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29.強い女性たち(※クルト視点)

 パン――!


「……」


 乾いた音が廊下に響き、俺の身体がピタリと止まる。

 俺の目に映ったのは、眉をつり上げて唇を結んだユアの顔。

 リサの頰を叩いたユアの手が、その余韻で空中に浮いている。


「……痛った、何するのよ!!」

「先に叩いたのはそっちでしょ」


 一瞬何が起きたのか理解できなかったというように口を開いてユアを見つめ返すと、リサは負けじと声を張り上げた。


「それに言い過ぎよ。私のことが嫌いなのは構わないけど、仮にも大好きだった元彼をそんなことに使おうとするなんて、酷すぎる」


 対するユアは、とても冷静な声でリサに言葉を返す。


「……っ、うるさい! あんたが悪いのよ!! 悠真のこと奪ったくせに、傷つけて!!」

「悠真君のことを奪ったつもりはないけど?」

「あんたのせいで私は悠真に振られたの!! 従兄だか知らないけど、こんなイケメンまで(はべ)らせて……ほんとむかつく!!」

「……っ」

「おい……!!」


 瞳を充血させて枯れた声で叫ぶと、リサはユアの肩を掴んで壁にドンッと押し付けた。

 はっとして再び止めに入ろうと身体が動いたが、ユウマが俺を制するように首を横に振った。


「僻まないでよ。悠真君に振られたのは自分のせいでしょ?」

「何よ、ちょっと可愛いからって調子に乗って……! 私はね、悠真に釣り合うように一生懸命可愛くなろうとメイクとかファッション頑張ったの! なんの努力もしたことのないあんたに、私の気持ちはわからないわよ……!!」


 肩を掴まれながら、ユアもその腕を掴んで自分より少し背の高いリサに向かって声を張る。


「わからなくて結構! でも、私がどんな思いで生きてきたのかも、あなたにはわからないでしょう!!」

「……っ」


 ユアのその言葉は、まっすぐリサに突き刺さったようだ。

 剣よりも鋭い彼女の眼差しが、リサを射貫いたように固めた。


 そして同時に、その言葉は俺にもユアのこれまでの思いを想像させた。


「……何よ、ずるいのよ、あんたは。うるさい親もいなくて自由で、成績もいいし……こんなイケメンと暮らしてて、親友もいて……化粧なんかしなくても可愛くて……」


 リサがぐっと唇を噛んで一瞬言葉を詰まらせると、ユアの肩を掴んでいた手から力が抜けたのがわかった。


「それ、褒めてくれてる? でもあなただって、努力してきたからそんなに綺麗なんでしょ? オシャレだし、自分の見せ方をちゃんとわかってる。さすがだよ」

「……っ」


 返したユアの言葉に、リサの顔がみるみる赤くなっていく。


「プッ……ははは!」


 そんな緊迫した空気を笑い声で壊したのは、ユウマだった。


「……何よ」

「いや、なんかウケる。結局理沙は結愛ちゃんに嫉妬してただけだろ? 可愛くて羨ましいーって。でも結愛ちゃんって本当に自由でなんの努力もしてないと思う? 俺が結愛ちゃんのこと好きになる気持ち、まだわからない?」

「……」


 目まで真っ赤にしながら、今度はユウマを睨みつけるリサは、もう何も言い返せないようだ。


「もういいじゃん。理沙もさ、捻くれずに堂々としてたら可愛いんだから、俺よりいい彼氏すぐできるって」

「……」


 ようやくユアから手を離すと、リサは俯き完全に沈黙した。

 そんな彼女に構わず、ユウマは「あ、クルトさんは無理だろうけど」と付け足した。


「言いたいこと言ってすっきりした? でも殴り合ったら傷もできるし痛いでしょう? はい、こういうときはなんて言うの?」


 言葉は人を傷つける。それに殴り合いではないが、実際に彼女たちは頰を叩き、リサはユアを壁に強く押し付けた。

 この国の女性は、本当に元気がいいな……。


「ごめんなさい、叩いてしまって」

「……私こそ、酷いことしたし、言って、ごめん。今日だけじゃなくて、今までも……。あと背中、大丈夫?」

「うん、平気」


 先に謝ったのはユアだった。それに続いてリサも涙を溜めた瞳で謝罪を口にすると、二人は笑顔とは呼べないようなぎこちない顔で頷き合った。



「じゃあ、俺理沙のこと送ってくわ」

「え……っ!? いいよ、そんなの」

「変な気起こしたら困るからな。別に俺はそういうつもりじゃねーから、行くぞ」

「……うん」

「じゃあ、クルトさん。結愛ちゃんのことよろしくお願いしますね。まぁ、言われなくてもだろーけど」

「ああ」


 名残惜しさを見せずにリサの背中を押すように歩き出したユウマを、今度はユアが追う。


「待って、悠真君!」


 ユアの声に、彼の足はピタリと止まった。


「ありがとう」


 はっきりと一言紡がれたユアの声に、こっちを向いたユウマの頰がほんのりと赤みを帯びた。


「……あー、やばい。俺やっぱ結愛ちゃんのこと好きだわ!」

「……っ、なんだって!?」

「クルトさん、ちゃんと結愛ちゃんのこと捕まえておいてくれないと、俺今度は本当に手ぇ出しちゃうかもですよ」


 本気なのか冗談なのかわからない顔で俺をハラハラさせるような言葉を吐いたユウマに、俺は苦笑いで応える。


 そして遠ざかっていく二人の背中を、ユアとともに見送った。



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