第九十話 敵の狙い
二度に渡りパールから返り討ちにされたウィズはアンジェリカによって屋敷へ連行され冷たいウッドデッキの上に正座させられていた。
「あ、先に言っておくけど嘘ついたら舌抜いて手足もむしるから」
無表情のまま恐ろしいことをさらっと口にするアンジェリカに対し、ウィズは首がもげるのではないかと思えるほどコクコクと頷いた。
いつもなら何を冗談を、と笑い飛ばすところだが、かつて祖先を滅ぼしかけた真祖を目の前にしてそんなことできるはずはない。
緊張のしすぎで乾いた唇を舌でぺろりと湿らせ口を開こうとしたところ、タイミングを同じくして執事の男がトレーを片手にテラスへ入ってきた。
「お嬢様。紅茶をお淹れします」
「ありがとう。彼女の分も用意してあげて。あなたもいつまでもそんなとこ座ってないでそこ座りなさい」
真祖が顎でガーデンチェアを指す。いや、ここに正座させたのあなたなんですけど。
もちろんそんなこと口に出せるはずはない。大人しくノロノロと立ち上がり椅子に腰掛ける。
着席すると同時に紅茶を淹れたカップが目の前に置かれた。ああ……いい香りだ。少しだけど気持ちが和らぐ。うん、少しだけ。
ウィズは紅茶を一口飲みほっと息をつく。唇と喉を潤した彼女は覚悟を決めたように口を開いた。
「今回の件、私に命令したのはフロイドという悪魔です。彼は私の雇い主で、目的を達成するまでの継続的な契約を交わしていました」
「雇い主?」
「はい……暗殺に誘拐、戦闘などが私の主な稼業です。彼には半年ほど前に腕を見込まれ雇われました」
「ふーん。ということはガラム議員の娘を攫おうとしたこと以外にも何か仕事を頼まれていたのかしら?」
「……少し前にリンドルへ出入りする商隊を襲撃したのも彼の依頼です。市井を混乱させ経済にも打撃を与えたかったようです」
以前、パールやキラは冒険者ギルドから商隊を襲撃している盗賊の討伐を依頼された。実際には盗賊などおらず襲撃はウィズ一人で行われていたのだが、パールの手により見事返り討ちに遭ったのである。
「なるほどね。国力を削ろうとしたのかしら」
「そうですね。あとは国民が国の上層部に不満を抱くように持っていきたかったのでしょう」
「……帝国と悪魔族が手を組んでるのは間違いないのね?」
「間違いありません。皇帝自らフロイドと計画を練っていました」
「……どうしても分からないことがあるわ。帝国がランドールを手中に収める手助けをして、悪魔にどのような利点があるの?」
「……この計画は双方の利害が一致しています。帝国は悪魔の手を借りてランドールを手中に収められる。そして悪魔は……」
ウィズはいったん言葉を切ると紅茶に口をつける。
「……悪魔はランドールそのものを食糧庫にしようとしています」
何やら物騒なことを口にしたウィズにアンジェリカは怪訝な目を向ける。
「傀儡政権を誕生させて出生率を高める政策を進める。どんどん人口を増やす政策を続けることで、帝国はたしかな税収を得つつ悪魔は継続的に食糧としての人間を確保できる」
「何ともおぞましい計画ね」
「そうですね……ランドールを堕とすだけなら悪魔でも可能ですが、統治や国家運営はできない。そこで、運営は帝国と息がかかった者に任せ継続的に食糧を供給してもらおうという計画です」
「そんな……酷い……」
パールの顔色は少し悪い。こんな話聞かせるんじゃなかったとアンジェリカは後悔する。
「まあ……下衆な計画ではあるけど合理的でもあるわ。この計画をフロイドという悪魔が考えたの?」
「計画はフロイドと皇帝の二人で考えたようです」
ふむ……七禍は関係ないのかしら?
「ただ、フロイドは上から効率よく人間を食糧として確保できる仕組みの構築を命じられていたようです」
「……七禍ね?」
ウィズの目が驚きで少し見開かれる。
「ご存じなんですね……ただ、七禍の誰がフロイドにそれを命じたのかまでは分かりません」
「ふーん……」
「ほ、本当です!!」
紅い瞳でじっと見つめてくるアンジェリカにウィズは慌て始めた。
「別に嘘だなんて思ってないわよ。嘘ついたら舌抜くし」
ごくりと生唾を飲み込む。言葉に出されただけなのにウィズは舌がヒリヒリするような感覚に襲われた。
「ガラム議員の娘を攫うのも失敗し、国の上層部を傀儡にする計画は潰えたわけだけどこれからどうするつもりなのかしら?」
「私もそこまでは……帝国はなるべく無傷のままランドールを手に入れたかったようですが、そうも言っていられなくなるでしょうね」
ふむ。考えられる手はいくつかある。軍、もしくは悪魔を使って力づくでランドールを制圧する、または国家運営に関わる者をすべて抹殺し混乱に乗じて国を乗っ取る。
いずれにせよ、そう遠くない将来に帝国と悪魔は行動を起こすだろう。
「……パール、学校は楽しい?」
「え? うん、友達もできたし楽しいけど……どうしたのママ?」
突然このようなことを言い出したアンジェリカに対し、パールだけでなくウィズも怪訝な表情を浮かべる。
「ふふ。娘の大切な学び舎がある場所を好きにさせるわけにはいかないわよね」
その発言はこの件に真祖が介入しようとしていることを意味する。ウィズは直感的に帝国とフロイドの計画が潰えることを確信した。
と、そこへ──
「お嬢様。紅茶のお代わりはいかがですか?」
美しいメイドがトレーにティーポットをのせてテラスへ現れた。ウィズの視線が見事な胸部に突き刺さる。自らを棚にあげるわけではないがなかなか凶悪な果実をぶら下げている。
「ありがとうアリア。あ、そうだ。ねえウィズ、そのフロイドという悪魔は最近大怪我しなかったかしら?」
「え、あ……はい。胸のあたりを貫かれてかなりヤバかったですね。私が治癒魔法で治しましたけど」
「ふむ。やはりアリアが遊んだのはフロイドで間違いないようね」
アンジェリカはアリアに視線を向ける。
「どうだったアリア? 遊んでみた印象は」
「んー……遊びにもならなかったので正直印象がないですね。もう顔も忘れちゃいました」
あっけらかんと話すアリアにウィズは全身が冷えていくような恐怖に襲われた。
このメイドがフロイドを!? いや、あいつあれでも上位悪魔なんですけど!? しかも遊びにもならなかった!?
私をあっさりと二回も返り討ちにした娘といいこの爆乳メイドといい、真祖の周りの人材ヤバすぎだろ!
そんな恐ろしい連中に囲まれている状況に、ウィズは目眩を起こしそうになるのであった。
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