11.今度紹介してね!
昨日クルトに置いてきた保健の教科書と女性雑誌。
彼にはそれを読んでこの国においての性教育と考え方を知ってもらおうと思った。
教科書ではお堅いながらもきちんとした知識が学べるはずだし……まぁ、いい大人だろうからそういう知識はさすがにあるかもだけど。
あの雑誌のあの号には、教科書では教えてくれないような、ためになる女性の体験談や女の気持ちみたいなことが書いてあった。
あっちの世界ではどうだったかなんて知らないけど、とりあえず彼は彼なりに若いのだから、この世界の知識を身につけてもらわなくては。
……っていうかクルトって、何歳なんだろう。
私より歳上だよね? 大人っぽく見えるけど、異世界人だからかな? 成人してるよね?
クルトの世界の成人が何歳からなのかは知らないけど、騎士をやっていたのだし、きっと自立していたのよね。
実は結婚してたりして?
「……まさか」
いや、あり得るか。クルトはかっこいいし、伯爵家の次男とか言ってたっけ? 貴族は結婚早そうだし……知らないけど。
とにかく見た目は大人だし、捕まったら大変。
でもそういうことを深く考えていけば、女性向けではなく男性誌を読ませるべきなのかもしれない。
こういうことって、年齢を重ねていくうちになんとなく覚えていくのよね。クルトの世界ではどうだったんだろ……。
「……まぁ、いいか。とりあえず今は」
「何がいいの?」
「わっ、綾乃!」
知らぬ間に口から出ていた心の声は、どうやら幼馴染に聞かれていたようだ。
「別に、なんでもないの、こっちの話だから……」
「ふぅん。それより次体育だよ、早く行こ!」
「うん」
綾乃は茶色く染まったふわふわの髪をゴムで一本にまとめながらそう言った。
いつのまにか数学の授業は終わっていて、次の体育のために教室から生徒が移動を始めていた。
「今日は外で陸上かー、嫌だな~」
「まぁまぁ、体育の後のお弁当は一段と美味しいから!」
ジャージに着替え、女子更衣室を出た私たちは体育館を通って玄関に向かっていた。
その途中――。
「結愛ちゃん」
体育館でバスケの授業をやるらしい男子生徒の一人に話しかけられて、歩みを止める。
「げ……」
「この間はごめんね。あのときのお兄さんって、結愛ちゃんの親戚でしょ。従兄とか」
「あのときのお兄さん?」
「あ……いや」
話しかけてきたのは、土曜日に街でばったり会ってしまった悠真だった。
そうだ。体育の授業は彼のクラスと合同だった。
「ねぇ、結愛。あのときのお兄さんって誰のこと?」
「結愛ちゃんと一緒に住んでるっていう人だよ。でもよく考えたら結愛ちゃんの親って仕事で家を空けてるんだよね? だから心配して親戚の人を寄越したんでしょ?」
「え! 結愛、男と住んでるの!?」
綾乃が大きな声を出したせいで、周りから視線が集まった。
「あ~、うん、そう。あれ従兄! でも気にしてないから大丈夫! それじゃ」
面倒は御免。だから悠真のことはさっさとあしらって、私はまた早足に歩みを進めようとした。
「ねぇ待ってよ。この間、俺すげー失礼なこと言っちゃったから、あのお兄さんに謝りたいんだけど、今日結愛ちゃん家行ってもいい?」
「は?」
ダメに決まってるじゃん。
再び呼び止められてとんでもないことを言われたから、仕方なく足を止めて言葉を返す。
「本当に気にしてないから大丈夫」
「俺が気にしてるんだって! ねぇ、いいでしょ?」
しつこい……。どうせなら、従兄じゃなくて彼氏って言えばよかったかな?
まぁそれはそれで面倒そうだけど……。
「おいそこ! 何してるんだ、もうすぐ授業始まるぞ!」
「はーい、藤堂先生! すぐ行きまーす!」
「あ、結愛ちゃん……!」
困っていたら、私のクラスの副担任である新任教師の藤堂先生が、立ち止まっていた私たちに気づいて声をかけてくれた。
悠真がそっちに気を取られた隙に駆け出す。
助かった……。藤堂先生、ありがとう!!
「ねぇねぇ、藤堂先生ってかっこいいよね、彼女いるのかな?」
「そう?」
「えー、かっこいいじゃん! 大人の男って感じだしぃ」
嬉しそうにそう語る綾乃の言葉に、ちらりと振り返ってみる。
体育教師の藤堂先生は、スラリとした高身長で、高校生の私たちから見たら大人。
だけど私のタイプではないんだよなぁ。
「結愛って理想高いよね」
「そんなことないよ……」
「悠真だって、顔はいいじゃん。確かに軽いけど、結愛には結構本気っぽいし」
「いや、あれは遊びでしょ」
確かに顔はいいけど、彼は本当に顔だけだと思う。
「でも結愛にはちょーイケメンのお兄さんがいるしね~。お兄さんと比べたら確かに劣るよね」
あははは、と楽しそうに人のことを勝手にしゃべっている綾乃は、メンクイだ。
「別に理想が高いわけじゃないんだけどな……」
「それより、一緒に住んでる従兄ってなに? 聞いてないんだけど」
綾乃とは家が近所で昔からの仲良し。だから兄とも会ったことがあるし、なんでも相談し合う関係。
綾乃は私よりも大人っぽくて、恋愛にも積極的。
「あ……うん、ついこの間からだから……」
「へぇ~、どんな人なの? 今度紹介してね!」
「え? あ、あ~……、んん……」
綾乃のその言葉には、曖昧に返しておいた。
ちょっと面倒なことになってきたかもしれない。
なんでも話し合う友達でも、さすがにクルトが異世界から来たなんて……。
言えない。
言えるわけがないのだった。