14.危険信号、その2
「――クルト、茶太郎の散歩に行くけど、一緒に行く?」
「もちろんだ」
食事を済ませて少し落ち着いたら、茶太郎にリードをつけてお散歩の準備をした。
夜の散歩にはクルトも必ずついてくる。
やっぱり剣を持って行こうとするから、間髪入れずに「必要ない!」と声を張るのはもうお約束になりつつある。
そのままいつもの散歩コースを回って、公園に立ち寄った。
リードを離した茶太郎と、クルトは一緒になって走り回ってくれるから正直少し助かる。
まったく疲れた様子を見せずに、楽しそうにボールを投げて遊んでいる。さすが騎士様。きっと体力がありあまっているんでしょうね。
他人、特に大人の男性にあまり懐かない茶太郎も、珍しくクルトにはよく懐いているのは、本当に不思議。
それから茶太郎が満足するまで遊んで帰宅すると、郵便受けに手紙が差し込まれていることに気づいた。
こんなの、さっきはなかったよね? こんな時間に配達されたとは思えないけど……。
不審に思いながらも手に取ってみると、差出人も宛先も書かれていなかった。
つまり、直接届けられたということ?
嫌な予感に心臓がドクンと脈打ち、茶太郎のリードを持っているクルトが先に家の中に入っていくのを見送ってから、私はその場で封を切った。
「なに、これ……」
中からは、写真が出てきた。
震える手でその写真を取り出すと、そこには制服や学校のジャージを着た私が写っていた。下校中やバイト中のものもある。
「やだ……っ、隠し撮り?」
最後の写真にはクルトが写っていて、彼の顔のところにたばこを押し当てたような焦げた跡がついていた。
そして更に一枚だけ入っていた白い紙には一面に『この男と別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ――』
という文字が書き殴られていた。
手が震える。心臓がおかしくなってしまったみたいにバクバクと鳴っていて、呼吸もうまくできず、足が固まってしまったように動かなくなる。
「ユア? どうした、入らないのか」
「あっ……うん、今行く……」
いつまでも中に入らない私に気がついたクルトに呼ばれて、身体が不自然なほど跳ね上がる。だけどおかげでようやく動いた身体を家の中に進めて、手紙と写真を後ろ手に隠した。
気持ち悪い……。
撮られているなんて全然気がつかなかったし、家もバイト先も知られているということだ。
これはちょっと、ただ事ではないかもしれない……。
*
「ユア、次風呂いいぞ」
「……」
「……ユア?」
「あ、ごめん、何?」
クルトがお風呂に入っている間に先ほどの手紙はゴミ箱に捨てて、一人でソファに座って考え事をしていた。そうしたら、お風呂から上がっていたらしいクルトに声をかけられて、ハッとする。
「風呂、いいぞ」
「ああ、うん。わかった」
「どうかしたのか?」
Tシャツ姿で肩にタオルをかけているクルトは、私の様子がいつもと違うことを目ざとく察して近づいてきた。
「ううん――」
〝なんでもない〟
そう言おうとして開いた口を一度閉じて、クルトを見上げる。
「ん?」
「……やっぱり今度から、バイトで遅くなる日はクルトに迎えに来てもらおうかな」
「おお、そうか! いいぞ、いつでも行ってやる!」
「ありがと。じゃあ一度行き方を教えるから、今度の休みに一回行こう」
「ユアは確か、カフェで働いているのだったな」
「うん、そうだよ」
「では、デートだな?」
「えっ、なんでそうなるの!?」
「男女がカフェでお茶を飲むのは、デートだ!」
「……ああ、そう」
一瞬ドキッとしたのに、クルトがあまりにカラカラ笑いながら言うものだから、全然色気を感じない。
でも、クルトの笑っている顔を見ると、少し落ち着いてきた。
クルトがいてくれて、よかった。
もし私一人だったら、怖くて耐えられなかったかもしれない。
「……クルト」
「ん?」
「ありがとう、ここにいてくれて」
「え――?」
取り戻した笑顔でそう言って、私もお風呂に入ってこようと浴室へ向かった。