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44.どうしてこんなことになったのでしょう

 ――誕生日パーティーが始まって二時間ほど経った頃だった。



「あ~、もう琉生君酔いすぎ~!」


 そう言ったのは、自分で私の兄にたくさんワインを飲ませていた綾乃だった。

 ソファの上で顔を赤くしたお兄ちゃんが横になっていて、その隣でなぜか嬉しそうにしている綾乃。


「結愛、琉生君寝かせるから部屋案内して!」

「……うん」


 お兄ちゃんは元々そんなにお酒が強いほうではない。

 仕事柄普段からあまり飲んでいないのに、今日はどうしてか飲み過ぎたらしい。


 今にも寝てしまいそうな兄をなんとか立ち上がらせて、綾乃と二人で二階に連れていく。


「お兄ちゃん大丈夫? 飲みすぎなんだよ、お酒弱いくせに」

「うう~……」


 私の声が聞こえているのかはわからないけれど、目を閉じて唸りながらベッドに転がる兄に、溜め息をつく。


「まぁまぁ結愛、琉生君のことは私に任せて! あんたはパーティー楽しんでよ!」

「……綾乃、もしかしてわざとお兄ちゃん酔わせた? 一体何をたくらんでるのよ……」

「やだっ、結愛ちゃんってば人聞きの悪い! 私は純粋に楽しんでほしくてぇ」

「ふぅん。まぁいいや、後でまた様子見に来るから、うちで変なことしないでよ?」

「……やっぱりあんたも結構ブラコンよね」

「何か言った?」

「なんでもない! 早くクルト君のとこ戻んなよっ!」


 少し不安はあったけれど、あれだけ酔っていればお兄ちゃんのほうが何もできないかと思い直して、私は綾乃に兄を託して再び一階に降りた。



「――本当か?」

「本当本当、だからクルト君は楽しみに待っていればいいよっ」

「何を待ってるの?」


 リビングに戻ると、ハーレム状態のクルトが、友人たちに囲まれて鼻の下を伸ばしていた(ように見えた)。


「あ、結愛! なんでもないの、こっちの話だから!」

「……ふぅん」


 不自然に慌てる友人と、頰を赤くしながら動揺して私から目を逸らすクルト。


 もしかして、クルトのこと口説いてたとか?

 あり得る。クルトのモテ方って異常だからなぁ……。


 なんて考えてしまったけれど、誕生日なのにこんなふうに嫉妬してちゃダメよね。みんなせっかく私を祝いに来てくれてるんだから。


「結愛、誤解しないでね? 怒んないで飲んで飲んで!」

「うん……って、これお酒じゃないの?」

「大丈夫! ノンアルだから! ね? 改めて乾杯しよ!」


 やたらニコニコしながら機嫌を取るようにお酒を模したノンアルコール飲料の缶を手渡されて、仕方なくそれを受け取り私たちは改めて乾杯をした。


 この中で本物のお酒を飲んでいるのはクルトだけなのに、なんだか本物を飲んでいるような感覚になり、私も楽しくなってきた。



「――あはは、それお兄さん危ないんじゃない? 綾乃の毒牙が~!」

「やっぱりそう思う? でも大丈夫、お兄ちゃんのほうがそれどころじゃなかったから」


 雰囲気に酔うって聞いたことがあるけど、こういうことなのかもしれない。


 ノンアルコールとはいえみんなのテンションも高いし、なんだか修学旅行みたいで本当に楽しい。酔っ払ってるお兄ちゃんなんてほっといて、綾乃も来ればいいのに。


「ねぇ、そういう友香はあの幼馴染の彼氏とうまくいってるの?」

「ふふ、まぁね~」

「やーん、いいなぁ~! 幸せそうな顔しちゃって!」


 静かに話を聞きながら私の隣で缶ビールを飲んでいるクルトの存在を忘れたみたいに始まった、ガールズトーク。


「それで、どこまでいってるの?」


 だけどニヤッと笑いながら一人の子が聞いた質問に、さすがにクルトの存在が気になって、ドキリと胸が弾んでしまったのは私だった。


「え~? 言わなきゃダメ?」

「いいじゃん、教えてくれるくらい!」

「じゃあ結愛も教えてね、クルト君とどこまでいってるかぁ~!」

「え、え!? 私たちは別に……っ!」


 クルト本人もいるというのに、話の矛先がこっちを向く。必要以上に取り乱した私は大きく手を振ってそれを否定した。


 けれど、


「あ……っ!」


 大袈裟に動いた指先が、クルトが持っていた缶ビールに当たって、それが彼の手の中から見事に滑り落ちてしまった。


「あー、もう何やってんのよ、結愛」

「ごめん……っ」


 もうあまり入っていなかったようで大惨事は免れたけど、ソファに座っていたクルトの膝はビールで濡れてしまった。


「はい、結愛。これで拭いてあげなよ」

「うんっ」


 すぐにテーブルの上から布巾を取ってくれた友達からそれを受け取り、クルトの膝を拭く。


「ああ、いいって、ユア…………って、おい……っ!?」

「え……? あ――っ!」


 そんな私の腕を慌てて押さえるクルトに、私もハッとする。

 そのまま拭いていたら、私は触れてはいけないところも拭いていたと思う。


「ごめん……!!!」


 さっき酔い潰れた兄貴と同じくらい顔が赤くなっているだろう私を、友達がクスクス笑う。


「結愛って意外と大胆ね」

「もう、からかわないでよ……っ!」

「……洗ってくる」

「うん、本当にごめん……!」


 困った顔で笑いながら洗面所に消えたクルトを見送って、はぁーと深い息を吐き出す私。


 このままじゃ、気が持たないかも……。



「琉生君、寝たみたい」


 ちょうどそのとき、綾乃が二階から降りてきた。


「それじゃあ私たち、そろそろ帰ろっか」

「え、今帰るの? クルトシャワーしてるし、出てきてからでも……」


 そして綾乃のその言葉に、彼女たちは「そうだね」と言って荷物を持ち始めた。


「いいのいいの! 今日は楽しかった! また遊びに来るね!」

「お兄さんとクルト君にもよろしく」

「うん……」

「結愛」


 困惑する私に、綾乃が向き直る。


「もう十八になったんだから、堂々とクルト君と向き合えるでしょう?」

「……え」

「邪魔者はいないんだから、あとはしっかりね!」

「……」


 そう言って笑うと、綾乃たちは私一人を残して名残惜しさを微塵も見せずに帰っていった。


 しっかりって、何を?

 別に、十八歳になったからって何か変わるわけじゃ――。



「ユア?」

「あ、クルト、みんな帰っちゃ――」


 それからすぐに、クルトがリビングに戻ってきた。

 背中越しに声をかけられて振り返ると、なぜかクルトは裸だった。


「な……っ、え!? やだ、なんで、どうして……!?」

「いや、違う、着替えを持っていくのを忘れて……!」

「待って、ちょっと待って……! 私、さすがにそんな……まだ、覚悟が……っ」

「は? 何言ってるんだ、少し落ち着け――」


 腰にタオルを巻いただけのクルトの姿に、全身が熱くなる。

 先ほど綾乃に言われた意味深な言葉を深く考えてしまって、頭の中が真っ白になる。


 とても直視はできないけど、クルトの身体が頭から離れない。それに以前見てしまったクルトの――――。


 無理無理無理無理……!!!


「……きゃっ!」

「ユア――!」


 バッと顔を伏せて自然と身体が後退すると、足がソファにぶつかってその上に倒れてしまった。


「……大丈夫か?」

「……っ!!」


 びっくりして目を開けると、動揺している私を半裸……っていうかほぼ全裸? のクルトが覗き込んできた。


「……っ無理、大丈夫じゃない……」


 それにしても、男の人の身体って、こうなってるんだ――。


 大きくて、筋肉がついていて……。

 お兄ちゃんの身体を見たのなんてもう随分昔だし、テレビや雑誌でそういうのは見たことがあるけれど、目の前にするとこんなにも――。


 相手がクルトだからだろうか。

 好きな人だから、こんなにドキドキしてしまうのだろうか。


 騎士なだけあって、クルトの身体には美しい筋肉が付いている。

 まだ少し身体が濡れていて、蛍光灯の下で輝いて見える。


 なんで……、この人こんなに綺麗なの? 無理なんだけど……。


 心臓が飛び出しそうなくらい大きく高鳴っていて、身体が沸騰したみたいに熱い。


「ユア? 顔が真っ赤だが……」

「クルトのせいでしょ……! い、いいから、早く服着てきて……!」

「ああ……そうだな」


 いつまでもそんな格好でいられたら心臓が止まっちゃう……!!


 彼が部屋に行くのを俯いて待っていたら、クルトの部屋とは違うほうからガチャリと扉が開く音が聞こえた。


「……――」


 綾乃たちが忘れものでもして、戻ってきたのかもしれない。

 そう思い、そちらに顔を向けた私は一瞬呼吸が止まった。


「結愛、これは一体どういうこと?」

「……っ」


 私の視界に映ったのは、数ヶ月振りに見る、母親の姿だった。



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