午前・①
第一話と第四話には途中に挿し絵が入ります。
「追放してーッ!!」
愚かな男、サノは絶叫した。それは涙と鼻水混じりの、成人とは思えぬ聞くに耐えない酷い泣き叫びかただった。
「追放してよーッ!!」
彼はダンッ、ダンッと地団駄を踏み始めた。実に愚かである。
「俺はッ! このパーティをッ! 抜けたいんだようッ!!」
彼の仲間であるパーティ【虹色の風】のメンバー三人は、揃って困惑した表情を浮かべた。
「そう言われてもなぁ……」
と、赤毛の頭をボリボリとかいたのは剣士のシスイ。獣人とのハーフらしいが、邪悪な魔物・オークと見間違えんばかりの恐ろしげな風貌と、大剣を振り回す膂力に見合った筋骨たくましい肉体を持つ。
「うゥん……魔道具師はパーティを強化してくれる存在だものねェ……」
そう言う僧侶のイルマは男にしては小兵だが、これまた筋肉ムキムキの身体に、長い青色の髪を弁髪にした姿が印象的だ。
彼女は神聖魔法の使い手だけではなく、その手に持つ錫杖で相手を殴り倒す修行僧である。が、高い声に女言葉で語尾を常に伸ばしながらクネクネとしなを作る。
そう。彼女はオネエキャラの自分を楽しんでいる。
「困ったのう……」
眉尻を深~く下げつつ言ったのは魔術師のアミ。彼女は他の二人とは一変して弱々しい見た目だ。……いや、弱々しすぎる。何せフードの中の黄色い髪に縁取られた顔はしわくちゃのお婆ちゃんで、今にも風が吹けば飛ばされてしまいそうな雰囲気なのだ。
「やだ! やだ! 何が【虹色の風】だよ、こんな名前にそぐわない華の無いパーティもうやだ! 俺はここを追放されて、伝説の美女パーティみたいな、美人のケモ耳っ娘や巨乳のセクシーおねーさんや美少女ロリのいるハーレムパーティに入ってざまあしたいんだぁ!!」
遂に彼は寝転んでじたばたと駄々を捏ね始めた。おい、ちいちゃい子供か。
「わははは!『華がない』とサノに言われるとはな! こいつは一本とられたぜ!」
「巨乳ねェ……私の自慢の大胸筋なら貸すわよゥ~?」
「ざまあ……とはなんじゃ? 最近の若いもんの言うことはよくわからんのう」
「やーだーあああ!!! 追放してーえええ!!!」
冒頭から涙と鼻水まみれだったので今更だが、サノは金髪碧眼の素晴らしい美青年の様相だ。しかし地面に寝転び喚く、この態度では全てが台無しである。
シスイが笑いながら言う。
「だから無理だって! 円満にパーティから抜けるならまだしも、追放はオレ達が悪者になっちまう」
シスイの声質そのものは綺麗なアルトなのだが、追放を目論む今のサノにはその声を素直に聞きがたいようだ。彼は両耳をその手で塞ぐ。
「アーアー聞こえなーいッ!!『追放する』って言うまで聞こえないもんねー!!」
呆れた様子でアミがさとす。
「サノ、知っとるじゃろ。今や追放なんぞをするパーティは、ギルドから大きなペナルティを喰らう事を覚悟せねばならん」
一時期、冒険者ギルドで仲間を募り、パーティを組んでおきながら用済みとなるとパーティから一方的に追放するという悪辣な行為が横行した。
クエスト報酬を平等に貰った後に街中で追放するのはまだ良心的な方で、酷い場合には魔物が棲む森やダンジョンに置き去りにしておきながら「仲間が魔物にやられた」とギルドには報告し、追放した仲間の分までクエスト報酬を受け取った者までいたのだ。
悪質な連中は、追放した元仲間が魔物に襲われれば「死人に口無し」とでも思ったのだろう。
しかし無事に生き延びてギルドに戻ってきた者や、死の間際に事の顛末を記したメモを残していた者等のお陰で徐々にこの悪行は露見し、悪質な追放行為を行ったパーティは厳しく処罰された。
だが、悲しいかなそれでも「バレなければ良い」と考える者も少なからずいる。そのために冒険者ギルドでは追放に関するルールを定めた。
アミは続ける。
「逆に追放された側は、補償の意味も込めて次に入るパーティの希望に融通を利かせて貰える。じゃからお主はそれを狙ってわざと追放してもらいたいんじゃろ?」
「……そうだよ! 俺は可愛い女の子達だらけのパーティに入れるよう希望を出すんだ!!」
「やれやれ、今のお主の態度は感心せんのう……今ギルドに行けば、追放ではなくお主がパーティを一方的に裏切ったと思われるかもしれぬぞ」
その言葉を聞いたサノはここへ来て初めてピタリと大人しくなり、地面から身を起こす。
「裏切り……?」
「ああ。2年前、魔法都市での我らの出会いを忘れたか? まだヒヨッ子でどこのパーティにも入れなかったお主をワシらが拾ってやったのに、追放疑惑をワシらにかけるなど心外じゃぞ」
「……確かにあんた達には感謝してる。見た目はともかく、中身は悪い奴らじゃなかったし……」
サノは気まずそうに目を逸らしながら、過去を思い出した。
「B級パーティなのにべらぼうに強いし、ちょっと……いやかなり……いや、殺されるかと思うほど鍛えられたけど、お陰でこの2年でかなりレベルアップできたもんな」
シスイはまた笑い飛ばしてこう言った。
「わははは! 正直、すぐに逃げ出すと思っていたのにあの特訓についてくるなんてなかなか根性があると認めたからな。サノ、オレ達三人は結構お前の事を気に入っていたんだぞ。」
一連のやり取りを見ていたイルマは自慢の長いみつあみを左手でくるくるともてあそびながらシスイに聞いた。
「ねェねェシスイちゃん、アタシ達がギルドに先手を打って『実はサノちゃんのワガママで、追放は嘘なんですゥ』って言ったらどうォ?」
「うーんそりゃ、サノの方がペナルティを喰らうんじゃないか? 裏切り行為と、もし追放だと嘘をついたらその分も上乗せか? ちょっとだけ気の毒だからお互いに止めといた方がいいな! わははは!」
イルマの問いに銅鑼を叩くような笑い声を響かせて答えるシスイ。二人をキッと睨み付けたサノは「じゃあどうしろってんだよ!」と逆ギレ気味に叫んだ。
「まぁ……残念だが円満に抜けて貰うしかないだろ」
「そうねェ。お互い平和的に行きましょうよゥ~」
「こちらとしては優秀な戦力となるまでお主を育てたのに、抜けられるのは痛手じゃがのう」
「クッ……仕方ない。追放が無理ならハーレムをこの手で1から作るだけだ」
「ハーレムを作る?」
三人はサノの言葉に揃ってコテンと首を傾げた。勿論可愛らしくもなく、むしろその面相では不気味にしか思えない。しかしサノはそこには言及せず得意気に語る。
「昨日、キサラヅさんに言われたんだ。『サノ様みたいに素敵な人が【虹の風】なんて化け物パーティに居るのが不思議だわ。パーティを抜けるならあたしが仲間になってあげるわよ♪』って」
「あ、ああ……」
「キサラヅ……あの娘ねェ……」
「ん? 知っておるのかイルマ?」
普段浮世離れしているため他人の噂などあまり気にかけないアミが尋ねると、シスイは苦笑いを浮かべ、イルマはもっとハッキリと苦い表情を顔に出した。
「知ってるも何も。陰で【パーティクラッシャー】って呼ばれてる女よゥ。色んな男に粉をかけては、恋愛ごとで揉めさせるので有名なのォ」
「ほー。そんな女か。ではそれなりに見目麗しいのじゃろうな」
「まァ大した事ないわよゥ。あの娘、昔は何かとアタシに絡んできてウザかったのォ。もしかして今回もアタシへの当てつけにサノちゃんを誑かしたのかしらァ?」
イルマがツンと顎を上げてそう言うと、アミは呆れたようにイルマの弁髪を眺め、鼻をフン、と小さく鳴らした。
「……お主の見た目でそれは無いじゃろう。好き好んでそんな姿をしておるクセに」
「アッ、なんか馬鹿にしてないィ? ひどォい! アミちゃんたらァ!!」
「わははは! アミはイルマの趣味には否定的だな!」
「そうじゃ。年寄りは頭が固いもんなんじゃ!」
アミは悪戯っぽく笑ってみせた。