午後(最終話)
お話の途中に挿絵があります。
「はぁ……これからどうしよう……」
夢のハーレムパーティの足掛かりとして考えていたキサラヅに去られた事で、サノは途方にくれながらとぼとぼと歩く。いつしか足は冒険者ギルドに向かっていた。
すると、なんだかギルドの前がザワザワと賑やかである。
「なんだこれ。おい、何かあったのか?」
集まった内の一人を捕まえて聞くと、相手の男は興奮して言った。
「【虹の風】さ! 2年前突然いなくなった伝説のS級パーティが現れたんだよ! しかも新しいメンバーを募集してるってんだ!」
「【虹の風】?」
はて、何か聞き覚えがあるなとサノはいぶかしむ。確か先刻まで仲間だった連中が「有名なパーティにあやかって似たパーティ名を付けたんじゃ!」と言っていた気がした―――――
「おおおっ、イイ女!」
「あれが『赤い爆風』のシエナか!」
「悪魔のように強いとか聞いたけど、めっちゃかわいいじゃん!!」
サノの回想は男たちの歓声でかき消された。思わず人混み越しにそちらを覗くと、その向こうに立っていたのは赤い髪と大きなツリ目がキラキラと輝く、高身長で溌剌としたケモ耳美女だった。実にサノの好みであるが、どこかで見たような大剣を背負っている。
と、そこへ近づくのは青く長い髪を三つ編みにした、女らしい仕草の美しい尼僧。実にサノの好みである。
「うわっ! 『青き暴風』の聖女イルミナティもいる!」
「ヤベぇ。噂通り……いや、それ以上の巨乳……!」
「お、お姉様~。あの胸に抱かれて甘えられるなら死んでもいい……」
サノは思わず二人にみとれながら思い出していた。かつて地元までその声が聞こえた、伝説の美女パーティー……その美しさに見合わぬ化け物並みの強さを持つ三人の事を。
周りの男たちも興奮して、我先にメンバー募集に応募しようとギルドの受付嬢に詰め寄る。
「【虹の風】に俺を入れてくれ! これでもA級なんだぜ!」
「待て! 俺もA級だ! 魔法も剣も使えるぞ!」
「いいや彼女達を守れるのは守備専門の重戦士である俺だ!!」
「ま、待ってください! 皆さん!」
慌てる受付嬢の横から、ローブを纏った美少女エルフがぴょこりと顔を出す。男達は少女の美しい顔に一瞬目を引かれたが、すぐに彼女の口から年季の入った声と言葉が出てきたのにビクリとした。
「くっくっく、悪いが今回はもう募集する職業を決めておるのじゃ。悪いな剣士殿」
「その話し方と姿は……『無風の大魔導士』アーミテイジ殿……ですか!?」
「その二つ名はあまり好きではないのじゃがな。誰じゃ。ワシが通った後は風も吹かないとか言うたヤツは?」
アーミテイジは悪戯っぽくそう言って黄色いツインテールの髪をサラリと揺らした。
そこかしこからヒソヒソ声がする。
「あれが100年近く生きているという噂の大魔導士様か。そうは見えないな」
「かわ……かわヨ……ちっちゃ……」
「のじゃロリババア……いや、合法のじゃロリ……っ!!」
合法ロリなので、勿論実にサノの好みであるアーミテイジ。彼女は周りのヒソヒソ声が聞こえたのか、冷たい目でチロリと見回してから静かにこう言った。
「ワシらが新しい仲間として募っておるのはな、魔道具師じゃ。それもできるだけ高いレベルのな」
「……魔道具師?!」
「そんなの現役の冒険者じゃそうそう居ないだろうよ。魔法都市まで行けば別だろうが」
「そうだ! 魔法都市まで俺が護衛で着いていってやるよ! そうすれば俺が頼りになるってわかる筈だ!!」
「あっ、ずりぃ! 俺が!」
「俺も!」
口々に勝手な事を言う男達を、アーミテイジは更に冷たく見回していく。と、サノと目があった。サノは今この時、千載一遇のチャンスが与えられたと感じた。
「ハイ! 俺、魔道具師です!!」
彼は震えながらも大声で手を挙げた。しかし次の瞬間、氷魔法かと思われるほど冷たい男達の視線がぐるりと一斉に突き刺さり、サノは名乗り出たことを少しだけ後悔する。
男達はすぐにサノを嘲った。
「……あん!? マジかよ?」
「兄ちゃん、そんなひょろひょろの身体で冒険者のつもりか!?」
「ふざけんなよ、どうせ魔道具師ってのも嘘だろう!?」
「違えねえや! そんな萎びたナスみたいな奴! ぎゃははははは!」
「…………わははは! お前らちょっと静かにしろ!!」
最後の言葉は『赤い爆風』シエナの唇から美しいアルトの声で紡がれたが、同時に机を叩くダン! という音が響く。
その途端、騒がしかった男達がピタリと口をつぐみ大人しくなった。シエナが叩いた受付の机が一撃で縦に割れ、ゴトリと音を立てて倒れたのだ。
レアなS級冒険者の肩書きは伊達ではない。シエナは背中の大剣に触れてもいないし、むしろ楽しそうに笑っている。だがしかし、ぎらりと光る彼女の猫目から薄く広く、静かな殺気がギルド内に浸透してゆく。
「ハイハイ。シエナちゃんたら怖い顔しないのォ。嘘かどうかはこの水晶に手を置けばわかっちゃうからァ~」
「あっ……はい……」
聖女イルミナティがサノの手をぐいっと引っ張り、ギルドの受付にある魔法の水晶に当てさせる。サノはイルミナティの美しい横顔にみとれ、どぎまぎした。彼女は水晶に表示されたステータスを読む。
「ほらァ。やっぱり魔道具師よォ。名前はサニーちゃんって言うのねェ。あなたの金色の髪にぴったり!」
「えっ、俺は……」
(そういう事にしておくのじゃ。コイツらに名前と顔を覚えられたくなければ、な)
サノの耳許で風魔法【伝達】が小さく展開され、囁きが聞こえた。他の人間に聞こえないようにこっそり言われたその声と魔法はサノに一瞬アミを思い出させたが、冷たい視線にすぐに現実に立ち返った。
周りを見渡せば、【虹の風】のメンバーになりたがっていた男達が皆、サノを恐ろしい形相で睨んでいる。確かに名前と顔を覚えられれば今夜闇討ちにでも遭いかねない……とサノは恐怖した。今更ながら顔をフードで隠す。
「は、はい。サニーです」
「そうかサニー。しかしお前はまだ少しだけオレ達の望むレベルには足りないな」
「えっ?……じゃあ」
シエナの言葉に絶望の色を浮かべたサノへ、アーミテイジがニヤリと笑って言う。
「サニーとやら、ワシらが稽古をつけてやろう。もう少しレベルが上がってワシらの望む魔道具を作れるようになれば、晴れて正規のメンバー入りじゃ」
「ほ、ほんとですか!」
「ホントよォ。ちょーっとだけ修行して貰うけど、良いわよねェ? 頑張ってねぇ♪」
「ハイ! 頑張ります!!」
捨てる神あれば拾う神あり。キサラヅに袖にされた後に、まさか伝説の美女パーティに入れて貰えるとは。サノの心は天にも昇る気持ちであった。
まあ、その数時間後には本当に天に昇りそうになるのだが。
◆◇◆◇◆
「ぎゃあああああ!!」
「えっ、これで死ぬのか? 弱っちいなぁ。わははは!」
シエナが練習用の模造剣で繰り出した斬撃は、ひと呼吸で7度サノを打ちのめし、最後のそれが致命傷になった。
「やだァ、シエナちゃんたら。本当に殺しちゃったら経験値が減るから、サニーちゃんのレベルが上がらないって言ってるじゃないィ」
「わははは! すまん! これでもだいぶ手加減してるんだが、まだ足りなかったか」
イルミナティがさらっと蘇生魔法をかけ、サノを生き返らせる。サノの身体は魔法によって完全回復しているのだが、痛みの思い出までは拭い去ることはできない。
先程から何度も繰り返されるシエナの殺人稽古とイルミナティの強制蘇生に、サノの精神はボロボロに磨り減っていた。
「こ、こんな筈じゃ……チクショウ……」
だが夢のハーレムパーティ、それも極上の美女と美少女に囲まれた生活のため。サノは僅かに残った気力を振り絞って模造剣を振りかぶる。
「うおおおおおおお!…………お?……お……」
サノの剣がシエナに届く前に跳ね上げられ、その下の胴体をシエナの剣が横一線に薙ぐ。その一撃でまたまたサノは絶命し、最後の気力もポッキリと折られて霧散した。
「もう……無理でしゅ……」
魔法で蘇生されたサノは、涙と鼻水にまみれた顔で小さく呟く。
「ん? 何か言ったか?」
「もう無理! こんなの無理! そうだ! 俺を追放して……」
それっきりサノの声はかき消され、何を言っても無音となった。
アーミテイジが風魔法を使ってサノの周りの音を消したのだ。彼女は無垢な少女の顔を、百戦錬磨の老兵がするようにニヤリと歪める。
「『アーアー聞こえなーいッ!!』……ってヤツじゃな。サニー、お主には【幻姿】魔法を込めた魔道具を作って貰わねばならんでの。多少強引にでもレベルを上げるぞい」
「わははは! 大丈夫。次こそは死なないように加減するからな!」
「ウフフ。大丈夫よォ。もし死んじゃってもまだまだ蘇生魔法は使えるわァ」
「…………(追放してーッ)!!」
愚かな魔道具師、サノは文字通り声にならぬ叫びをあげたが無駄であった。
化け物揃いのS級美女パーティの面々は、愚かなサノのハーレム要員になるつもりなど、そして彼を追放する気なども更々無いのである。
登場人物の名前について。
今回は特に深い意味はありませんが、
佐野、酒々井、入間、阿見、木更津は全て関東にあるアウトレットモールの地名です。
ついでに言うと那須にもあるそうです。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!