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54.そして最後の恋をする2(※クルト視点)

 初めて結愛に会ったとき、彼女は俺を見て涙を流した。

 まるでずっと俺を待っていたかのような瞳で、声で、俺の名前を呼んだ。


 あの日は三週間ほど前から父親に見合いの予定を入れられていた。


 見合いと言っても、相手の女性の顔写真すらないし、父親の仕事関係の娘が相手というのはどうも気が乗らなかったが、相手はあの〝時岡結愛〟だった。


 時岡結愛とは、俺が子供の頃に将来結婚する相手だと言って手紙を書いた人物らしい。


 そんな手紙を書いた記憶はまるでないが、俺は父親に「もし自分がこのことを忘れてしまっても、必ずこの手紙を本人に渡してほしい」と頼んでいたのだとか。


 そして大人になった頃、会社で世話になった弁護士の娘が、時岡結愛という名前であることを知り、俺は父親共々驚いた。


 親同士がぜひ見合いを、なんて流れになったらしいが、その女性と会うまでに三年以上もかかった。

 いつも都合が悪いと断ってきたのは相手のほうだったが、この日ついに会えることになったのだ。


 俺は幼い頃彼女に会っているのだろうか?

 ずっと断られ続けてきた女性と会うのは気が引けたが、時岡結愛には会ってみたい。


 そんな思いで、俺はどうしても抜けられない仕事のために遅刻して約束の店に向かった。


 通された部屋の襖を開けると、そこでおとなしく座っていた女性が真っ先に目に飛び込んできた。


「どうだ来人、綺麗な娘さんだろう」


 父の声は右耳から左耳にへと綺麗に流れ、抜けていく。


 医者と弁護士の娘だと聞いて、自然と想像していたのは垢抜けない真面目なタイプの女性だったが、そこにいたのは歳の割りに少し幼く見える童顔の、愛らしい人だった。


 一瞬で心を打たれるような感覚が走った。


「クルト……」


 そして驚いたように俺を見て目を見開き、か細い声で名前を呼ぶ彼女から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。


 まるで俺のことを知っているようだった。


「どこかでお会いしたことがありましたか?」そう聞けば、「知り合いに似ていて」と微笑みながら謝罪の言葉を口にされた。


 一目惚れなんていう得体の知れないものがこの世にあるとは思っていなかった。


 それでもまるで魂が彼女に惹かれるように、俺はその涙の意味すら深く考えず彼女に――結愛に、恋をした。



 それからもすぐに結愛とデートする約束を取り付けることができた俺は、数回目のデートで彼女が行きたいと言ったデスティニーワールドに行き、観覧車の一番上で彼女に想いを告げた。


 まるで学生が告白するような、あまりにありきたりなシチュエーションを選んだことに自分でも笑ってしまいそうになったが、なぜだかここで告白したいと思ったのだ。


 観覧車のジンクスなど信じてはいないが、彼女との愛を一番上で誓いたいと思った。


 俺を見つめる結愛の瞳を見れば、彼女が俺と同じ気持ちでいてくれているということはどんなに鈍い奴でもわかるだろう。


 そして俺も、そんな彼女が無条件に愛しかった。


 出会ったばかりだというのに、とにかく結愛を心から愛おしい存在だと思うのに時間はかからなかったのだ。


 恋は理屈じゃないというのは、こういうことなのかもしれない。




 そんなある日、俺は結愛の家に招待された。


 今まで付き合った女性の実家に行ったことも、親に会ったこともない俺だから、正直少し戸惑った。しかし結愛の母親は気さくでいい人だ。

 結愛曰く、昔はもっと仕事人間で厳しい人だったらしいのだが。



 それから俺よりも年上の、結愛の兄、琉生さん。


 歳が離れているせいか、この兄貴はシスコン気味らしい。


 まさか一発殴られるのでは……なんて覚悟したが、案外この兄は俺のことを気に入ったのか、すぐに話しかけてきてくれて、とてもいい人だった。


 ……それにしてもなんというか、初めて会った気がしないのはなぜなのだろうか。




「来人君、今日は泊まっていくでしょう?」


 夕食をいただき、少し経った頃。結愛の母親が俺にそう言って優しく微笑んだ。


「はい。でも本当にいいのでしょうか?」

「もちろんよ。家族になるかもしれないんだから、遠慮なんてしないでちょうだいい」

「ちょっと、お母さんったら!」


 当然のように告げられた母親の言葉に、結愛は顔を赤らめた。


 家族になるかもしれない……か。


 確かに、結愛との見合いは結婚相手として行われたのだし、俺自身も子供の頃にそれを望んでいたらしい。


 おそらく結愛の母親も、そのつもりなのだろう。


「よかったらお風呂先にどうぞ」

「はい」

「あ、お風呂はこっちだよ」


 まだ頰を赤く染めた結愛が、一人で慌ただしく立ち上がり、俺を風呂場に案内した。


「バスタオルは、これを使って。おろしたてだから綺麗だよ」

「そんなこと気にしないよ」

「うん、そうだよね。でもお母さんがこれを使ってもらいなさいって」

「ありがとう」

「ん、それじゃあ……」

「ああ」


 簡単なやりとりをして、結愛はすぐにリビングへ戻っていった。

 その間、俺と目を合わせようともせずに、さっさと行ってしまった。


「……」


 家族になるかもしれない……。

 今まで考えたこともなかった。

 一人の女性に縛られて家庭を持って生きていくというのは、俺の性に合っていないと思っていた。


 だが、それはすべて結愛に会うためだったのではないかと思えるほど、俺は結愛に夢中だ。

 出会ったばかりだというのに、結婚相手は結愛以外にあり得ないと思っている。


 しかし、いくら親同士がそのつもりで俺たちを紹介したにしろ、今の時代当人の気持ちが一番大事だろう。

 結愛は、知り合ったばかりの俺と結婚なんて……きっと考えられないはずだ。


 風呂に入りながらそんなことを考えて、ふと思った。

 そもそもどうして結愛は俺のことを好きになったんだ?

 あんなにも会うのを拒否していたのに、遅刻してきた俺なんかを……。


「……顔がタイプだったのかな」


 冗談半分で自賛して、思い出した。

 顔と言えば、結愛は俺と初めて会ったとき、俺が誰かに似ていると言っていた。

 結愛だけではない。琉生さんもだ。本当にそっくりだとかなんとか……。


「……」


 あまり気にしていなかったが、一度考え始めると引っかかるのはそれだけじゃない。

 結愛は俺を見て涙まで見せていた。


 会えて泣くほど嬉しい奴なんて……。


「もう二度と会えないと思ってた、大切な人……とかか?」


 ぽつりとそんなことを口にして、何を考えているんだとまた一人鼻で笑った。


 関係ないか。

 俺が誰に似ていようが俺は俺だし、今、結愛は俺の彼女だ。


 それ以外の、何者でもないのだから。



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