01.変な男を拾いました
「あー、ムカつく」
「ったく、色目使ってんじゃねーよ」
「ほんとほんと」
とても褒められない言葉遣いで、キャハハと高い声を上げながら。
校門を出たところで私の背中に罵声を浴びせてきたのは、隣のクラスのギャルグループの子たち。
オシャレで、派手で、いつも何かと目立っているけど、性格はまったくよろしくない。
私がこうして彼女たちに目をつけられ、言われのない罵声を浴びせられるようになったのは、彼女たちのリーダー格である理沙の彼氏、悠真が最近私にちょっかいをかけてくるようになったから。
悠真は休み時間に理沙ではなく私のところにやってきたり、連絡先を聞かれて断ったのに、私のSNSのアカウントを見つけてメッセージを送ってきたりした。
彼はスラリとした長身で髪を明るく染めていて、オシャレな男子。顔も整ったいわゆるイケメンと言われる部類だけど、何せチャラい。
理沙に飽きたのかなんなのか知らないけど、しつこく私を誘ってくるようになったおかげで、なぜか私が悠真をたらしこんでいると理沙たちに文句を言われるようになってしまった。
迷惑だからやめてと悠真には何度も言ったのに、全然聞いてくれない。
他の女にちょっかい出したいなら、ちゃんと彼女と別れてからにしてほしい。
理沙だって、悠真に直接「やめて」って言えばいいのに。
嫌われるのが怖いのか、怒りの矛先は私に向けられている。
確かに顔だけはいいかもしれないけど、あんなチャラ男のどこがいいのか、私にはさっぱりわからない。
最初に面と向かって文句を言われたとき、理沙には私の思いはちゃんと伝えてある。
〝悠真のことはなんとも思っていない〟
〝連絡先は教えていないし、私から話しかけたことはない〟
〝正直、私も迷惑している〟
けれど、それがかえって気に食わなかったのか、理沙たちはこうして少し離れたところから罵声を浴びせてくるようになった。
まだ言い合いたいなら直接言ってくればいいのにとは思うけど、疲れるからとりあえず無視してバイト先に向かう。
家に帰っても、私は一人だ。
お金に困っているわけではないけれど、時間を潰すためにしているアルバイトは学校と家の間にあるカフェ。
私の両親は仕事で家を離れている。年の離れた兄が一人いるけど、彼も既に働いており、家にはしばらく帰ってきていない。
だから私は大きな一軒家で一人暮らしをしている。
*
「――あの……大丈夫ですか? 生きてますか?」
その日バイト帰りに近所の神社に寄ったのは、たまたまだった。
私は神社に寄るのが好きで、何か嫌なことや悩みがあるとよく家の近所にあるこの小さな神社に来ている。人が常駐していない、寂れた神社。
だけど静かで、参道を歩くだけでも落ち着いた気分になれるから好き。
今日も何気なくそこに寄ったのだけど、常夜灯に照らされた拝殿の前で大きな身体を仰向けに横たえさせ、〝大の字〟で倒れている男の人を見つけてしまった。
神社で行き倒れとか、笑えない。
死んではいないだろうかと、とりあえずしゃがんで声をかけてみる。
「……大丈夫ですか?」
「う……」
すると男は、微かにだけどピクリと指先を動かして声を発した。
「生きてるならしっかりしてください!」
「は……」
「なに?」
うっすらと開けられた瞳に、ただの酔っ払いでもなさそうだと感じて弱々しい声を聞き取るために耳を寄せる。
「腹が、減った……」
「え?」
〝ぐるるるるるぅ~〟
男の顔前に耳を傾けると、力ない声とは比べ物にならないほど大きな音が彼のお腹から鳴り響いた。
「何か、食べるものを……」
「……お腹、空いてるだけ?」
切れ長の瞳が私を捉えて、訴えかけられるように手が伸びてくる。
もしここで見捨てたら、明日には〝神社で餓死遺体発見!〟というニュースをテレビで見ることになるかもしれない。
「こんなものしかないけど……」
帰ったら食べようと思ってバイト先のカフェで買ってきたクリームドーナツと、コンビニで買ったペットボトルのアイスティー。
「食べ物……っ!!」
とりあえずそれを渡すと、彼は飢えた獣のように乱暴に袋を開けてドーナツにかぶりついた。
「甘いっ、なんだ、これは!?」
「……」
ほぼ一口で食べられてしまったのは私の拳よりも大きなドーナツ。
口の端にクリームをつけながら必死で飲み込もうとしている彼に、キャップをはずしてアイスティーを渡してあげる。
「……こっちも甘い」
文句みたいなことを言いながらも一気に飲み干し、少し元気になったように見える男の姿を、改めて見つめた。
なんかこの人、変な格好なんですけど……コスプレイヤーさん?
モノトーン調のその服は、まるで漫画やアニメで見るような騎士服。
腰に剣みたいなものまで帯びているから、きっとレイヤーさんね。
髪の毛は綺麗な銀色に染められている。どこの美容室で染めたんだろう……とても上手だ。それに、青銀色のカラコンもなんだか自然に馴染んでいる。どこか日本人離れした顔立ちで、よく見たらかなりのイケメン。
「ありがとう、お嬢さん。もう二日も何も食べていなかったんだ。危うく死ぬところだった」
「え……あ、いえ、生き返ってよかったですね。それじゃあ私はこれで」
でも、もしかしたら変な人かもしれない。
生き返ったこと(死んではいなかったけど)を確認して早々に帰ろうと、逃げるようにその場を離れた。
「あ……っ! 待ってくれ!」
男が背中越しで何か言っていたけど、ごめんなさい。これ以上は関われません……!
内心でそう呟いて足早に神社の敷居を出ると、ギャハハハハ――! という若い男の笑い声が耳についた。
「お前それ本当かよ!?」
「マジだって、やべーよなぁ……って、あれ? 女子高生がいるー」
「……!」
酔っ払い?
前から歩いてきていた陽気な男二人が、私に気づいて高い声を上げた。
「おねーさんどこ行くの? こんな時間に危ないから、俺らが送ってってあげる」
「大丈夫です……」
「ちょっと待てよ、やばい、このおねーさんすっげー可愛いんだけど!!」
「本当だ! JKやべぇ!!」
ギャハハハハ――!
「……」
平日の午後十時前。この辺は結構治安がいいのに、今日は色々とついてないなぁ……。
辺りに他に人気はないし、街灯があるとはいえもうすっかり暗くてちょっと怖い。
「本当に大丈夫ですので……」
「でも変な奴に絡まれたら危ないからさぁ」
変な奴に今、絡まれてます。
素直にそう言って逆上されても嫌だから、苦笑いを浮かべて通り過ぎようとしたら、「待ってよ」と言って男に腕を掴まれた。
「……やっ、離して……!」
「そんなでかい声出すなよ、俺らが悪いことしてるみたいじゃん」
「そーそー。俺らはただ善意で送ってってあげようと――あ」
「……?」
陽気にヘラヘラ笑っていた酔っ払い二人が、突然私の後ろを見て表情を曇らせた。
「な……なんだ、男と一緒なの?」
「早く言ってよ。じゃ、じゃあね~」
「……?」
そして次の瞬間にはパッと手を離し、あっさりと身を引いてそそくさと去っていく彼らに首を傾げ、振り返る。
「あ……」
そこには、何やら怖い顔をしたさっきの変な人。
「大丈夫か?」
「え……あ、はい」
鋭く男たちを睨みつけていたらしい表情を緩め、私の顔を窺ってくる。
……助けてくれたの?
「あの、ありがとうございました」
立ち上がっているところを見ると、背も高いしガタイもいい。
私のお兄ちゃんよりも大きそうだから、百八十センチ以上あると思う。
おまけにイケメンだし、さっきの表情は結構迫力があった。
格好のせいで、一瞬本物の騎士に見えてしまった。……本物の騎士なんて見たことないけど。
「頼む!」
「……はい?」
一睨みで酔っ払いを追い払ってくれたことに素直にお礼を言ったけど、彼が叫ぶように言った声に私の言葉は飲み込まれる。
「命を救ってくれた君を見込んで、どうか頼みたい。俺にもっと何か食べさせてくれないか!?」
「……えっとぉ」
右手を左胸に当て、この男は神社の前で神様ではなく、私に懇願している。
「……」
見ず知らずの男。しかも変な人っぽい。
きっとこれ以上関わるのはよくないんだろうけど……。
「じゃあ、夜ご飯うちで食べていきます?」
「本当か!?」
あまりにも真剣な表情で見てくるから、断れなかった。
それに、さっきドーナツを頰張っていたときの顔が再び頭に浮かんできてしまった。
どうやら彼は行き倒れてしまうくらいお腹が減っているらしい。
だから、私はそんな彼を家まで案内することにしたのだった。
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