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13.クルトの学習

「ただいまー」


 その日はバイトがなかったから放課後はみんなで遊びに行って、すっかり夜になってから家に帰った。


「今日は仕事がなかったはずだが……遅かったんだな」

「うん、学校の友達と遊んでたら遅くなっちゃった! ごめんね、お腹空いたでしょう?」


 リビングでテレビを見ていたのであろうクルトは、私の帰宅を待っていたかのように立ち上がって茶太郎と一緒に歩み寄ってきた。


「すぐご飯に……え、何これ! クルトが作ったの?」

「ああ。ユアのように上手くはできなかったが、俺も討伐に出た際は食事を自分たちで作っていたからな」


 ダイニングテーブルの上に用意されていたのは、鍋に入った煮込み料理。


「すごい! ありがとう、待たせてごめんね。食べよ食べよ!」


 外食以外で、誰かが作ってくれた料理を食べるのは久しぶりだ。


 それに、これは異世界の料理ってことだよね?

 まぁ、調味料と食材はうちにあったものだろうけど。

 

「……」

「……なぁに?」


 うきうきでテーブルに駆け寄る私を、クルトは黙ったまま何か言いたげに見つめてくる。

 ハッとしてスカートの裾に目をやってみたけど、クルトは「違う」と言うように首を横に振って口を開いた。


「ユア、いつもありがとう。俺はユアのおかげで生きていられる」

「え?」


 なに、突然。大袈裟なんだけど。


 ほんのりと頰を赤らめながらも真剣な表情でまっすぐに私の目を見つめて、一歩近づいてくるクルトにドキドキと鼓動が高なる。


「俺にはユアしかいない」

「うん……」

「ユアにも俺がいる」

「……うん?」

「それからユアは……か、可愛い」

「…………」


 え、何? いきなり……。どうしたの?


 少し恥ずかしそうにしながらも、真剣にそう口にする彼に、まるで口説かれているような錯覚を覚える。


 こんなかっこいい人にそんなことを言われると、さすがに少しだけドキドキしてしまう。

 異世界から来た変な騎士(笑)じゃなかったら、私もときめいていたと思う。


「……クルト」

「あと、……えーっと」


 ん……?

 愛の告白でもされるのかと緊張したけれど、クルトは突然言葉を詰まらせた。なんだか様子がおかしい。

 そして「それからなんだったか……」と呟いて何かを考えているクルトは、告白の台詞を思い出そうとしているのとは何かが違った。


「ねぇ、クルト……急にどうしたの?」

「……いや、女性はこのような言葉を伝えられるのが嬉しいのだろう?」

「はい?」

「ユアに言われた通り、俺もしっかりと勉強した。だが、まだすべての言葉は覚えていないんだ。言われて嬉しい言葉第一位は、なんだったか……」

「……」


 ぶつぶつと何か言いながら、昨日渡した女性誌を広げたクルトの手元を覗き込むと、そこには〝女性が言われて嬉しい言葉ランキング〟なるものが書かれていた。


「ああ、そうだ。ユアはいつも頑張っていて偉いな。だがあまり無理はするなよ? 辛かったらいつでも俺を頼ってくれ」

「……はあ」


 台詞を読み上げるようにどや顔で言われても、残念ながらときめかないって、誰か教えてあげて。


「それから、あれだな」

「?」


 雑誌を読んで勉強しろと言ったのは私だし、なんて言えばいいか悩んでいると、今度は得意気に私の肩を掴んでくるりと後ろを向かされ、そのままぎゅっと抱きしめられた。


「……なっ!?」


 バッグハグ!?

 そこまで思い切り身体が密着しているわけではないけれど、突然の行動に私の心臓は大きく脈打った。


「どうだ、ユア」

「…………!!」


 そして、耳元でクルトの声が聞こえ、身体が震える。


 どうせこれも女性がときめくシチュエーションランキングとかを読んでやっているだけなのだろうけど、二人きりの家でクルトにこんなことをされたら、さすがにまずい。


「……ユア?」

「…………ちょ、ちょっと待って……!!!」


 後ろから顔を覗き込まれたところで、彼の腕を解いて慌てて離れる。

 やっぱり簡単に離れることができた。


「……何か間違えたか?」

「そうじゃないけど……!! 違くて、こういうことは……その、誰にでもやっていいものじゃなくて……!」


 熱が集まる顔を俯けてなんとか説明しようと言葉を紡ぐ。


「そうなのか? しかし、この国の女性はこういうことがされたいのだと、ここに書いて――」

「そうだけど、そうじゃないって言うか……! そもそもクルトは、私をときめかせたかったの!?」

「……」


 言われてみれば……という顔で眉を寄せるクルトに、内心少しだけ落ち込む。


 って、違う違う!


「こういうことは、恋人同士がやるのよ!!」

「恋人同士が……そうか、そうだよな。いや、俺もおかしいとは思ったんだ。だが、この国の女性は平気で脚を出して歩いているし……そういうマナーなのかと……」

「……」


 理解した途端、クルトの顔もみるみる赤くなっていく。

 気まずそうに目を逸らし、口元を手で覆う仕草は、それはそれで何かドキドキするものがある。


 まぁ確かに、この世界の服装は彼がいた世界の常識から離れたものみたいだから、基準がわからなかったのも仕方がないとは思うけど。


 私の言葉に、ようやく自分がとんでもないことをしたと理解したらしい。


「別にいいけどね、相手が私だったからよかったけど……。知らない人には絶対やっちゃダメだよ?」

「ああ、わかった。捕まってしまうんだったな……」

「いや……クルトがやるともっと面倒なことになりそう……」

「ん? なんだ?」

「なんでもない」


 恥ずかしそうに頭をかきながら、クルトは「難しいな……」と呟いた。

 彼には今度、恋愛小説を読ませようと思う。あと、恋愛ドラマも推奨する。


「まぁいいや……とにかく食べよ」


 クルトが作ってくれた料理が冷めちゃう。

 まだドキドキとうるさい心臓を抑えるように小さく息を吐き、クルトから目を逸らして席に着く。


「それはそうと……、ユア」

「……なぁに?」


 だけど、クルトはまだ何か言いたげにこっちを見ている。

 今度は何を言い出すのかと警戒して彼と視線を合わせると、クルトは先ほどとは違う真面目な顔を見せて言った。


「若い女性がこんな時間に一人で帰ってくるのはやはり危険だと思うんだ」

「ああ……そのことか。大丈夫だよ。この世界には魔物なんていないから。今までだって何もなかったし」

「しかしだなぁ」


 私がバイトで帰りが遅い日も、クルトは心配してくれている。

 迎えに行くとも言われたけど、まだ彼を一人で外出させるほうが不安だったので、断ったのだ。


「そもそもユアは学校に通いながら仕事もしているというのに、俺は何もせずただ食べさせてもらっているというのがな……」

「こうやってご飯作って待っててくれたら助かるよ。あと、お掃除とかもお願いしようかな。ああ、でもクルトは騎士だから、私の護衛をしたいって言うんでしょ? その気持ちはありがたく受け取っておくけど、本当に大丈夫だから」


 騎士とは律儀な生き物らしい。

 クルトは貴族らしいから、家事なんて自分ではしなかっただろう。まぁ、異世界の貴族様がどの程度偉かったのかは知らないけど。


 それでもされて当然という態度は取らず、私にお礼がしたいと願いでてくれる。

 だけど私は、別に何かしてほしいことはない。

 クルトはこう見えて結構優しいところがある。

 彼は優しいつもりはないみたいだけど、私の周りにはいないタイプの男性だ。


 ……まぁ、当然と言えば当然だけど。


 とにかくクルトも座らせて、彼が作ってくれた料理をいただいた。

 正直味は物足りなさを感じたけれど、人に作ってもらうご飯ってどうしてこんなに美味しく感じるんだろう。


「……そんなに美味いか? やはりユアが作ったほうが百倍美味いな」

「うん、それはそうかもだけど、でもこれはこれで美味しいよ。それに、すっごく嬉しかった!」

「……」


 正直にそんな思いを伝えると、クルトは黙り込んで視線を下げた。


 照れてるのかな?

 やっぱりクルト、可愛いところもあるのね。



 そんなことを感じた、夜だった。



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