10.彼の常識
クルトがうちに居候するようになって、一週間が経った。
彼が日常使うものは揃えたし、部屋は一階の客室に布団を敷いて使わせてあげている。
最初こそ驚いて中の人と会話しようとしていたテレビにも今では興味津々で食いつき、流れてくる意味のわからない単語や物の名前をいちいち私に尋ねてくる。
前向きにこの世界のことを学ぼうとしている姿勢が感じられる。
こうしているのを見ると、彼は本当に異世界人みたいだ。
「しかし……」
「ん?」
夕食を食べ終えて食器をキッチンに下げていると、手伝いに来たクルトがじぃっと私に視線を向けながら口を開いたので、彼のほうを向いて首を傾げた。
「この国の女性はなぜそんなに短いスカートだけで歩いているんだ?」
「え……っ?」
遠慮のない視線が私の脚に注がれている。
スカートの丈が短いのも、素足で歩くのもみんなしていることだし、あまり気にしたことはなかった。
それに、こんなに露骨に見てくる人は、そういない。
「……」
「その……、実に綺麗だ……な……?」
頰をうっすらと赤らめながらも、口元に手を当ててその言葉で正解か、まるで窺うように言う彼の青銀色の瞳を見つめ返すけど、私とは目が合わない。
そのあまりに熱心な視線に、私の顔はかぁーっと熱くなっていく。
「……へっ」
「へ?」
「見ないでよ、変態!!!」
こんなに堂々と脚を見つめられたことなんてない私は、慌ててスカートの裾を押さえつつ、力の限り彼の頰を平手で叩いた。
「痛っ……!? 何をするんだ、ユア!!」
パチィン――という、冷たい音がキッチンに響き渡る。
「それはこっちのセリフ!! 信じられない、あなたの国ではそんなに堂々と女性の脚を見ても失礼にならないわけ!?」
「ならないわけないだろう!!」
頰を押さえながら、不意打ちで傾いたのであろう体勢を立て直し、負けじと言い返してきたクルトの言葉。
即答かい。思わず、ガクッと肩が落ちる。
「……っじゃあなんでそんなことするのよ! スケベ! 変態! 女の敵!」
スカートの裾をしっかり押さえながら、これでもかってくらい罵ってやった。
やっぱり男を同じ家に住まわせてあげるのは、危険かもしれない……!
「さっきから聞いていれば言いたい放題……! 俺はまだこの世界のことを理解できていないんだ! 社交界では女性の身なりを褒めるのが貴族の嗜みで……しかし君ももっと淑女としての嗜みを持ってだなぁ」
私が言葉を返す隙がないほど一気に言われ、一瞬圧倒されてしまう。
「な、何よ、それ……! 私が悪いって言うの!?」
「そう言ったわけではないが……」
何よ、バカクルト……!
目の下を赤く染めながらも偉そうに腕組みをしているクルト。左頰はもっと赤いけど。
「わかった……わかりました」
そんな態度を取るなら出ていって! と言いたいところだけど、このままただ追い出すのもなんだか悔しい。
だからバタバタと二階に駆け上がり、自室の引き出しを開け、奥に眠っていた中学生のときの教科書を数札、それから本棚に並べられた数ヵ月前の雑誌を手に取った。
パパッと捲って、あるページに付箋を貼り、それをまた抱えて再びクルトの前に舞い戻る。
「これ!」
「……なんだ」
バシィっとテーブルの上に置いたのは、保健の教科書と女性ファッション誌。
「これを読んで、よ~く勉強してください」
「だから、なんなんだ、これは」
「ここ、付箋の付いたページをよく読んで。……あ、今じゃなくて、明日私が学校に行ってる間に、よく読んで学んでください」
「……」
ありがたいことにクルトは言葉もわかるし字も読める。
それだけは本当に救いだったから、本もどんどん読ませようと思う。どうせ暇なんだし!
けれど何が不満なのか気に食わないのか、眉を寄せて教科書を睨みつけるクルトにもう一言追加。
「これはあなたのためなんだから。いい? この国にはかなり厳しく法律が定められています。いけないことをしたらすぐ捕まるの! たとえ女性の露出が多くても、露骨に見てはいけません! この世界で生きていくつもりなら、頑張って!」
スラスラと言葉を続ければ、クルトは更に顔をしかめながら「カトラスク王国に帰りたい……」と呟いて溜め息をついた。
「テレビも見ていいから、とにかくこの世界の常識を学んで! 私がいない間は絶対一人で外出しないように!」
「……」
「返事は?」
「……わかったよ」
不満げに返事をしてもう一度溜め息をついたクルトにちょっとイラッとしたけど、これ以上この話をするのは止めておくことにした。