37.クリスマス会
「ただいま~」
そして私服に着替えた綾乃と二人で、我が家へと移動する。
ケーキを後ろ手に持ち、綾乃を先頭に私はこっそりと玄関から廊下を通りリビングに足を進めた。
キッチンに行くにはリビングを通過しなければならないのだ。
「おかえり。遅かったな」
「クルトくーん、琉生君は?」
リビングにはクルトの姿しか見えなくて、彼に笑顔を振り撒いてから綾乃は兄の姿を探して辺りを見渡した。
「あぁ、今部屋で着替えているぞ」
チャンス――!
クルトしかいない今、さっさとケーキを冷蔵庫に隠して私も着替えにいかないと……!
綾乃とアイコンタクトを送り合うと、彼女は私より前に出てクルトの目を引くようにテレビの前へと駆け寄っていった。
「ねぇクルト君見て! この服どう? 可愛いかな?」
綾乃を追うように私とは逆の方向へ顔を向けたクルトを確認してすぐ、私はキッチンに小走りする。
そして冷蔵庫を開け、一番上の一番奥にケーキの入った箱を押し込んで冷蔵庫を閉めた。
「私も着替えてくるねー!」
無事に関門を突破して、ドキドキと小さく胸を弾ませながら二階に上がる。
今日着ていく服は、先週綾乃と友香と買い物に行って選んだもの。
黒いVネックのセーターにタイトスカート。
広めに開いた胸元から見えるキャミソールのレースはお花のデザインになっていて、少し大胆すぎるのではないかと躊躇ってしまうけど……、綾乃が絶対これにしろと言い張った。
「……」
鏡で自分の姿を改めてチェックして、やっぱり私にはちょっと似合っていないのではないかと不安になる。
こういう服は綾乃のように色気のある、大人っぽい子が着ればいいんだと思う。
これで私も少しは大人っぽく見えるかもしれないけれど、私が着ると背伸びしているようにも見える。
「……まぁ、たまにはいい……のかな……」
ちょっと首元が寂しいからネックレスでもつけたいなと思ったけれど、ちょうどいいのがなくて諦めた。
*
その後友香とその彼氏とも合流した私たちは、予定通りの時間に予約していたお店に向かった。
高校生最後のクリスマス――。
だからなんだということもないかもしれないけれど、初めて好きな人と過ごすクリスマスでもあるし、やっぱり期待と緊張で私は心を踊らせながら予約してくれた綾乃の案内について歩いた。
「――予約したお店って、ここ?」
「うん、ごめん。他はもういっぱいで……ここしか予約取れなかったの」
着いた先はオシャレなイタリアンでもなければ、もちろん高級フレンチでもなかった。
ましてや落ち着いたダイニングでもなくて、よくある、チェーン店の居酒屋だった。
「人数も多いし、こういうところのほうがいいと思うよ。俺が予約すればよかったのに……任せちゃってごめんね、ありがとう綾乃ちゃん」
「いいえ、琉生君はお仕事で忙しいですから、全然ですよぉ!」
確かにこういうところのほうが肩が凝らなくていいかもしれない。
ほとんど高校生だけど、保護者もいるから安心だし。
「琉生君優しいね! 高級フレンチしか受け付けなかったらどうしようかと思った」
「ははは、まさか……」
ひそ、と私にそんなことを耳打ちしてきた綾乃は、うちの兄に本気なのだろうか……。
「こちらになります」
通されたのは個室の席だった。
「どうぞどうぞ」と言いながら一番奥にお兄ちゃんを押し込んで、しっかりその隣をキープする綾乃はさすがである。そんな彼女を見ている間に、向かい側の席に友香と彼氏が並んで座った。
「……」
うん、そうだよね。この二人は並んで座るに決まってるよね。
だから私は友香の隣に、クルトが綾乃の隣に座ることにした。
別に、隣じゃなくたっていいのよ。向かいにいたほうが顔がよく見えるしね……!
そんなことを自分に言い聞かせてドリンク(お兄ちゃんとクルト以外はもちろんジュース)で乾杯して、お兄ちゃんと綾乃が中心となって料理も注文した。
「――へえ、そうなんだ。二人は幼馴染なんだ」
「そうなんですよ。子供の頃はまさかこんなふうになるなんて思ってなかったよね?」
「いや、俺はずっとこうなりたいって思ってたけど」
「えっ、そうなの?」
この中で唯一のカップルである友香と彼氏君の話で、場は盛り上がっていた。
「琉生君って彼女いないんですかぁ?」
二人の話に相槌を打ってにこやかに聞いていたお兄ちゃんに、今度は友香が聞く。
「うーん、仕事が忙しいからね」
「それは言い訳ですよぉ」
そんなお兄ちゃん以上ににこやかに返した友香に、妹から見てもハイスペック男子である兄は「うっ……」とたじろぐ。
「ねぇ、クルト君もそう思うよね?」
「あ? ああ……」
綾乃が何かを訴えかけるような目でお兄ちゃんを見つめていて、その隣でハイボールを飲んでいたクルトに同意を求める友香。
私も友香に誘導されるようにクルトを見ると、ぱちりと目が合った。
「……」
「……」
向かいの合っているほうが顔がよく見えていいって言ったの、誰……!?
よく見えすぎて、なんか照れる。だってクルトは、やっぱりかっこよすぎる……。
ドキドキしながらそのまま見つめ合っていると、クルトの靴がコツンと私のブーツに当たった。
クルトは脚が長いから邪魔だったのかと自分の足を引いたのに、追うように彼の足がすり寄ってくる。
「…………」
え、もしかしてこれ、わざと……?
「ちょっと結愛ー、何クルト君とイチャイチャしてるのよー」
「なに!?」
私たちが見つめ合って頰を赤く染めていることに気づいた綾乃がからかうように声を張る。
すぐさま反応してテーブルの下に目を向ける兄。
「し、してないしてない!!」
「いーや、目がイチャイチャしてた」
「そんな……!」
ふっと鼻で笑いながらニヤニヤとそんなことを言う綾乃に、チラリとクルトに目をやる。
「ばれてしまったか」
みんなも同時にクルトに視線を向けていたらしく、注目を集めたクルトはニッと口角を上げて笑った。
「……!」
クルトのそんな表情にドキリと胸が跳ねる。
お兄ちゃん以外の三人からは茶化すような声が上がり、顔が熱くなった私は誤魔化すようにリンゴジュースを喉に流した。
クルトったら、そんなに堂々と言わなくたって……!
「おい、クルト! お前結愛に何したんだよ!」
「まぁまぁ、琉生君もそろそろ妹離れして恋人作ったほうがいいですよ?」
「いや、しかし……!」
「ねぇ、クルト君もそう思うでしょ?」
「ああ、思う」
もう一度友香に問われ、今度ははっきりと頷くクルト。
「それで……結愛はいるの? 好きな人」
「え……」
今日の友香はいつもより口数が多い……。
とてもにこにこしているけれど、その笑顔の裏で一体何を企んでいるのだろうか……?
「……」
〝好きな人〟というワードに、無意識にクルトを見てしまった。
そうすれば当然のようにクルトも私のことを見ていて、興味深げに答えを待っている。
「……あ」
「結愛に男はまだ早い! なぁ、クルトもそう思うだろ?」
「……」
ビール一杯で、まさかもう酔ったのだろうか。
お兄ちゃんも顔を赤くしてクルトに向かって叫ぶ。
まぁ、クルトも今度は頷かなかったけど。
それからもみんなの子供の頃の話やお兄ちゃんの外国生活の話なんかで場は盛り上がり、時間はあっという間に過ぎていった。
会計を済ませた後、私は一人でお手洗いに行き、出てみるとそこにはクルトだけが立っていた。
「……あれ? みんなは?」
「トモカは恋人と帰った」
「ああ……お兄ちゃんと綾乃は?」
「ルイもアヤノに連れて行かれた」
「えっ」
お兄ちゃんが綾乃に連れて行かれた……?
「どこに?」
「さぁ?」
まさかお兄ちゃんが……と一瞬驚いたけど、ここは綾乃に賛辞を送りたい。
綾乃、やるじゃん!
「え……じゃあ、私とクルトの二人きり?」
「そういうことだ」
「……」
頷いたクルトを改めて見つめて、ドキドキと胸が高鳴る。
「……か、帰ろうか」
「ああ」
別にクルトとはよく二人きりになるじゃん。
今更緊張することないよね?
今日がクリスマスだとか、クルトにはきっと関係ないし――ね……?




