03.異世界から来た騎士
「いや、どこって……」
だけどまるで本当に知らないみたいな反応が返ってきて、どう対応すべきか悩んでいるうちになんだかだんだん疲れてきた。
っていうか私が付き合ってあげる必要はないよね。
「聞いたことのない国だな……」
真剣に考えて顎に手を当てている彼に気づかれないよう息を吐き、そろそろお帰りいただくことにする。
「あの、そろそろいいですか? 私これから家事とか宿題とかやらないとなんで」
もう一度彼を玄関のほうへ誘導しようとしたけど、まだそれを続けるつもりなのか、彼はガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、慌てたように両手を胸の前に突き出した。
「ま、待ってくれ! すまない、確かに君に迷惑をかけているのは承知だ。だが、君以外俺の話を聞いてくれる者は一人もいなかったんだ!」
「それはそうよ。そういうことがしたいなら、SNSで仲間を集えばいいじゃない。私はクルト? だかってキャラも知らないし、興味もないから。なんであんなところに倒れてたのか知らないけど、早く家に帰ったほうがいいですよ」
きっと優しくしたら図に乗るタイプね。
そう思って、はっきり言ってやる。
すると彼は、何かショックでも受けたような顔をして口を開いた。
「……俺のことを知らないのも興味がないのも仕方ないが、本当に困っているんだ……。家は王都にあるが、帰り方がわからない……」
「王都?」
頭に手を当てて思い悩んでいるその姿は、やっぱり嘘をついているようには見えない。
だけど、そんなわけ――。
「あの……、その設定もうやめてくれない?」
「その設定とは?」
「その、クルト? っていうキャラの設定。まずは本名を名乗って。家に来て食事までしたのに、失礼よ」
「……君こそ何を言っているんだ。確かに食事をご馳走してもらったのは本当に感謝している。だがキャラとはなんだ。俺の名はクルト・トレース。トレース伯爵家の次男で、王宮騎士団に所属している。此度は東の地、イーズにて魔物討伐の派遣を受けていた。その折、神殿に寄っていてこうなったんだ!」
「……」
目を逸らすことなく、あまりにもつらつらと並べられた完璧なセリフ。
伯爵家の次男? 王宮騎士? 魔物討伐ぅ?
――ダメだこの人、話にならない。
そう思い、スマホを取り出して〝クルト・トレース〟と検索してみる。
該当なし。
あれ? おかしいな……。
「ねぇ、それってなんのキャラ? ゲーム? アニメ? 検索に引っかからないんだけど、タイトル教えて。それともオリジナル? 随分手が込んでるのね」
「ゲームだのアニメだの、それこそなんだ! ……というか、君が持っているそれはなんだ?」
今度は少し怒ったように言い、私のスマホを指差す自称〝クルト〟
「……もういいです。どうせこの剣だって偽物に決まって――」
「触るな――!!」
「!」
腰に帯びている剣を模した装飾品に触れようと手を伸ばしたら、バッと素早い動きで躱された。
その身のこなしが常人とは違って、ビクリと身体が揺れる。
「……俺が騎士だと信じていないのか? わかった。では証拠を見せよう」
「……っ」
そう言うなり、私の目の前でゆっくりと剣が鞘から引き抜かれた。
クルトの顔前に掲げられたその剣は、明らかに本物であった。
「……うそ!」
「俺は命を国に捧げると、この剣に誓った。すぐに戻らなければならない。どうかここがどこなのか教えてほしい」
頼む。と続けるクルトの顔は、やっぱり真剣そのものだった。
彼は嘘をついていない。
彼は作られたキャラじゃない。
本物の、〝クルト・トレース〟だ。
証明に反射して光り輝くその青銀色の瞳を改めて見つめて、私は確信した。