38.はじめての
クリスマスパーティーと称した食事会の後、クルトと二人で残された私は彼とお店を出た。
なぜかお店を出たらクルトに手を差し出されて、そっとその手に自分の手を重ねたら、ぎゅっと握られて歩くことになった。
こんなに外は寒いのに、そこだけは燃えているように熱くて、私の身体まで暖めてくれている。
「ユア……」
「なぁに?」
そのせいで余計クルトのことを意識してしまい、何を話そうか頭の中でぐるぐる思考を巡らせていたら、クルトが改まったように私を呼んだ。
「ユアには、好きな相手がいるのか?」
「え……っ」
それって、さっきの話の続き?
「それは……」
そんなの、あなたとこうして手を繋いで歩いている時点でわかってくれればいいのに。
クルトの世界ではどうだったのか知らないけど、私は好きでもない男の人と手なんて繋いだりしないよ。
そう言ってやりたい気持ちと、恥ずかしくて誤魔化してしまいたくなる気持ちが混ざり合って、口をつぐんでしまう私。
相変わらず握られている手の平にはじんわり汗をかき始めていて、私ばかりが緊張しているようで恥ずかしいのと悔しい気持ちが入り混じる。
「あ……、神社!」
だからつい、クルトと最初に出会った神社の近くまで来ていた私は、話を変えるように大きな声を出した。
「ねぇ、ちょっと寄って行こうよ! クリスマスに神社って変かもだけど」
「……ああ」
クルトもしつこく聞いてはこないし、このままあの話はなかったことにしてもらおう。
そう一人で頷いて、一緒に参道を進む。
「……ここで初めてクルトと会ったんだよね」
「ああ、ユアが俺を助けてくれたんだ」
「それから、私もクルトにいっぱい助けられたけどね」
「いっぱいということはないだろう? 俺のほうがユアに助けられている」
「いっぱいだよ。クルトが来てくれたおかげで、私はたくさん笑えるようになったもん」
本当に、そう思う。
今なら、はっきり言い切れる。
クルトのおかげで、私は人生が楽しくなった。
表向きだけの偽りの笑顔じゃなくて、心から笑えるようになったんだ。
あなたと出逢えたおかげで……。
「……ユア」
「ん――?」
ふと名前を呼ばれて、顔を上げる。
……――。
ぐい、と手を引かれて、身体が少しクルトのほうに傾いた。
あ……、と思ったときにはすごく近くに……本当にすぐ目の前にクルトの顔があった。
「……冷たいな」
「……」
ゆっくりと唇が離れていって、今キスしたことを、理解した。
「クルト……」
未だ額がくっついてしまいそうなほど近くでクルトが呟いて、彼のあたたかい吐息が頰にかかる。
その言葉を追うように彼の唇に目をやり、混乱する感情を整理しようと名前を口にした途端、一気に顔が熱くなって、心臓がドクドクと大きく脈打ち始めた。
キスした……。
私たち、今……キスした……!!
「……あ、ああ、あの……っ」
「……風邪を引いてしまうな。やはり帰るか」
「…………」
クルトから注がれる視線に耐えきれなくなり、先に目を逸らしてしまったのは私だった。
上から聞こえたクルトの言葉に、私はこくりと頷くのがやっとだ。
なに!?
なんでキスしたの!?
どういうこと?!
そういうこと……!??
「……」
口にしていいのかわからない疑問が延々と頭の中をループして、ぐいぐい私の手を引いて歩くクルトになんとか歩みを合わせていたら、あっという間に家に着いてしまった。
「ただいまー……」
玄関を開けるとお約束のように茶太郎がしっぽを振ってお出迎えしてくれる。
「ただいま茶太郎、いい子にしてた?」
「ワン!」
そのまま茶太郎と一緒にリビングへ行き、コートを脱いで、手を洗って……。
と、何気ない動作一つするにもドキドキして、クルトのことを意識してしまう私。
きっと動きが不自然になっていると思う。
「……」
「ユア――」
「あ! そうだ、ケーキがあるんだ!」
「ケーキ?」
この気まずい空気をなんとかしたくて、何か言おうとしたクルトの声に被せるように大きな声を出し、冷蔵庫からケーキを取り出しクルトの前で箱を開ける。
「うん、今日綾乃の家で焼いてきたの」
「あぁ、だから遅かったのか」
「……」
そこで、しまったと思った。
こんな言い方では、クルトへのプレゼントにはならないかもしれない。
「おお、美味そうだな」
「……ありがとう。今切るね」
今更あなたへのプレゼントです。なんて言いにくい。
それより、さっきのキスはなんだったのか聞かないと……。
でも、待って。そういうことならもう少し心の準備をしなければ、私の心臓は止まってしまうかもしれない。
だからちょっと待って、やっぱりまだ――。
意気地のない自分に溜め息をつきたい気持ちをぐっと堪えて、切り分けたケーキをお皿に載せ、二人分の紅茶を淹れてリビングのローテーブルにそれを置く。
「これはユアが作ったんだろう? とても美味いな」
「そっか、よかった」
「ユアはなんでも作れるんだな」
甘さは私の好みより少し控えめに作った。
クルトは甘すぎるお菓子に文句を言いながら食べていたから。
「……」
「……」
いつもと同じ家の中なのに、変にドキドキしすぎて上手にケーキを飲み込めない。それでも震えてしまいそうになる手でフォークを使って、紅茶でケーキを流し込んだ。
うん、美味しくできてるかな……? 正直、味もよくわからない。
だってケーキを食べ終わったら、きっとまた気まずい空気が流れる――。
「……」
「……」
もう、いつもどんなふうにクルトと話をしていたのかすら思い出せない。
この気まずい空気を感じているのは、きっと私だけではないはず。
ちらりとクルトに視線だけを向けてみると、彼は何かを思い悩むように視線を下げていた。
「寒かったよね、お風呂入れよっかぁ――」
このままただ黙っているなんて気まず過ぎて耐えられない。そう思って静かに息を吐き、洗面所に逃げてしまおうと立ち上がったときだった。
「――ユア」
「えっ」
L字に置かれたソファに、それぞれ別々に座っていたのに。
ぐい、と腕を掴まれてバランスを崩した私はそのままクルトの膝の上におしりをついてしまった。
「ごめ――」
「好きだ」
「――っ!」
よく考えればクルトに引っ張られたからこうなったんだけど、咄嗟に口から出たのは謝罪の言葉。
だけどやっぱりそれはクルトが意図的にやったんだって理解できたのは、彼が私を捕まえるように腰に手を回してきたから。
「……クルト、」
「俺はユアが好きだ」
まっすぐに私を見つめながらはっきり口にされた言葉の意味を一瞬きちんと理解できなくて、頭の中でリピートする。
彼の胸に置いた手からクルトの心臓がドクドクと高く脈打っているのが直接伝わってきて、彼もとても緊張しているということがわかった。
「……」
「ユアのことが、好きだ」
もう一度はっきり口にされたその言葉を噛み締めるように目の前にいる彼を見つめ返すと、クルトの頰が赤く染っていることにも気がついた。これはお酒のせいじゃないと思う。
そして、たぶん私はそれ以上に顔が赤くなっている……。
「……ユア」
愛しいものを呼ぶように私の名前を呟いて、優しく髪を撫でた手がそのまま頰に滑り降りてくる。
熱を孕んだ瞳で見つめられて、クルトが緊張している以上に何かを我慢することができないという想いが伝わってきて、私の胸はキュンと疼いてしまう。
「聞いてほしい」
「……」
今度は目を逸らすことを許さないと言うようにしっかり頰を支えられる。
真剣な表情のクルトがかっこよすぎて、やっぱり私の顔はどんどん熱くなっていくけど、聞かなければならない。
今度は、目を逸らしてはいけない。
「うん……」
だからクルトの膝の上でおとなしく彼を見つめ返した。
「俺は、ユアのことが誰よりも何よりも大切で、とても愛おしい」
クルトにこんなことを言われて落ちない女がいるなら教えてほしいよ。
手を置いたクルトの胸からあまりにも愛しい鼓動が伝わってきて、頭のどこかで冷静にそんなことを思ってしまう私がいた。
だけど同時に、ずっと聞きたかった言葉がクルトの口から聞けたことにとてつもない喜びを感じて、すぐに言葉が出ないほど胸が締めつけられる。
「……っ」
「ユア、泣くな」
「泣いてないよ……、ただ、嬉しくて……っ」
ポロリとこぼれてしまったのは私の感情を表した雫。それが頰を伝ったのを感じて、一生懸命笑顔を浮かべた。
「私も好き……クルトのこと、大好きだよ」
「ユア……」
言ってから彼の胸に顔を預けたら、ぎゅっと強く抱きしめてくれて、優しく頭を撫でられた。
「ずっと伝えたかった。だが、俺にその資格があるのだろうかと、ずっと考えていた」
「……クルトは知らないのかもしれないけど、この世界では人を好きになるのに検定も資格もいらないよ……っ」
「……そうか、では俺は余計なことを悩んでいたのだな」
「うん……」
クルトが小さく笑った気がして、そっと顔を上げる。
「……」
「……ユアは、よく泣くなぁ?」
今日はせっかくお化粧をしたけど、もしかしたら崩れちゃったかも。
愛しそうに微笑んで親指の腹で涙を拭ってくれるクルトは相変わらずムカつくくらいかっこいいけど、泣いたせいか少しだけ気持ちがすっきりした。
まだドキドキしてるけど、もう一回キスしたい。
そんな気持ちを向けてそっとまぶたをおろせば、ゆっくり唇が重なり合って、クルトの温もりをとても近くに感じられた。
ようやく想いを通じ合わせました……!
おめでとう!などと思っていただけましたら、ぜひぜひ祝福の評価★★★★★をくださると嬉しいです…!!




