第九十二話 まさかの手紙
薄暗い部屋のなかは重苦しい空気に支配されていた。すでに二人が顔を合わせて十分以上経つがほとんど言葉は交わされていない。
どちらともなく吐かれるため息と、貧乏ゆすりによる衣擦れの音。お互いの耳に届くのはそんな音ばかりである。
「……どうやら第一段階は完全に失敗したようだ」
沈黙のなか口を開いたのは悪魔侯爵フロイド。その顔には苦々しい表情が浮かんでいる。
「……そのようだな。ほぼ無傷でかの国を手に入れたかったものだが……」
でっぷりとした巨体をソファに埋め、天井へ目線を向けながら呟くように言葉を吐いたのはセイビアン帝国皇帝ニルヴァーナである。
「まさかこうも思い通りに進まぬとは……ガラムの娘にかけた呪いは解かれ、攫いに行ったウィズも戻ってこなくなった」
ウィズは生意気なダークエルフの小娘だが腕はたしかだ。まともに戦って人間が勝つのは難しい。
そのウィズはガラムの娘が通う学校に潜入し攫おうとしたらしいが、そこから先の行方がまったく分からない。使い魔の報告では間違いなく学園には潜入したとのことなので、校内で何かあったのだろう。
もしかすると殺された……? いや、ランドールも帝国や我々の動きには薄々気づいているはずだ。だとすれば、貴重な情報源としてウィズを確保した可能性が高い。
あの小娘を確保できるとは思えんが、万が一その場合、あいつは口を割るだろうか。そう簡単に口を割るとは思わんが……。
実際には驚くほどあっさりと寝返りペラペラと口を割っているのだが、それをフロイドが知る由はない。
「こうなったら第二段階へ移行するしかないかのぅ」
「……そうだな。だが、気がかりなことがある」
「何だ?」
「使い魔の報告によれば、ウィズは当初ガラムの自宅を強襲しようとしたらしい。だが、手練れの護衛が先回りして奴らを守っていたそうだ」
つまり、相当頭のキレる奴がランドールについている。
「ガラムの傀儡化が失敗したときのことを想定して練った第二の計画、すなわち要人の同時暗殺。もしかするとこれも先回りされるかもしれない」
「む……」
「そこでだ。ここは第二と第三の計画を同時に発動させるのはどうだろうか」
「……つまり……?」
皇帝ニルヴァーナはフロイドに顔を寄せ計画の全容を聞くと、シワだらけの顔に醜い笑みを浮かべた。
「オーラちゃんにジェリーちゃん、おはよー」
校門を抜けて二人の後ろ姿を発見したパールは、小走りで駆け寄り挨拶すると並んで歩き始める。三人の美少女が並んで歩く様子に生徒たちの視線が集まった。
先日、ウィズの襲撃に巻き込まれた二人であったが、パールがあっさりと返り討ちにしたことからショックは残ってないようだ。
「あ、今日って魔法の実習あるんだっけ?」
「あーー……私苦手なんだよなぁ……」
「私もです……」
パールにとっては初めての魔法実習。アンジェリカとキラ以外から魔法を習ったことがほとんどないため、密かにパールは楽しみだった。
「しかも今日って高等部との合同実習だよね」
ジェリーの表情がやや曇る。高等部には父親の政敵だった者たちの子息や息女がいる。自分の命を救うためとはいえ政敵を抹殺する手助けを父はしていた。
本来なら父は罪を償う立場だが、バッカス議長の計らいもあり罪には問わないことになった。だが、それでも父の罪がなかったことになるわけではない。
「ジェリーちゃん?」
パールに声をかけられハッとするジェリー。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考えごとしちゃってた」
考えたところで結論は出ない。このことは、父と私が一生背負っていかなきゃいけないことだ。ジェリーは思考に一区切りつけると、力強く前を向いた。
「えーと、一限の授業はと……」
バッグから教科書を取り出し机の引き出しに入れようとしたパールは、何やら封書のようなものが入っていることに気づく。
ん? 何だろこれ? 手紙……みたいだけど……。
封筒から手紙らしきものを取り出し広げてみる。そこには──
「パールちゃん、どうしました?」
紙を広げてマジマジと見つめるパールにオーラが怪訝な目を向ける。
「あ、うん……これなんだけど……」
オーラに見せた手紙にはこう書かれていた。
『あなたが入学してからずっと見てました。今日の魔法実習の授業で僕のほうがいい成績だったら、お付き合いしてください』
やだ怖い。
てかキモい。
「こ、これって恋文では……!」
「いや、ずっと見てましたって……怖すぎない?」
何やらヒソヒソと話しているパールたちに気づきジェリーもやってきた。件の手紙を見ると……。
「これは間違いなく恋文ね……!」
ジェリーの目が爛々と輝く。どうやらこの手の話が好きみたいだ。
「それにしても、ずいぶんと身のほど知らずな奴もいたものね。パールちゃんの試験結果知らないのかしら?」
腰に手を当てて呆れた表情を浮かべるジェリー。たしかに、パールの試験結果を知っていたら無謀な挑戦であることはすぐ分かる。
「あの、それよりも……この手紙差出人の名前がないですね……」
「それは多分、パールちゃんよりいい成績取れなかったときの保険なんじゃないかしら」
なるほど。成績がよければ名乗り出て、悪ければそのまま何もなかったことにしようと。何かそういうのヤダなー。
すでにこの時点で手紙の差出人に対するパールの印象は最悪である。
「でも、どんな人か気になりますね」
「こんなやり方するなんてろくな奴じゃないわよきっと」
うん、私もそう思う。でも、たしかにどんな人なのか気にならないことはない。さてどうするか……あ。
「ちょっといいこと思いついたから先生に相談してみよっと」
首を傾げるオーラとジェリーに、パールは邪悪な笑顔を向けるのであった。
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