第八十九話 貝になりたい
学園に侵入したウィズと戦闘になったパールであったが、前回同様にゼロレンジからの魔導砲を炸裂させ勝利するのであった。
ダークエルフはあらゆる戦闘に長けた一族である。魔法を用いた戦闘はもとより、剣技や体術を駆使した近接戦までこなせるのがダークエルフの強みだ。
まあ、そんな強い種族だから調子に乗っちまうのはご愛嬌ってもんだ。私たちの祖先はそれに輪をかけてイケイケだったらしい。
エルフはもちろんハイエルフともバチバチにやり合い、悪魔や神族にまで喧嘩をふっかけ四方八方に敵を作っていたと聞く。
だが、そんなイケイケの祖先はあるときを境に突然大人しくなったらしい。何故って? 絶対に喧嘩を売ってはいけない存在に喧嘩をふっかけたからさ。
私が生まれ育った村に古くからのこんな言い伝えがある。
血のように紅い瞳の娘真祖には絶対関わるな──
この一文から何があったのか何となく想像はつく。おそらく調子に乗って真祖に喧嘩を売った挙句返り討ちにされたのだろう。
別の伝承でも、過去に一度ダークエルフが滅亡の危機に晒されたと伝わっている。要するに、絶対の絶対に関わっちゃいけない相手だってことだ。敵対するなんてもってのほかである。
正直、私もそんな恐ろしい存在と関わるのはごめんだ。生涯のなかで一度たりとも遭遇したくないと切に思っていた──のだが。
今、私は冷たいウッドデッキの上に正座させられている。視線の先には白銀の毛を纏う獣に幸せそうな顔でまとわりつく紅い瞳の少女。
一見すると微笑ましい光景だが、そんな甘々なもんじゃない。少女の全身から立ち昇るどす黒いオーラ。ここに連れてこられてからずっと撒き散らされている凶悪かつ膨大な魔力。
私は生きた心地がしなかった。目の前にいるのは、間違いなく過去にダークエルフを根絶やしにしかけた吸血鬼の頂点、真祖。
全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出る。すでにここへ連れて来られて三十分以上経つが、真祖の少女はああして獣と戯れているだけだ。
てゆーかあれってもしかしてフェンリルじゃねえの? いやまさかな。それはそうといったいいつまでこうしてりゃいいんだろ。
真祖の少女はまだ遊び足りないようだ。まあ少女とは言うものの見た目だけで実際には私より遥かに歳上のババアなんだけどな。
と、そのとき少女の動きがピタリと止まり初めて口を開いた。
「……ねえ。あなた今私の悪口言った?」
血のように紅い瞳を向けられ私はちびりそうだった。いや、正直に言うと少しちびった。
「い、いえ! 何も言っていません!」
「……そう。でも何かイラッとしちゃった」
少女はそう口にすると私に指先を向け──
「んぎゃっ!!」
いきなり雷系の魔法を放った。威力は抑えてるんだろうが全身が痺れる。てゆーかどうして!?
ん? さっき魔法の詠唱もなかったよね? え? 指先向けるだけで魔法放てるとかヤバくない?
もはや私に戦意なんてものはいっさいない。むしろ、少女の足を舐めてでも許して貰おうと考えている。
必死に頭を回転させて許しを得る方法を考えていたのだが、やっと少女が獣から離れてウッドデッキへと上がってきた。
「さ。じゃあお話ししましょうか」
少女は口角の片側を吊り上げて目を細めた。
学園に侵入しジェリーを攫おうとしたウィズだったが、またもやパールによって返り討ちにされてしまった。
その後、気絶したウィズを教師が魔法で拘束。パールの提案で冒険者ギルドへ連絡してもらい、事情を理解したギルドマスターが護送要員としてキラやケトナーを送り込んだ。
ギルドでウィズの事情聴取をする予定だったらしいが、曲者が学園に侵入しパールと戦闘にまで及んだことがアンジェリカの耳に入ることとなる。
どうやら、アリアがギルドの周りに配置していた下級吸血鬼が情報を伝えたようだ。
報告を受けたアンジェリカは直ちにギルドへと転移し、事情聴取を引き受けるからとウィズを屋敷へ連れ帰ってしまった。そして今にいたる。
「パール、こっちいらっしゃい」
部屋のなかで宿題をしていたパールがテラスに顔を出す。
「どうしたの? ママ」
「学園でのことを聞きたいのよ。できればあなたも交えて」
「うん、分かったー」
パールはいったん部屋へと引っ込むと、すぐにテラスへとやってきた。
「さて、まずあなたのお名前から聞きましょうか」
アンジェリカは無表情のままウィズに質問する。
「ウ……ウィズです」
「ダークエルフ……かしら。珍しいわね」
「あ、はい……よく言われる……ます」
「で、あなたはあの学園に何をしに行ったのかしら?」
アンジェリカの体からやや漏れる殺気にウィズがごくりと唾を飲み込む。
「えと……雇い主から命令を受けまして……ガラム議員の娘を攫え……と」
「ふーん。それで学園に侵入して私の娘とも戦闘になったと」
表情こそ変化はないものの、次第に膨れ上がる魔力と殺気にウィズは気を失いそうになった。
「い、いえ! 戦闘だなんて大袈裟なものではなくてですね……ええ。そもそも私一撃でやられてますし」
「……どうなの? パール」
「いきなり魔法撃ってきたよー?」
あっさりバラされた。
「ふーん。ほかには?」
「うーん。あ、バカとかクソガキとか言われた気がするー」
みるみる顔色を失っていくウィズ。一方、アンジェリカは普通の者なら意識を刈り取られるほどの凶悪な殺気と魔力を撒き散らしていた。
「へえ……私の大切な娘にバカ、クソガキと。母親の私ですらそんなこと一度も言ったことないんだけどね」
表情も口調も変わらないのが余計に恐ろしい。ウィズは今すぐアンジェリカとパールの足の裏でも舐めて許しを乞いたい気分であった。
「まあその件については後回しとして……あなたに命令を出した雇い主は誰?」
やっと本題へと入り始めたアンジェリカであった。
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