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第3話、自由な外へ

 クリスティーナは午後に来るという家庭教師を憂鬱に思いながら、部屋で過ごしていた。今でさえ、窮屈な思いをしているのに、これ以上淑女の嗜みを増やされることは、見えない壁に押しつぶされることと同じことのように思えてくる。それもこれも、まだ見ぬ、誰かもわからない将来の夫のためなのだ。あらかじめ決められたこの道の先が、幸せに満ちあふれていると信じられたら良い。だが、クリスティーナの将来の夫はどうしても、その道にいるとは思えなかった。

 何度目かの溜め息を吐いて、窓から空を見上げる。


(今頃、ザッカリーお兄様はこの青い空の下で、楽しんでいるだろうな)


 途端に強い欲求に駆られる。


(なんでわたしばかりが我慢しなくちゃいけないの)


 一度ついた燈火はあとからあとから、不満や憧れ、怒りや羨望という焚き木を追加され、大きな火の固まりとなった。

 ザッカリーのことをちょうど考えていたクリスティーナの頭に、まるで天啓のように落ちてくるものがあった。


(そうだ! たった一度で良い。自由に外に出てみよう)


 クリスティーナは立ち上がると、誰にも見つからないよう追い立てられる兎のように足音を消して、足早に兄の部屋に向かった。兄は都合よく外に出ているため、見咎められる心配はない。躊躇いもなく、扉を開けて忍び込む。

 薄暗い部屋の中でも衣裳箪笥はすぐにわかった。いつもより早い鼓動を感じて、引き出しを開ける。奥のほうに仕舞われた、白っぽいシャツを一枚取り出すと、今度は下の段を開ける。予想通り、ズボンが現れる。見えづらい奥にあったベージュ色のズボンを引っ張り出した。満足気にかかげ、クリスティーナはにんまりと笑った。

 これで出掛けられる。急いでモスリンのワンピースを脱いで、シャツとズボンを身につける。2つ上の兄の服はやはり10歳のクリスティーナにはぶかぶかだった。袖と裾を折り曲げ、なんとか体裁を整える。多少不格好なのには目をつむるしかない。

 次に兄の靴に履き替えると、明らかな大きさの違いに戸惑う。一歩も進めないうちに脱げてしまう。だからといってクリスティーナの靴に履き戻せば、不審さを買ってしまう。


「靴どうしよう」


 靴は流石に折り曲げて、小さくすることはできない。しかし、今更諦めるつもりはない。しばらく思い悩んでいると、引き出しの一角にしまわれたハンカチが目についた。


「ザッカリーお兄様、ごめんなさい」


 見えない兄に向かって呟くと、クリスティーナは数枚のハンカチを掴んで、靴のなかに押し込んだ。

 もしここにペギーがいたら、顔を真っ青にして、怒りで震えたことだろう。


「よし。大丈夫」


 クリスティーナは足を振って靴が脱げないことを確認すると、つま先で床を叩いた。

 最後に箪笥の横の帽子掛けの中から、適当な帽子を抜き取った。ザッカリーは帽子が嫌いだから、ひとつなくなっていても気付かないに違いない。肩先まである髪を束ねて、帽子のなかに引っ込めてかぶった。

 ちょうどその時、扉の向こうで玄関ベルが鳴り響いた。

 どうやら家庭教師が来たようだ。ペギーの応対する声が聴こえる。クリスティーナはワンピースと靴を急いで引っ掴むと、窓を開けて外にそっと足を踏み出した。

 窓をそっと閉め、耳を澄ませば、知らない女性の声とペギーの歓迎の挨拶が聞こえる。扉の閉まる音でそれらが聞こえなくなると、クリスティーナは庭の門扉に向かって走り出した。途中の茂みにワンピースと靴を押し込み、脇目もふらず、外に飛び出した。

 心臓は早鐘のように打っている。緊張と焦りと、何よりも自由を手に入れた達成感で、クリスティーナは興奮していた。束の間の一瞬であることはわかっていた。しかし、今この瞬間、どこに行くかは、クリスティーナが自分で自由に決めていいのだ。

 クリスティーナは青い空の下、走り出した。



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