27.騎士様はどこ行った
「学祭、クルト君呼べばいいじゃん」
来週に控えた学園祭の準備中、突然閃いたように綾乃が言った。
「え……でも、クルトが来たらちょっと面倒そうじゃない?」
「クルト君絶対来たいと思うなぁ。呼んであげたらいいのに」
「……」
我が校の学園祭が一般公開されるのは最終日のみ。
その日は在校生が持っている招待券があれば誰でも遊びに来ることができるので、他校や年上の恋人がいる人は相手を呼んで学祭デートをするというのが定番だ。
でも、クルトなんて呼んだ日には……どうなってしまうかは安易に想像できる。
「いいよ。私もずっと一緒にいてあげられるわけじゃないし、一人にすると大変なことになりそうだから」
「まぁ、それはそうだろうけどね、あの顔じゃ……。でも高校最後の学祭だよ? クルト君と一緒に校内歩けるチャンスだよ?」
「……そうだけど」
私だって、少しは考えた。
まだ一人ではあまり出歩かない彼は日頃退屈しているだろうし、私の学校を案内してあげたいとも思っている。
でも騒がれることを想像すると、やっぱりやめておこうという答えになるのだ。
「とりあえずクルト君に聞いてみたら? 来たいかどうか、本人に決めてもらえばいいじゃん」
「うん……そうする」
きっと行きたいって言うんだろうな……と思うのと同時に、私だって本当はクルトと一緒に最後の学祭を見て回りたいと期待しながら、クラス展示の準備を進めた。
*
「おお……これがユアの学び舎か」
「普段とは全然雰囲気違うからね。学祭だから……その、お祭りだから」
そして予想通り、クルトは二つ返事で学園祭に参戦することを希望した。
『ねぇちょっと、なにあのイケメン……!!』
『ほら、三組の時岡結愛の従兄で――』
『あ~あれが! 噂以上なんだけど!』
『一緒に写真撮ってほしいなぁ』
「……はは」
「どうした、ユア」
うちのクラスの出し物は展示だから、私はもう片付けの時間まで手が空く。
クルトにはその時間を見計らって来てもらったから、こうして二人で校内を回っているけれど……。
先ほどからクルトは予想通り注目を集めていて、私はもう笑えてきた。
「いや、なんでもない。あ、たこ焼き食べる?」
「タコヤキ?」
突き刺さる視線に少し疲れてきた頃、一年生がやっているたこ焼き屋さんを見つけて足を止めた。
このまま廊下をクルトと歩き続けるのは目立つので、一旦休憩しよう。
「うん。たこが入った粉もんなんだけど」
「コナモン?」
「食べればわかるよ。美味しいから」
教室に入り、たこ焼きとジュースを買ってそのまま座って食べて行くことにした私たち。
「うん。確かに美味いな」
「でしょう?」
まだ教室の外から見られているけど、少し落ち着いた。
「あの……結愛先輩」
「ん?」
そう思いながら六個入りのたこ焼きを二人で仲良く食べていると、知らない女子生徒が遠慮がちに私の名前を呼んだ。
エプロンをつけているから、このクラスの、一年生だろうか。
もじもじしながらクルトをチラチラ見ている二人の女の子に、ピンと来る。
「あの……、この人って、結愛先輩の彼氏さんですか?」
「……いや、違うよ」
「じゃ、じゃあ、あの、写真撮ってもらえませんか!?」
やっぱり。
顔を赤くして可愛く聞いてくる後輩に、先輩としてとりあえず笑顔で応える。
ちなみにこの子たちのことは知らない。
〝結愛先輩〟と下の名前で呼ばれる覚えもないけれど、どうやら向こうは私を知っているらしい。若いって強いなー。
「写真かぁ、どうする? クルト」
「ああ、スマホで映像を残すやつだな。いいぞ」
……いいの?
そういうことは警戒して断るかと思ったのに、案外あっさりオーケーしたクルトが少し意外。
平気な顔をしているクルトに、なぜが私の胸がちくりと痛む。
「貸してみろ」
「……え」
頷いたクルトに女の子たちはきゃっと高い声を上げてぴょんぴょん跳ねたけど、彼は彼女たちが手に持っていたスマホをパッと取ると、私のスマホで覚えたのか、カメラを起動させて二人に向けた。
「撮るぞ」
「え、あ……、え?」
そして、あっという間にカシャ――と音が鳴る。彼女たちは動揺しながらも笑顔を浮かべるあたり、さすがだ。
「どうだ、ユア。よく撮れているだろう」
「……うん。ぶれてないし、上手になったね」
「そうだろう!」
満足げに笑うと、クルトは女の子にスマホを返し、最後の一個のたこ焼きを頰張ってジュースを手に立ち上がった。
「じゃあな。祭り、楽しめよ」
「…………はいっ!」
「……」
そうじゃなくて――と小さく呟いていた彼女たちにクルトが声をかけると、二人は再び「きゃー」と高い声を上げて手を取り合った。
背中越しに、「話しちゃったー!」と興奮気味の声が聞こえる。
たぶん、予定とは違う結果になったんだろうけど、「クルトに撮ってもらった」と自慢しようと話しているのが聞こえる。
クルトのモテっぷりが、まるで芸能人。
「ユア。次はどこに行く?」
「……うん、待って!」
そんなクルトをどこか他人事のように思っていたけれど、彼の瞳に映っているのが私であることが嬉しくて、頰が緩んだ。
*
「結愛、もう片付けするって」
「うん、わかった。ごめんクルト。適当に見て回ってて」
「ああ、また後でな」
それからお化け屋敷や体育館で行っている出し物を見て回り、予定の時間より早く自分のクラスに戻ってきたら、予定より早く片付けが始まった。
お化け屋敷ではおどかし役の生徒に本気で立ち向かって行こうとするから説明するのに苦労したのは言うまでもない。
とにかく、一旦クルトとは離れて私は教室の片付けをする。
「楽しかった? クルト君との学祭デート」
「別にデートじゃないし」
教室に戻るなり、にやにやした綾乃がこそっと話しかけてくる。
「はいはい、照れなくていいって。それにしてもクルト君すごい人気ね。あちこちでまた噂になってたわよ。あんたとクルト君のこと」
「ねー、ほんとすごいよね」
「もう、他人事みたいなこと言って!」
「あはは……」
一つ救いなのは、クルトがこの学校の生徒ではないということ。
少女漫画とかだったら、きっと私は強めの女子にこの後呼び出しとかされていじめられる。
でも今のところクルトの存在は最初から私ありきで成り立っているから、たぶん大丈夫だと思う。
「結愛ー! なんか連れの人が怪我して保健室にいるから、伝えてほしいって」
「え……? 連れって、クルトのこと?」
順調に片付けは進み、あとはまとめたゴミを捨ててくるだけというところで、教室の入り口から同級生にそう声をかけられた。
「なんか隣のクラスの子が、結愛に伝えてほしいって言ってた」
「……わかった、ありがとう。ごめん、私ちょっと抜けるね」
「うん」
片付けももう終わるから、綾乃たちに断って私は小走りで教室を出る。
怪我って、どうしたんだろう。大丈夫なのかな?
「――失礼します」
コンコン、とノックをして、保健室の扉を開ける。
中はシン――と静まり返っていた。
あれ……? 誰もいない?
おかしいなと感じつつも、一つだけベッドにカーテンが引いてあったから、ゆっくり近づいて声をかけてみる。
「クルト……?」
だけど、そこにも誰もいない。
「あれぇ……?」
軽い怪我で、もう手当てが終わって出ていったのかな。
そう思って引き返そうとしたら、ガチャ――と扉が開く音がした。
「……悠真、君」
入ってきたのは悠真だった。何か緊張したような、真剣な顔つきで私に視線を向けている。
「先生いないんだ」
「あ、うん。そうみたい」
「……っていうか、誰もいないんだね」
「うん……」
そういえば、あれ以来私は悠真と話していない。悠真から話しかけてこなくなったから、必然的に話すことがなくなった。
だからなんとなく私も緊張を覚えたけど、悠真は私を見てもまったく驚いた様子を見せなかった。まるで私がここにいるのを知っていたかのようだ。
「……」
壁際にいる私はなんだか嫌な空気を感じ取る。だけどそのとき、追い打ちをかけるみたいに悠真の後ろ手に、カチャリと鍵のかかる音がした。
「え……? 悠真君?」
「……結愛ちゃん」
なに、このシチュエーション。
私、もしかしてまた信じちゃいけない言葉を信じた……?
――私、ピンチ?
私の騎士様は、一体どこに行ったのよ。




