31.遊園地に行きたい
「今度の日曜日、遊園地に行かないか?」
その日の夜は、久しぶりにゆっくりクルトとお兄ちゃんの三人で夕食を食べた。クルトと一緒に片付けを終えリビングに戻ると、満を持した様子でお兄ちゃんが口を開いた。
「遊園地?」
「ああ、実はデスティニーワールドのチケットを同僚の先生にもらったんだけど、今度の日曜は仕事が休めそうなんだ」
「え? デスティニーワールドのチケット?」
「結愛、好きだったよな。デスティニーワールド」
デスティニーワールドは大人気の遊園地で、私の大好きなキャラクター、くま犬のさつきくんを手がけている会社も協賛しているので、限定グッズもたくさん売っている。
「やったぁ! 行く行く! ありがとうお兄ちゃん!」
「久しぶりに結愛と遊園地か、楽しみだな」
ふふんと鼻を鳴らして得意気に鞄からチケットを二枚取り出した兄に、私は目を輝かせた。
デスティニーワールドはチケットが高くてそう簡単に行けるところではない。
「……なんだ、それは」
「あ……」
チケットを高く掲げて拝むように見つめていると、その様子を静かに見ていたクルトが不思議そうに声を上げたのを聞き、私の身体はピタリと止まる。
「クルト、お前は留守番だ」
兄は最初からそのつもりでいたのか、フッと口の端を上げてすぐにそう言った。
そうか、クルトの分はチケットないのか……。
「デスティニーワールド……、テレビで見たな。何やら賑やかなところだったが……護衛がいなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。俺がいるから」
「……そうか」
「……」
兄と向き合って言葉を交わすクルトの顔が少し寂しげで、私の胸は小さく痛む。
「……クルトも一緒に行く?」
「いいのか?」
そして私の言葉にぱぁっと表情を明るくさせたところを見ると、やはり彼も興味があったと思われる。
「しかし、チケットは二枚しかないぞ!」
「私が買うよ。それならいいでしょ?」
「な……結愛が?」
この兄は本当に私と二人で行くつもりだったのだろうか。
同僚にペアチケットをもらって、一緒に行く相手は他にいなかったのだろうか。いい歳をして、妹が相手で本当によかったのだろうか。
「あ、せっかくだから綾乃も誘っていい? 四人のほうがアトラクション乗るにもちょうどいいし」
私の言葉に慌てたように反応して、じとっとクルトを見つめるお兄ちゃん。
対照的にクルトは期待に満ちた瞳を兄に向けている。
「……わかったよ。あと二人分のチケットは、俺が買ってやる」
「え? いいの?」
「こう見えて結構稼いでいるからな」
「さすがルイ!」
「ありがとうお兄ちゃん!」
少しだけ残念そうにしているけれど、なんだかんだうちの兄は優しいのだ。
それにしても……クルトとデスティニーワールドか。
やばい。楽しみ。
弾む気持ちを抑えてさっそく綾乃に連絡を入れ、次の日曜日を指折り数えて過ごした。
*
四人で電車に乗って朝から気合いを入れ、デスティニーワールドに到着すると、まずはキャラクター耳のカチューシャをみんなで買ってつけることにした。
私はもちろんくま犬さつきくんのくま耳。
クルトにはさつきくんのガールフレンドのさなえちゃんのくま耳。この子も犬がくまの着ぐるみを着たくま犬である。ちなみに女の子だから可愛いリボンがついている。
綾乃はお友達のねこのめーこで、お兄ちゃんはうさぎのマージ。
「あはは、クルト君も琉生君も可愛い~!」
「……なんで俺がさなえちゃんなんだ? ユアがこっちだろう」
「私はさつきくんがいいの!」
「大丈夫だよクルト君、イケメンは何をしても似合うから!」
「……むむ」
リボンのついた可愛いカチューシャに抵抗があるのか、クルトは不満そうに唸っていた。
綾乃は大喜びで写真を撮っているし、お兄ちゃんは意外とノリがいい。
「ね、ね、結愛!」
「ん?」
クルトと兄が互いを見ながらあーだこーだ言い合っている横で、綾乃がこっそり私に耳打ちする。
「琉生君、あんなにかっこよくなったんだね」
「……綾乃、お兄ちゃんと会うのは三年ぶりかぁ」
「昔からかっこよかったけど、かなりタイプ。後で別行動しようね」
「ええ……」
頷いてもいないのに、綾乃は満足そうに「それじゃあ行きましょ!」と張り切って指揮をとった。
綾乃は結構惚れっぽいから、どの程度本気かはわからないけれど、とりあえず四人でパーク内を回る。
クルトは遊園地なんてもちろん初めてだからきょろきょろとあちこち忙しなく見渡しながら歩いている。
「あ……! あれはユアの好きなさつきくんではないか!?」
「あ、ほんとだ~! 一緒に写真撮りたーい!」
そのためか、いち早くさつきくんに気づいて興奮気味に指をさすクルトの視線の先に目を向けて、私も興奮する。
「……さつきくんは、思っていたより大きいのだな……」
「え? ああ……うん、そうだねぇ。さつきくんはくまになりたい犬だからね。大きくなれてよかったよねぇ」
「む? さつきくんはくまになりたいのか……」
「そうそう」
あまりすべてを説明しても夢が壊れるので設定だけを伝えて、念願のさつきくんと一緒にみんなで写真を撮った。
お化け屋敷は学祭のときよりは慣れたようだけど、相変わらず必要以上に周りを警戒して「俺から離れるなよ」なんて言うクルトにぐいっと引き寄せられたから、ちょっとドキッとした。
すぐにお兄ちゃんに引き剥がされたけど、今度は綾乃が「きゃー」とか言いながらお兄ちゃんに抱きついていた。
ジェットコースターには何度も乗った。クルトは最初は声も出ないくらいビビっていたけど、終わったら瞳を輝かせて「もう一回」と言い、率先して乗りたがった。結構いけるクチらしい。
私と綾乃も大丈夫だったけど、最初にダウンしたのはお兄ちゃん。
「ごめん、ちょっと休憩……!」
そう言って飲み物を買ってベンチにもたれかかる兄に、すかさず綾乃が駆け寄り「琉生君のことは私が見てるから、二人で遊んできて」と言った。
「え、でも悪いし……」
「ううん。私も少し疲れたから。ね、いいでしょう琉生君」
「ん、ああ……気をつけろよ」
ぐったりした様子で頷くお兄ちゃんを見てクルトが「では行こうか」と私を誘う。
きっと、もっとジェットコースターに乗りたいのだろう。
「人が多くなってきたな」
「うん、お昼過ぎたからね」
「ああ、そういえば腹が空いてきたような……」
「じゃあ何か食べようか」
「ああ」
下調べしておいたお店に向かい、さつきくんたちの顔をモチーフにしたバーガーを食べて小腹を満たしたら、まだ乗っていないアトラクションに並んだ。
食後だから、あまり激しすぎないやつね。




