22.愛しい背中よ、また明日
「――へぇ、お友達ねぇ?」
「……はい」
それはあまりに突然だった。
医療技術を学ぶため、アメリカに留学中だった兄・琉生がなんの連絡もなく帰ってきた。
それも最悪なタイミングで。
「しかしいくらただの友達だとしても、こんな時間まで誰もいない女性の家に上がり込んでいるのはどうかと思うけど?」
私たちは今、キスしそうな雰囲気だったのだ。
兄の言っていることもよくわかる……。
だけど、〝こんな時間まで〟どころかここに住んでいるなんて知られたら……どうなるか。
「兄上殿、実は――」
「実は、この映画どーーーしてもクルトも観たくて! でも一本しか残ってなかったから一緒に観ようって、私が誘ったの! でも確かにこんな時間に観るのはよくなかったかも! クルトはもう帰るから大丈夫、心配かけてごめんねー?」
クルトが余計なことを言う前に慌てて大きな声を出したのは、彼が正直にここに住んでいると言ってしまわないように。
もちろん異世界から来たなんてバカ正直に言われた日には……。
私の言葉を聞いて顔をしかめたクルトだけど、必要以上に笑顔を作る私の態度に、なんとか彼も話を合わせてくれるように口を閉じた。
「そうか、もう帰るところか」
「うん! それじゃあクルト、また今度!!」
「は?」
今はとにかくこの家からクルトを追い出すしかない!!
そう思って立ち上がり、彼の背中を押すようにして玄関まで連れて行き、半ば強引に外へ追いやった。
「ユア、待て、俺はどうすれば――」
「じゃあまたねー!」
笑顔でクルトに手を振って、玄関の扉を閉めたらもう一度リビングへ戻って兄と対面する。
「よかったのか? 映画の途中で帰して」
「あ、いいのいいの! せっかくお兄ちゃんが帰ってきたんだし! それより本当にビックリした! いきなり帰ってくるんだもん、連絡くらいくれたらよかったのに!」
「あぁ、結愛を驚かせてやろうと思ってな」
「すっごく驚いたよ!」
……本当、心臓が飛び出すかと思ったくらい、ビックリした。
「あ、そうだ! せっかくお兄ちゃんが一時帰国してるんだから、何か美味しいもの作るね! ちょっと買い物行ってくる!」
「あ、結愛……」
未だに頭が混乱していた私は、とりあえずお財布を手に家を飛び出した。
クルト……、どこ行ったかな。
いきなり追い出したから怒ってるよね……。
まだ心臓がバクバク言っているのは、きっと急に帰ってきた兄に驚いたせい……。
「……」
もし兄が帰ってこなかったら、私たちはあのままキスしていたのだろうか。
拒まなかった自分にもすごく驚いているし、動揺もしている。
クルトはどういうつもりだったのだろう……。
「あ、いた」
「ユア……!」
まず始めに向かったのは、最初に彼を見つけた近所のあの神社。彼はそこにいてくれた。
「ごめんごめん、いきなりで驚いたでしょ」
「当たり前だ! 帰ると言われても、俺は帰れないんだ! どういうことかちゃんと説明してくれ!」
「うん、だからね、あの人は私のお兄ちゃんで……」
神社の石段に並んで腰掛け、一から彼に説明を始める。
「もう三年近くアメリカ……えっと外国に留学して医学の勉強をしているの」
「ほう、それは立派な兄上だ」
「うん、それでたまにお休みをもらって一時帰国するんだけど……なんの連絡もなく帰ってきたのは初めてだから、私も驚いてる」
「……それで、その兄上にあんなところを見られた動揺で、俺を追い出したのか?」
おとなしく聞いてくれていたクルトに胸を撫で下ろすけど、彼が放った言葉に私の鼓動は再びうるさく脈を刻み始めた。
「違うよ、そうじゃなくて……! まぁ、それもあるけど……、とにかく私一人の家に男の人を泊めてたのが知られたら、怒ってどうなるかわからなかったから……!」
力を入れて理由を話せば、クルトは横目で私を見て、また口を開いた。
「どうなると言われてもな……事実なんだし、嘘をつく必要はないだろう?」
「ダメだったら! もしバレたら絶対親にも言いつけて、私連れて行かれちゃう! それにクルトだってもう、あの家にはいられなくなるんだよ!?」
「……」
叫ぶにも近いくらいの声で必死に説明して、ハッとした。
私一人で、何をこんなにムキになっているんだろ……。
「……そうか、確かにそれは困るな」
「そうでしょう? そしたら私、学校だって遠くなっちゃうし、茶太郎やおはぎとおもちを連れて行けるかもわからないし……」
付け足した言い訳みたいな台詞は、虚しく宙を漂うように着地点を見失った。
「と、とにかく、きっと二、三日で帰ると思うから、それまで辛抱して!」
「辛抱って……」
「お弁当は持ってきてあげるから! それじゃあ、お兄ちゃんに怪しまれるから、私はそろそろ行くね!」
「ユア、俺はどこで辛抱すればいいんだ……! せめて剣だけでも取りに……!」
クルトが何やら言っていたけど、剣は絶対必要ないし、最初の数日もなんとか生き延びていたのだから大丈夫でしょう! と、自分に言い聞かせて駆け足でスーパーへ向かった。
クルトは騎士だから、丈夫だしね!
――思えばこれが私たちに起こった、最初の壁だったのかもしれない。




