02.完璧なコスプレですね
私、時岡結愛は春園大学付属高校に通う三年生。誕生日がまだ来ていないから、十七歳。
この一軒家で一人暮らしをしている。
両親は昔から忙しい人で、運動会や授業参観にはろくに顔を出さなかったし、私は母親の手料理を食べた記憶があまりない。よくお金と一緒に出前を取れというメモが置いてあったけど、兄が家にいた頃は兄が何か作ってくれたりもしたし、今では私もすっかり料理が得意になった。
そんな私は幼い頃から捨てられている犬や猫を放っておけなかった。
拾っては家に連れて帰り、飼ったり貰い手を探したりしていた。
だからうちには今でも犬が一匹と猫が二匹、仲良く暮らしている。
けれど、これ以上生き物を拾ってもよかったのだろうか?
それもこんなに大きな、人間の男性を――。
「どれも本当に美味かった!」
「そう、よかった……」
神社に倒れていた見知らぬ男性。
彼を自宅へ上げ、私はいつものようにキッチンでご飯を作った。
知らない男を家に上げるなんて、よく考えたら危険なことをしたと思う。
いくら酔っ払いを追い払ってくれたとはいえ、普段ならこんなことはしなかった。
でもなぜか、この人は悪い人じゃない気がした。
根拠なんてないし私は超能力者でもないから、もし悪い人だったら終わりだけどね。
中一のときに拾った茶太郎は、番犬としてとても優秀。
悪意のある人間には決して懐かないし、吠える。
そんな茶太郎が彼には吠えなかったから、本当にただお腹を空かせていたかわいそうな人なのかもしれない。
昨日買っておいたお魚を焼いて、昨夜から味を染みさせておいた肉じゃがを火にかけ、豆腐とわかめの味噌汁を作った。
お米は多めに三合炊いたのに、私は一膳しか食べないうちに全部この男に完食されてしまった。
やはり相当お腹が空いていたのだろう彼の食べっぷりには驚いたけど、それよりもどこの家庭でも出るような簡単な和食に、まるで初めて食べる料理を前にしたかのような反応を示したことに私のほうが困惑した。
白米ですら「これはなんだ?」と聞いてきたのだ。日本に住んでいて、それはないよね。
そう思ったけど、彼は箸も使えなかった。だからフォークを貸してあげたけど、肉じゃがをフォークで食べる人は初めて見た。
それに玄関でも、靴を履いたまま家の中に上がろうとしたのを慌てて止めてスリッパに履き変えさせたら、なんとも不思議そうにしていた。
コスプレのキャラになりきっているのか、何かとんでもない事情があるのか……。
それでも食べる顔が本当に嬉しそうで美味しそうだったから、嫌な気どころか私まで嬉しくなってしまった。
変な人だけど、やっぱり悪い人ではなさそう。
「自己紹介が遅れてしまったが、俺はクルト・トレース。カトラスク王国で騎士をしている。君は?」
「…………あ、私は結愛です……」
食事が済むと、男は改まったように背筋を正して私に向き直った。
それにしても、カトラスク王国って。クルト・トレースって……。何人よ。あ、カトラスク人か。って、なんのキャラ?
そんな真面目な顔をして、ここまでしてもらっておきながら本名も名乗らないなんて、失礼ね。それとも笑うとこ? ツッコミ待ち?
いや、もしかしたら外国人なのかな。日本人離れした顔出し……でも、流暢な日本語なのよね。
悩みながら、とりあえず私は下の名前だけ名乗ってみる。
「ユア、か。しかし本当に助かった。改めて礼を言う」
「……はぁ」
あくまで真剣な表情で、男――クルトは頭を下げた。
うーん。これは付き合ってあげたほうがいいのかな? 色々ツッコミたいけど、聞いていいのだろうか。
警戒したまま相槌を打つと、彼は思い悩んだように凛々しい眉を寄せて話し始めた。
「……実は俺は、カトラスク王国にいたはずなのだが……突然この国に来てしまったんだ。ここは一体どこだろうか?」
「え?」
彼の口から出た言葉に、私は素っ頓狂な声を上げる。
突然この国に来た?
その設定、まだ続いてるの?
付き合ってあげないとダメ?
「神殿にて祈りを捧げていたところ、目を開けたらあの場所にいたんだ。転移魔法か何かにかかってしまったのかと思ったが、こちらからは戻れないようだ。どうやら言葉は通じるが、明らかに俺がいた国とは異なる。初めて見るものばかりで頭が痛い……一体ここはどこなんだ?」
「……」
んーと……これはいわゆる中二病というやつだろうか?
となると、どこまで本気で言っているのだろうか。
「……それは大変でしたね。でも元気になってよかったです。それでは、気をつけてお帰りくださいね」
やっぱり、これ以上関わるのは止そう。
そう思って苦笑いを浮かべ、適当にあしらって帰ってもらおうと席を立ち、彼のことを玄関へ促す。
「ありがとう。やはり君は優しい女性のようだ。この国の者は俺が道を尋ねても、皆逃げるように目を逸らして行ってしまったんだ……。おかげで俺は丸二日この辺りを彷徨い、あの場所に戻ってきたところで力尽き――君が現れた」
「……」
伏せていた視線をパッと上げ、私をまっすぐに見つめた瞳と目が合う。
その途端、ドキリと小さく胸が跳ねた。
だって、すごく変な人だけど、見た目だけは完璧なんだもん。
背も高くて身体もがっしりしている。
そこら辺のアイドルや俳優さんなんかより全然かっこよくて、綺麗な髪と瞳の色。
まるで嘘をついているようには見えない表情。
キャラ設定が完璧だ。ここまでやられると感心すらしてしまうけど……その瞳がやっぱりカラコンにしては自然すぎて、ふと疑問を抱き、じっと見つめてみた。
「……?」
「なんだ、そんなに見つめて」
クルトはほんのりと頰を赤く染めて、照れたような表情を見せた。その顔も、様になっている。
その服もコスプレにしては彼に馴染みすぎている。剣だって、まるで本物みたいに重そうだし、使い古された演出までされている。
レイヤーさん事情には詳しくないけど、こういうものってもっと小綺麗なイメージがある。
ものすごくリアリティを追求しているのかな……?
「それで、ここは一体どこなんだ?」
「えーっと……日本? ですけど」
それが答えでよかったのか悩みつつ、半分冗談で答えてみた。
街の名前とかを言ったほうがよかった?
さすがにその世界観には乗ってあげられないけど。
「……ニホン? それはどこだ」
「えっ?」
けれど、クルトがあまりにも真面目な顔で聞き返してきたから、私は思わず頰を引き攣らせた。