第83話、久々のエメット家(2)
夕食が済むと、ペギーが部屋にやってきた。
「さあ、明日はお見合いの日ですからね。クリスティーナ様をぴかぴかしないとなりませんから、色々持ってきましたよ」
手には化粧水やら、香油やら、保湿油などを抱えている。
「そんなに塗るの?」
「ほら、言葉遣いに気をつけませんと。明日は注意してくださいよ」
ペギーが目を眇めて、クリスティーナを見る。
「わかってるよ。明日はあまり喋らないようにする」
長年体に染み付いた言葉遣いを直すのは難しい。明日はあまり言葉を発さないのが賢明だろう。
そもそも貴族の見合いはほとんど当人同士の会話はないに等しかった。食事をしながら、同席した家族の顔合わせであり、家同士の親交を深める場であるからだ。当人の意思は関係ない。見合いをした時点で、よっぽどのことがない限り、婚約・結婚はほぼ確定である。お開きになったところで、では次は結婚の日取りを決めましょうとなる。
「バイロン様が持ってきたお見合いですからね、きっと相手の男性も素晴らしい方に違いありませんよ」
ペギーが誇らしさと嬉しさを滲ませた声音で言う。
「そうだね」
クリスティーナは力なく微笑んだ。
「従者になったクリスティーナ様がこの先、どうなるのか、いつも気がかりでしたが、やっと、女性に戻れるんですね。この日をどんなに待ちわびたことでしょう。こんなにも突然、普通の貴族の令嬢として、幸せをつかめる日がやってくるとは思いませんでした。おめでとうございます」
涙ぐむペギーの背に、クリスティーナはそっと手をやる。
「ありがとう」
(幸せはあそこに置いてきてしまったけれど)
けれど、これほどまでに自分を思ってくれるペギーに心配をかけたくなくて、クリスティーナは心にもない言葉を吐いた。
「向こうでもしっかりやるから、心配しないで。明日、楽しみだな。優しい方だといいけど」
ペギーがクリスティーナの手を握る。
「もちろん、クリスティーナ様に相応しい方ですよ。クリスティーナ様はお美しく成長されましたもの。きっと向こうの方が一目惚れして、大事にしてくれるに違いありません」
「ふふ、ありがとう」
大袈裟なペギーの言葉に、クリスティーナは苦笑した。
「あら、わたしの言葉を信じてませんね」
「それより、明日の支度をするんだよね、早くしないと明日になっちゃうよ」
「そうですわね。――さあ、クリスティーナ様、お風呂場に行きましょう。そこで全身ぴかぴかに磨いてさしあげますからね」
鼻息荒いペギーに押され、クリスティーナはお風呂場でもペギーによる昔話や貴族の令嬢としての嗜みを聞かされ続けた。騒がしいペギーのおかげで、悲しかった心の痛みが少しだけ忘れることができたのだった。




