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56.そして最後の恋をする4

 クルトが生まれ変わってまた私の前に現れてくれたことを、綾乃には伝えていなかった。

 彼女は本当に私のことを心配してくれていたから、一刻も早く伝えなければいけなかったのに。


 綾乃はクルトが異世界から来たことも、その世界に帰ってしまったことも知らないから、どう伝えればいいのかわからなかった。


 そして偶然会ってしまった綾乃に、来人は記憶喪失になってしまったと説明した。


 私のことすらも覚えていなかったと話せば、彼女はすぐに同情してくれたけれど、それでもまた好きにさせちゃうなんて、やっぱり運命なのね! なんて笑っていた。


 彼女が余計なことを言ってしまわないように、無理に昔のことを思い出させるのはよくないから初対面のふりをして、とお願いした。


 我ながら咄嗟に浮かんだ案に拍手。

 ……少し心苦しいけれど。



 そしてそのまま私たちは四人で食事をしに、居酒屋に入った。いつかクリスマスにみんなで入ったあのお店。


 そうそう、綾乃とお兄ちゃんは長い友人期間を経て、半年前にようやく付き合うことになった。

 この様子だととてもうまくいってるみたい。

 緊急のオペなんて言って綾乃の家に行っていたなんて……ちょっと驚いたけど。



「――じゃあ、クルト君と結愛が付き合い始めてまだ一ヶ月ってこと?」

「うん、そういうこと」

「ふーん、ややこしいな~」

「え?」

「綾乃、飲みすぎだよ!」


 お酒が強くない私はアルコールを控えてジュースばかり飲んでいるけど、他の三人はさっきからお酒を飲んでいる。


 お兄ちゃんだって弱いくせに、無理して飲むからもう寝ちゃいそうだし。


 綾乃は強いほうだけど、今日はなんだか酔っちゃってる。ぽろりと余計なことを言ってしまわないか心配。

 来人は昔から強かったよね、お酒。


 途中トイレに立った私だけど、このお店は女子トイレが一つしかなくて、しかもちょうどタイミング悪く二、三人の列に並ぶ羽目になってしまった。


 酔った綾乃が余計なことを来人にしゃべってしまったら困るから、早く戻りたいのに……。


 そわそわしながら席に戻ると、すっかり酔いつぶれているお兄ちゃんと、何やら深刻な顔つきの来人と綾乃。


 何を話していたのか聞いたけど、うまく誤魔化されてしまったような気がする……。



「…――それで、結愛ったら大慌てで帰ってきて~」

「もう、さっきから私の話ばっかりしないでよ」

「いいじゃない! クルト君に結愛のまぬけな一面教えてあげないと~!」


 すっかり上機嫌の綾乃は、大きな声で笑っている。


「はは、綾乃ちゃんは本当に面白いな」

「そうでしょー? でもダメ! 私には心に決めた王子様がいるから~!」

「なるほど。琉生さんが王子なら、俺は結愛を守る騎士ってところかな」

「え……?」


 笑いながら発せられた冗談みたいなその言葉に、私の鼓動はドキリと跳ねる。


「来人……、騎士って」

「ん? どうした?」

「……ううん、なんでもない」


 そんなわけないか。

 一瞬、前世の記憶を思い出したのかと思った。クルトはよく、「俺はユアを守る騎士だ」と言っていたから。


 でも、思い出していたらそれこそ綾乃の前で騎士だなんて言わないよね……。


「あ、ほら結愛、デザートがあるぞ。クリームドーナツ、好きだろう? 食べるか?」

「え?」


 けれど、メニューを開いた来人が、デザートのページに目をやってそう言った。


 私、今の来人と付き合ってからドーナツが好きなんて言ったことあたっけ? それも、クリームドーナツって……。


「ねぇ、どうして私がクリームドーナツ好きだと思ったの?」

「あれ……? 嫌いなのか?」

「ううん、好きだけど」

「……そういえばなんでかな? なんとなく結愛はドーナツが好きな気がしたんだ。それに、クリームドーナツをなぜか俺も食べたくなった。普段甘いものはそんなに食べないんだけど」

「……」


 クルトに初めて出会った日、私は彼にクリームドーナツをあげた。初めて一緒に出かけた日も、二人でクリームドーナツを食べた。


 それを、覚えているの……?


「……」


 期待して、私はじっと彼を見つめた。やっぱり彼は、本当にクルトだ。


「……なんだ?」

「あ、ううん。なんでもない」


 私の熱い視線に気がついてこっちを見た来人と目が合って、照れてしまったのは私のほう。


「お兄ちゃんも寝ちゃってるし、そろそろ帰ろうか」

「そうだな」


 それを誤魔化すように、解散を促した。

 これ以上酔うと、本当にどんなことになるかわからないし。


 解散することになった私たちだけれど、綾乃がお兄ちゃんを自分の家に泊めるからと言って、二人でタクシーに乗っていってしまった。


 お兄ちゃん、明日は仕事じゃないのかな? そう思ったけれど、まぁ綾乃ももう子供じゃないし、ここは彼女を信じることにして私も来人と向き合った。


「それじゃあ、来人とは方向逆だから……ここでばいばいだね」


 寂しい気持ちもあるけれど、昨日泊まってもらったばかりだし、あまり我儘は言えないから笑顔で別れようとした。


 けれど。


「……まだ帰したくないな」

「え……」

「さっきみたいな顔をされたら、帰したくなくなる」

「……」


 さっきみたいな顔?

 それって、来人のこと見つめてしまったときのこと?


「私も……まだ一緒にいたい」

「じゃあ、俺の家に来るか?」

「……うん」


 素直に頷けば、彼は私の手を握って止まっていたタクシーに乗り込んだ。


 告げた住所は、彼が一人で住んでいるマンションだった。




     *




「――何もないけど」

「おじゃまします……」


 一人暮らしの男の人の部屋に来るなんて、初めて。

 なんだか自分の家で二人きりになるのより、もっと緊張する。


「結愛も一本くらい飲むか?」

「……じゃあ、一本だけ」


 私をソファに座らせて、来人は缶ビールを二本持ってきた。

 さっきだって結構飲んでいたのに。まだ飲むんだ。

 お酒が強い人……好きな人? の気持ちは、私にはよくわからない。


 けれど緊張のあまり、それを断ることもできずに受け取ってしまった。

 本当に弱いから、少しにしよう……。


 酔って可愛く甘えられるとかならいいのに、残念ながら私は酔うといつの間にか寝てしまう。

 きっとお兄ちゃんと同じタイプだ。


 でもビールの喉越しの美味さとやらは、仕事を始めてからわかるようになった。

 これも大人になった証拠かな?


「……いつもしているよな」

「え? 何を?」

「そのネックレス」

「……!」


 隣に座った来人が、私の胸元に手を伸ばしていつも首からさげているブラックプレートのネックレスに触れた。


 瞬間、反射的にドキリと胸が鳴る。


「うん……、大事なネックレスなの」

「ふーん……人にもらったのか?」

「そう、昔……ね」


 昔、あなたにもらったの。


 そう言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。

 冗談としてしか受け取らないか、頭のおかしな女だと思われるか……。


「……しかし、俺という恋人がいるのに、いつまでもそんな昔のものしているのは、ちょっと妬けるな」

「え……どうして?」

「どうしてって……それ、どう見ても男もんだろう? 男にもらったものだろう、昔の男に」

「……」


 ネックレスから手を離した来人は、私をまっすぐ見つめて少し強い口調でそう言った。


 本当はずっと気になっていたのかもしれない――。今初めて、それに気づいた。


「違うの、これは、その……」


 確かにこれは昔好きだった人にもらったもの。

 でも言い換えれば、前世のあなたにもらったもの。


 それをうまく説明できないもどかしさに胸が痛む。


「……結愛」

「ん……っ!」


 視線をさ迷わせながらなんと言おうか考えていると、カン、と軽い音を立てて、もう空にしたらしいビールの缶をテーブルに置き、来人は少し強引に私に唇を重ねた。


「……くると」


 突然すぎて、身体が逃げるように揺れる。

 それでも腕を掴んでいる彼の手は離れないし、腰に腕を回され強く抱きしめられた。


「結愛……」

「っ、ちょっと……まっ」


 そしてしっとりと私の名前を呼んで首筋に唇を落とすと、ちゅっと甘く吸いついて体重を乗せてきた。


 ぶるりと身震いしている間に、あまりに自然に身体がソファの上に倒れる。


「あ……」


 驚く暇もなく、来人の手のひらは、混乱している私の服を捲るように脇腹を撫でてきた。


「ま、待って、くると……っ!」

「……なんで? 俺たち、付き合ってるんだろ?」


 咄嗟に彼の腕を掴んで手の動きを阻止すると、彼は顔を上げて私の上で静かにそう言った。

 とても辛そうな、苦しそうな表情が堪らなく色っぽくて、流されてしまいそうになる。

 だって彼は、本当にクルトにそっくりだから。

 大好きで、ずっとずっと会いたかった、結ばれたかったクルト。


「……そう……だけど」

「ならいいだろ。もう成人した大人なんだ。それとも結愛は、俺のことを好きじゃないのか?」

「……っ」


 その言葉に、カッと顔に熱が集まるのを感じた。


 好きだよ。好き……。

 あなた以外に、私が好きになれる人なんていない。

 だけど……。


「やめて……」

「……」


 未だ上にいる来人をそっと見上げると、彼は無表情でただ私を見下ろしていた。


 なんだか、いつもの彼と違う。

 彼が何を考えているのか、わからない。

 怒っているようにも見えるし、とても悲しそうにも見える。そして、何か言いたいことを我慢しているように、見える。


 すると彼も堪えられなくなったように、きゅっと結んでいた口を開いた。


「結愛は本当に俺のことが好きか? 俺を誰かと重ねているんじゃないのか? 俺に似た、誰かと」


 そのまっすぐな問いに、私からは言葉がすぐに出なかった。


 それは、確かにその通り。でも、少し違う気もする。


 同じ顔、同じ声、同じ体格、同じ性格、同じ名前……。


 彼はどれをとっても私の好きな人で、好きになるなというほうが無理で。


 でもそれは、ちゃんと今の彼を愛していないということでもあるのかもしれない。


〝この人〟が好きなのではなく、〝くると〟が好き。


 でも彼は、ただのそっくりさんではなくて、クルトの生まれ変わり。

 私のために、こんなにそっくりに生まれてきてくれたんだから……。


 やっぱり、私は彼を愛することに躊躇う必要なんてないはずなのに――。



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