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24.これだけは言っておく

 さすがに言い逃れできない。


 こんな時間に、先ほど帰ったはずのクルトがベッドで私に覆い被さっている。


 この状況を、一体どう説明すればいいのだろうか?


「何時だと思ってるんだ。というかお前、どこから入ってきた」

「あ、あのね、お兄ちゃん……、彼は――」

「結愛に聞いてるんじゃない」

「……」


 すごく怒ってる。

 腕を組んでムスっとした兄は、ドアの前でクルトを睨みつけていた。


 そりゃあそうよね、よくも知らない男がこんな時間にベッドで高校生の妹を押し倒していたんだから……。


 兄は歳の離れた私を両親の代わりにとても可愛がってくれていた。

 私だってそんな兄のことは誰よりも大好き。


 だから困っているのだ。

 兄の気持ちもわかるから……事実を言えないこの状況に、どうすればいいのかと頭を悩ませているのだ。


「お前、結愛とはどういう関係だ。結愛はまだ高校生なんだぞ? それも誕生日を迎えていないから十七歳だ。見たところ、お前はもう成人だろう? 自分のしていることをわかっているのか」

「どういう関係……」


 私の上から身を引き、立ち上がって兄に向き合うクルトは、この非常にまずい状況を理解しているだろうか。

 余計なことを言ってしまわないだろうか。


「場合によっては警察を呼んだっていいんだぞ」

「待って、お兄ちゃん! 違うの、クルトは……彼には、帰る場所がないの!!」


 私ほどは危機感のないクルトを横目に身体を起こし、思わず口を開いてしまった。


「……帰る場所がない? 家出ということか? まぁ、もう子供ではないから、ホームレスだな」

「……」


 ホームレスか……。クルトがそう思われるのは嫌だし、彼にはとてつもない事情があるのだけど……。そんなことを言ったって信じてくれるはずがないから、ここはそういうことにしたほうがいいのかな……。


「そう――」

「ユア」


 兄は私に負けないくらい、困っている人を放っておけない人だ。

 だから、クルトが困っているのを知れば、ここに住むことを許してくれるかもしれない。


 そう思って頷こうとした私の前に、クルトが出た。


「俺は本当のことを言いたい」

「……え、でも」

「この人はユアの兄上だろう? 俺は、恩人の兄に嘘をついてまでここにいたいとは思わない」

「……クルト」


 確かにもう、こうなったらどっちみち道はないのかもしれない。

 クルトには戸籍がないのだから、ホームレスだと言ったって、突っ込まれればそれ以上何も答えることはできないのだ。


 だったらもう、本当のことを言ってわかってもらうしかない――。


 ……本当の、ことを。


「わかった」


 クルトのまっすぐな視線に頷くと、それを黙って聞いていた兄に向き直り、クルトは口を開いた。


「まず、自己紹介が遅れてしまったことを謝罪する。俺の名前はクルト・トレース。カトラスク王国というところから来た」

「……カトラスク王国? そんな国は聞いたことがないが……」

「どうやら俺は異世界から来たらしい」


 迷いなく、ゆっくり事情を説明するクルトは、言っていることはやっぱりヤバいけど、その瞳は真剣そのものだった。


「……は、異世界?」

「そうだ。神社で倒れていたところを、彼女に助けられた。他の者は誰一人として俺に親切にしてくれる者はいなかったが、彼女だけは違った」


 クルトの話を聞きながら、兄がなんと言うのか、緊張で心臓がバクバクと大きく鳴り、とてもそんな兄の目を見ることはできなかった。


〝異世界からやってきた〟


 実に簡単な説明だったと思う。

 小学生にもわかりそうだけど、大人にはわからないような言葉。


 だけど、もしクルトが警察に連れていかれでもしたら……どうしよう。


「……まさか結愛は、それを信じたのか?」

「うん」

「お前、漫画や小説の見すぎだぞ」

「っ本当なのっ!!」

「……」


 呆れたような兄の声に、私は思わずそう叫んでいた。


「私も最初は信じてなかったかもしれない! でもね、クルトと二ヶ月一緒に暮らしてわかったの! 彼は嘘をついていないって!」

「へぇ……、二ヶ月も一緒に暮らしていたのか」

「あ……っ」


 言ってから、しまったと思った。

 これでは私は父か母のところへ連れて行かれてしまう……。


「異世界から来たって、どうやって? 俺も行けるのか? お前は向こうの世界で死んで生まれ変わったのか? ここへ来た目的はなんだ。誰かの暗殺のために送り込まれたとか?」

「もう、お兄ちゃんこそ映画の見すぎ!」


 冗談交じりに話しているところを見ると、頭ごなしに怒っているわけではないようだけれど、やっぱり信じてはいないし、バカにされているのは確かだ。


「とにかく、クルトは嘘なんてついてない。私も、今は嘘をついていません!」


 どうフォローすればいいかもわからずに、もう開き直って兄の目を見つめた。

 怖いくらいまっすぐな視線が返ってくるけれど、私も逸らさずに見つめ返す。


「兄上が心配されるのは当然だ。しかし、俺は自分の世界に帰るその日まで、俺を助けてくれたユアに恩返しがしたいと思っている。今はただ衣食住を与えられているだけだが、どんなことからも彼女を守ってみせると、この胸に誓っている」

「……」


 そう言って、クルトは右手を左胸に当てた。

 その所作は本当に美しくて、洗練された騎士そのものだった。


「そうか……わかった」

「お兄ちゃんお願い! クルトを追い出さないであげて! 彼には私も助けてもらったの、恩人でもあるの! だから――って、え?」


 わかった? 今、わかったって言った?


「……まあ、そういうことなら、置いてやってもいいか」

「えっ、いいの?」


 昔から、頭の堅い父や母に代わって、私の味方をしてくれたのは兄だった。

 友達と離れたくないと言った私がこの家に一人残ることができたのも、兄が二人を説得してくれたからだった。


 だから今回もどうかわかってください……! そう願ったけれど、まさか本当にそうなるとは思わなかったから願ったわけで。


「異世界から来たなんて小説みたいな話、信じがたいが。だが路頭に迷って飢え死にされても困るしな。結愛がそこまで言うのなら、とりあえずはここにいてもいい」

「ほ、本当に……? お母さんやお父さんに言わない……?」

「言えば間違いなくお前はどちらかに連れて行かれるだろうな」

「うん、それは嫌!」

「だったら仕方ないだろう? 反対してこっそり同じ部屋で寝られるくらいなら、下の客室を貸してやれ……まぁ、もう既にそこを使っていたようだが」

「ありがとう……!」


 ああ、やっぱり既に見られていたか……。兄の目を盗んでクルトの服は隠そうと思っていたけど、全然間に合わなかった。


「ありがとう。さすがユアの兄上。目を見たときから俺はわかってもらえると信じていた」

「調子のいい男だな……。だがこれだけは言っておく」

「?」


 再び視線を交えるクルトと兄に、緊張感のようなものを感じた。


「結愛に手を出してみろ。その身体メスで切り刻んで二度と自分の国に戻れないようにしてやる」

「あ、ああ……、わかった」

「……」


 この兄も、本気だ。

 騎士相手に負けじと瞳を光らせて、きつく釘を刺しておくのだから、結構なシスコン。


「……」


 だけどとりあえずクルトを受け入れてもらえて、私は心の底から安堵した。



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