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55.そして最後の恋をする3(※クルト視点)

「――それじゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 二人きりになった家で一晩ともにするというのに、俺たちは別々の部屋で就寝することになった。

 せっかく結愛の母と兄が俺たちに気を利かせてくれたのだろうに、これではなんの意味もない。


 でもまぁ、これでよかったのかもしれない。

 同じ部屋で寝れば、それこそ何もしないでいるのは無理に決まっている。


 しかし俺たちはまだキスすらしていない。

 しようとすると結愛に上手く躱されてしまう。そんなウブな彼女に理性を保てず襲いかかってしまったら……。


 さすがに嫌われてしまうかもしれないからな。

 そう思いながらも、少し残念な気持ちで俺はさっさと眠りについた。


 今度、一人暮らしをしている俺の部屋に彼女を招待しようか――。



 そして翌朝、部屋の外から聞こえる物音で目が覚めた。


「あ、来人。おはよう」

「おはよう」

「朝ご飯できてるよ」

「ありがとう」


 俺が寝ていたのは、一階にある客室だった。


 なぜだかとても落ち着いて、よく眠れた。

 例えるなら小さい頃よく遊びにいった祖母の家のような、そんな懐かしい感じ。


 結愛の母親はさっき帰ってきて寝ているらしい。せっかく来てくれたのにごめんなさいと、謝っていたそうだ。


「琉生さんは?」

「それがまだなの。連絡つかないし……」

「へぇ」


 そう言って、「はぁ」と溜め息をつく結愛も、案外結構ブラコンなのかもしれない。



 二人で朝食をとり、準備が済んだら俺たちは出かけることにした。


 映画を見て、軽く昼飯を済ませて結愛のウィンドウショッピングに付き合って。日が暮れて夕食をどうするか相談していたときだった。


「クルト君!?」

「ん?」

「綾乃……!」


 突然、女性に名前を呼ばれた。

 知らない人だが、どうやら向こうは俺を知っているらしい。

 

「クルト君、帰ってたんだ……! 本当に久しぶり!!」

「え……あ、はい……?」


 若干涙目になって俺に飛びつく勢いで近づいてきた女性を前に、俺は結愛の視線を気にしつつ首を傾げた。


「綾乃、ちょっといい?」

「ちょっと結愛! クルト君帰ってきたなら教えなさいよ!」

「いいから、ちょっと……!」

「え? 何よ」


 しかし、結愛が彼女の腕を引いて、俺から距離を取った。

 なんだ……結愛の友達だったのか。しかしなぜ俺に……?


 疑問を抱きながらもこそこそと何か話している二人の姿を見つめる。


「記憶喪失!?」

「声が大きい!」


 すると聞こえてきた女性の驚く声。ちらりとこっちを見るその視線が気になる。

 まるで俺のことを話しているように感じるが、俺のことではないな。

 俺は記憶喪失などではないから。


「えーっと、はじめまして……私、結愛の友達です。気軽に綾乃って呼んでね」

「はじめまして」

「結愛とは昔から家族ぐるみで仲がよくて、もう本当の姉妹みたいな感じなの」

「へぇ、そうなのか」


 だから結愛から俺のことを聞いていたということか?

 それにしても、帰ってきたとは……どこからだ?


「クルト君とも……」


 そして綾乃というその友達が、控えめに俺の名を口にしたとき。それに被せんばかりの勢いで違う誰かが大きな声を出した。


「結愛! 来人!」

「え、お兄ちゃん!?」

「何してるんだよ、三人で」


 現れたのは結愛の兄、琉生さん。偶然にしては、出来すぎている気が……。


「……もしかして二人、一緒にいたの?」

「えへ、そうなの! 昨日の夜いきなり連絡がきてね、今までずっと一緒に~」


 綾乃という子が、嬉しそうに琉生さんの腕にしがみついた。

 彼は戸惑っている様子だ。

 ……なるほど。この二人、そういうことか。


「昨日は緊急のオペが入ったんじゃなかったの?」

「あー、そう思ったんだが、勘違いで……」


 俺は最初からわかっていた、兄貴の嘘が妹にバレた。

 結愛は怖い顔をして琉生さんを睨んでいる。


「何よ、結愛! クルト君が来てたなら、あんたに気を遣ってくれたってことじゃない! むしろ喜びなさいよ! ねぇ、クルト君!」

「あ、はは……」

「それより二人ともこれからどこ行くの? ご飯食べた?」

「ううん、これから」

「じゃあ一緒に食べよう! ね、早く行こ!」


 少し強引に決めた綾乃ちゃんに、俺と結愛は目を合わさずに続いた。


 確かに気まずい話題だったかもしれない。

 せっかくの気遣いを無駄にしてしまったのだから。


 ……というか結愛は、本当に俺のことが好きなのだろうか。




     *




 そのまま俺たちは四人で食事をしに、居酒屋に入った。


「へぇ~、そうなんだ。クルト君の家って、大きな工場やってるんだ。うちも小さいけど工場なんだよ」

「そうなのか? それは奇遇だな」


 さすが、結愛の親友で琉生さんの彼女。綾乃ちゃんは、明るくていい子そうだ。結愛とは性格が違うが、それがいいのかもしれない。


「私、ちょっとお手洗い行ってくる」

「ああ」


 おまけに時岡兄妹と違って酒もイケる口らしく、さっきから俺に並んでアルコールをおかわりしている。


 ……琉生さんは酒が苦手らしい。既に綾乃ちゃんの隣でつぶれかけていて、ジュースばかり飲んでいる結愛はトイレに立った。


「……ねぇ、クルト君」

「ん?」


 そのタイミングで、急に彼女はしんみりとした声で俺を呼んだ。


「本当に、何も覚えてないの?」

「何がだ?」

「結愛とのこと。……結愛は何も言うなって言ってたけど、私はやっぱりクルト君に知ってほしい」

「……」


 綾乃ちゃんの神妙な表情に俺は何かを感じ取って、一気に酔いが醒めていく。


「……知るとは、何を?」

「結愛はね、この三年間、ずっとクルト君を待ってたんだよ」

「……俺を、待っていた?」


 どういうことだ。


 三年間って……、俺たちを紹介しようという話は三年以上も前からあった。それを断ってきたのは、結愛だった。


「クルト君は覚えていないみたいだけど、私はずっと近くで見てきた。あの子があなたにしてきたこと……あなたを、どれだけ想っているか、見てきたの」


 ……俺を想っているのを見てきた?

 この子は、何を言ってるんだ……。


 一瞬、酔って変なことを言い出したのかとも思った。

 だが、俺にも思い当たる節がある。


 記憶喪失。俺に似た男。


「その話、もっと詳しく教えてくれないか?」

「……いいわ。詳しい事情は私も聞いてないんだけど、帰る場所がなかったクルト君を助けたのも、一人きりだったあの家にあなたを住まわせてあげたのも、全部結愛だよ」

「え……」

「お母さんにあなたとの交際を反対されて、結婚させたい人がいるって言われたとき、結愛は初めて親に逆らって、家まで飛び出した。クルト君と一緒にいるために」

「…………」


 この子が、何を言っているのか理解できなかった。


 帰る場所がなかった? 結愛の家に住んだ?


 何を言っているんだ。

 俺は記憶喪失ではない……。


 それに、三年前に結愛の母親が紹介したかったのは、たぶん俺だ。

 つまり、結愛はその、俺と同じ顔の〝クルト〟と、付き合っていたということか――?


 そんな話、あるはずが……。


「……それで、その男……、俺は、どうなったんだ?」

「突然姿を消したのよ! 本当に突然!」

「――……」

「ただいま~、やだ、お兄ちゃん寝てるじゃん!」

「あ、結愛。おかえり」

「……なに? 二人とも深刻そうな顔して」

「あ、あんたが遅いから、大のほうなんじゃないかって話してたのよ!」

「ちっ、違うわよ! トイレが混んでたのー!!」

「……」


 今の話、この子が冗談で言っているようには見えなかった。


 俺と同じ顔、同じ名前の男――……。


 そんな奴、本当に存在するのか?

 もし本当なら、結愛が好きなのは俺じゃなくて、その男だ。


「来人、違うからね、本当にトイレが混んでただけなんだからね?」

「……あぁ、わかってるよ」

「よかった」

「…………」


 にこりと微笑む結愛。

 愛しそうに俺を見つめる瞳。


 その現実を、俺は今初めて虚しく思った。



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