09.今日は少し変わった日
「――え、最悪なんだけど」
荷物番がてら席で待っていたら、聞いたことのある不快な声が耳についた。
「うわ、なんでいるの」
「えー、しかも一人でこんなに荷物散らかして、最悪〜」
振り向けば、いつもより更に濃い化粧に派手な服装をした理沙たちの姿。
うわ、最悪なのはこっちなんだけど。
「あんた混んでるのが見えないの? 一人で席占領すんなよ。つーか食べ終わったならさっさと帰れよ」
「言われなくても今帰るわよ。連れがトイレから戻ったら」
「は? 連れ? 誰よ。まさか男じゃないでしょうね。そんなわけないか、こんなブス」
あんたたちに関係ないし。
キャハハと高い声を上げて笑う彼女たちを、そんな気持ちを込めて睨みつける。
こんな場所で言い争いになることは避けてあげた大人な私に感謝してほしい。
「何よ、その目! なんか文句あんのかよ!」
だけど学校の外で気が大きくなっているのか、理沙は私の肩を掴んできた。
ネイルで飾られている伸びた爪が刺さって、痛い。
「おい、理沙。やめろよ」
彼女の手を払おうとしたとき、背の高い男が先に理沙の手首を掴んだ。
サラリとした茶髪に、甘ったるい香水が鼻をつく。
……げ、こいつなんでここにいんの?
「悠真!?」
「理沙、いい加減結愛ちゃんに意地悪するのはやめろ」
「意地悪なんて……、っていうか、なんで悠真がここに……まさか、こいつの連れって、悠真なの……?」
大好きな彼氏の登場に、理沙の目が途端に充血していく。
いや、違う。私の連れじゃない。なんでここにいるのか私も聞きたい。
「いい加減わかってよ。俺は、結愛ちゃんに本気だから」
「うそ……、そんなの嘘でしょう!? こんな女より私のほうが可愛いし、オシャレだって頑張ってるし――!」
「あー、もう。そういうところがウザいんだよ。それは俺が決めることだから。俺からしたら、結愛ちゃんのほうが百倍可愛いの。わかる?」
「……そんな」
理沙はうるっと瞳に涙を溜めて口ごもった。
取り巻きAとBが「理沙……」と、彼女を慰めようと頼りない声をかけている。
「わかったらさっさと行けよ。それでもう、俺にも結愛ちゃんにも構うな」
「……っ、悠真と別れるなんて、絶対嫌だからね! 私はそんなの認めないから……!!」
理沙は涙を堪えながらそう吐き捨てると、走ってその場を離れていった。
取り巻きの二人も「理沙~」と、バタバタと彼女を追っていった。
「……結愛ちゃん、大丈夫?」
「え――?」
やれやれ、と溜め息をついた私の前に立ち、悠真は彼氏面で顔を覗き込むように屈んできた。
「ごめんね、俺のせいで嫌な思いさせて。でもこれでもう理沙に邪魔されることもないから、正式に俺の彼女になってくれるよね?」
「は?」
まるで漫画に出てくるヒーローになったつもりでいるのか、悠真はキメ顔でそんな言葉を囁いた。
何か、勘違いしてない? 私があなたと付き合わないのは理沙のせいじゃないんですけど。
「昨日連絡したのに」
「あ……ごめん、もう寝るところだったから」
「うん、いいよ。こうして会えたからね」
そうだ、それ。なんでここにいるの?
偶然? なんか怖いんだけど……。
「ビックリしただろ? でも大丈夫。俺たちは運命の相手なんだよ。今から俺ん家来る? 今誰もいないからさ」
「行きません」
慣れたような口調でサラリと家に誘ってくるその甘い声音に、寒気がした。
確かに見た目はいいかもしれないけど、下心が見え見えだ。気持ち悪い。
「遠慮しなくて大丈夫だから。行こ?」
「ちょっ……!」
にこりと気味の悪い笑みを浮かべると、悠真は無遠慮に私の手を掴んできた。
すぐに振り払おうと力を込めたとき、「おい」という男性の低い声が私たちの耳に届いた。
「あ……!」
振り返った悠真の前には、何やら黒いオーラみたいなものを放ったクルト。
やっと帰ってきた。やっぱり迷っていたんじゃないかと思う。
それにしても、とても怖い顔で悠真を睨みつけている。
「あ? なんだよ、あんた」
「その手を離せ」
「なんであんたにそんなことを言われないといけないんだよ。つか誰だよ」
クルトは悠真よりも背が高い。それに体格もいい。騎士なのだから、高校生の悠真とは比べ物にならないいい身体をしている。それに、悠真よりもイケメンだ。
そんなクルトを前にして、さすがの悠真も少し怯んだ様子だった。
その隙を逃さず、ばっと彼の手を振りほどく。
「……」
「ユアに何か用か?」
悠真は一度私に目を向けてきたけれど、涼しい顔で受け流してやった。
「結愛って……呼び捨てかよ、随分馴れ馴れしいな。お前は結愛ちゃんのなんだ?」
気を取り直してクルトに言葉を投げかける悠真。あんたこそ馴れ馴れしいけどね。という茶々を入れるのは控えておく。
「別に彼が誰だろうといいじゃない――」
「俺は今ユアの家で一緒に暮らしている者だ。そして、彼女を守る騎士だ。そういう貴様こそ、ユアのなんだ?」
「え……? 一緒に暮らしてる、騎士?」
「あ――」
クルトが変なことを言う前にと思ったんだけど、ダメだった。
明らかに親しい知人には見えなかったのであろう悠真に、クルトは鋭い目を向けて睨みつけた。
「そ、そんな……、一緒に暮らしてる、結愛ちゃんのナイトってこと!? え、そういう関係!? ……嘘だよね、結愛ちゃん!」
「…………本当」
ついにクルトの気迫にビビってしまったのか、震えた声で慌てて私に視線を向けてくる悠真に、こうなったらもういいやと、私もにっこり微笑んで肯定してみせた。
「そんな……嘘だ……俺の結愛ちゃんが……」
自分のことを「ナイトだ」とか言うヤバい男だと思われると思ったけど、悠真もなかなかにヤバい男なんだった。
一体いつあなたのものになったのでしょうか?
私がそう口にする前に、クルトが代わりに口を開いた。
「ユアは俺が守りたいと思っている大切な女性だ。彼女は困っているように見えるが……、俺の気のせいか?」
「う……」
本物の騎士であるクルトの迫力に、悠真はたらりと汗を流して身を後退させた。
「そんな、そんな……」
周りにいる女性たちもクルトに熱い視線を送っていることに気がついたのか、この場に相応しくないのは自分であると悟った悠真は、ブツブツと何か言いながらフラフラと出口へ歩いていった。
*
「――なんだったんだ? あの男は」
「うーん、なんだったんだろうね」
「む? ユアの知り合いだろう?」
「そうだけど……」
帰りの電車の中で、クルトは先ほどのことを思い出したのか、ぼそりと呟いた。
車内は少し混んでいて、クルトとの距離が近いことに私の心臓はドキドキとうるさく鼓動を刻んでいる。
それに、さっきのセリフ。あれに深い意味なんてないんだろうけど……でも、ドキドキしてしまった。
守りたい大切な女性か……。騎士として、単なるお礼をするための忠誠よね? きっと。
でも――。
「……助かったよ。ありがとう」
「……」
なんだか気恥ずかしくて、目の前にいるクルトから視線を外して俯いてしまう。
すると彼からスっと手が伸びてきて、くいっと顎を持ち上げられた。
「な、なに!?」
「礼を言うときは、人の目を見て言うものらしいぞ」
「ああ……うん、そうだね。ありがとう……」
教育番組でも見たのだろうか。それとも純粋に彼の国の教えだろうか。
正当なことを言われてもう一度その言葉を呟いたとき、電車がガタンと大きく揺れた。
「!」
扉越しに立っていた私の顔の横に、クルトがダンっと腕を突く。
「……」
まるで壁ドン。
思わず目を見開いた私は、至近距離でクルトと見つめ合ってしまい、ドキリと心臓が大きく跳ねる。
「すまない、この揺れには慣れていなくてだな、」
「ううん……大丈夫……」
言い訳のようなことを口にしながらも、クルトの頰がほんのりと赤く染まっている。
「……これは〝壁ドン〟というらしいな。テレビで見た」
「は、はぁ?!」
スっと顔を寄せ、耳元で囁かれる。クルトの整った顔がすぐそこにあって、もう心臓は壊れてしまいそう。
なに、突然……!?
っていうかそんなこと学ばなくていいから!!
「女性がキュンとくる仕草らしいのだが……どうだ?」
「……どうって」
実際にそんなことをしてくるキザな男、現実には存在しないと思っていた。
さっきの顎クイもだけど、こんなことが様になるような人なんて……!!
そんな、バカな……。
こんなことされても寒いだけだと思っていたのに、抱きしめられてしまうかと思うほど近いクルトとの距離に、私の心臓は異様なほど高鳴っている。
まさか、私ときめいちゃってる……!?
「……ん? 顔が赤いぞ、ユア。大丈夫か?」
「だ、大丈夫、大丈夫だから――、ちょっと離れて!」
「しかし後ろも狭くてこれ以上さがれん」
「……っ」
耳元から彼の顔は離れたけど、代わりに私の顔を窺うように覗かれて、ますます顔が熱くなる。
「ユア?」
「…………っ」
もう――、早く駅に着いてよ――!!
私は、とんでもない騎士を拾ってしまったようです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ここまでが短編での内容です。(大幅改稿してますが)
次回から続きで二人の日常ラブコメが始まっていきます!
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