の結果は最下位だった。
パールはジェリー、オーラと運動施設の一角に座り込んでお喋りしていたのだが……。
「……やあ。パール君だね? 僕の手紙は読んでくれたかな?」
――きた!!
三人が色めきだったのは言うまでもない。三人が視線を向ける先には、片手で髪の毛をかき上げながら爽やかな笑みを浮かべる高等部の生徒が。
こいつか!!
「え? 手紙?」
パールはあえてとぼけてみた。
「え? 机のなかに入っていただろう? 読んでくれたんじゃないのかい?」
はい決定打いただきました。
「あ! もしかして『あなたが入学してからずっと見てました。今日の魔法実習の授業で僕のほうがいい成績だったら、お付き合いしてください』って手紙をくれた人ですか!?」
大きな声で恋文の内容をばらされ盛大に慌て始める男子生徒。周りの生徒からの視線が次々と突き刺さる。
「でも、あのお手紙って名前書いていませんでしたよ? 私のほうが試験でいい成績だったときには名乗り出ないつもりだったんじゃないですかぁ?」
真っ赤に染まっていた顔が途端に青くなる。何とも忙しい顔である。そして険しくなる同級生たちの表情。
「マジかよあいつ……そんな姑息なことしてたのか」
「保険かけてたってこと? やだ最低……」
「そもそも学園始まって以来の逸材に勝てると思ってんのかよ身のほど知らずが」
今や完全に公開処刑の場になってしまった実習現場。同級生たちの好奇の目に晒された男子生徒であったが……。
「う、うるさい! とにかく僕は勝負に勝ったんだ! 君は僕と交際しなくてはならない!」
開き直った! いや、私そもそもそんな勝負受けた覚えないんだけど。
「ごめんなさい。お付き合いはできません」
「ど、どうして!? 僕は勝ったのに……!」
「まず、私はその勝負を受けた覚えがありません。名前が書いてなかったので断ることもできませんでしたしね」
その場にいた生徒全員が「うんうん」と頷く。よく見ると教師も一緒になって頷いていた。何故だ。
「それに、まだあなたは勝っていませんよ?」
「……は? いったい何を……」
「だって、私二回目の小試験も受けますから」
にっこりと満面の笑みを浮かべるパール。そう、これがパールの狙い。男子生徒は絶望的な表情を浮かべた。
「そ、そんな……! 体調不良だったんじゃ……!」
「治っちゃいました」
てへ、と可愛らしく首を傾げるパールにクラスメイト全員がノックアウト寸前に陥る。
結局、二回目の小試験ではパールがすべての的を一瞬で破壊しあっさりと満点を取得。授業が終わると、男子生徒はすごすごと隠れるように教室へ戻っていった。
そしてこの日から、パールに姑息なことをするととんでもない逆襲に遭うということを特級クラスの生徒全員が認識したのであった。
ブックマークや評価をいただけると小躍りして喜びます♪ (評価は↓の⭐︎からできます)
「聖女の聖は剣聖の聖!ムカついたら勇者でも国王でも叩き斬ります!」連載中!
https://ncode.syosetu.com/n4613hy/