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第2話、家庭教師

 翌朝、クリスティーナはいつものように寝台から起き上がると、寝衣から、用意されていたモスリンのワンピースに着替えた。柔らかな綿の素材で、10歳のクリスティーナでも簡単に着られる。

 この家では女中は女中頭のペギーを含めて、二人しかいない。母親が生前の折はあと二人、女中がいた。当時、ペギーは頭とつく使用人の身分に相応しく、女中たちを取り仕切っていたが、今はその冠が名ばかりで、却ってさみしいものとさせていた。使用人の数が減ると、おのずと自らでやることが増えるのは当然の成り行きで、クリスティーナは貴族の令嬢が使用人にやってもらうようなことも自分でするようになった。しかし、一般の貴族令嬢がどのようなものか、見たことも聞いたこともないクリスティーナには己の現状を特に不満に思うことはなかった。

 低い卓に置かれた、水盆で顔を洗うと、クリスティーナは朝食をとりに階下に向かった。

 食堂に入れば、給仕中のペギーがクリスティーナに目を向ける。

 

「おはようございます、クリスティーナ様。ご朝食の用意はもうできてますよ」


「おはよう」

 

 クリスティーナは席につくと、向かいの席を見て、首を傾げる。


「ザッカリーお兄様はもう朝食を食べられたの?」


 空いたお皿を片付けるペギーに質問を投げかければ、ペギーは素早く手を動かしながら、口を開く。


「ザッカリー様は今日は騎士団の公開試合を観にいかれるとかで、それはもう嬉しそうに朝から早起きなされて、お出かけになりました。今頃ご友人達と待ちあわせて、一緒に騎士舎に向かわれている頃でしょうね」


 クリスティーナの胸に、途端にもやもやしたものが広がった。自分の意志で自由に動ける兄が羨ましく思う。

 自分もたった一日で良い。自由に外で遊び回りたいのだ。

 母が生前の折は幼いこともあるだろうが、今よりは自由だった。庭を駆け回り、転んだことだってある。だが、母が亡くなってからは、ペギーはクリスティーナを一人前の淑女にすることを生涯の使命に掲げたかのように接してくる。

 抑えた想いを抱えて、フォークを手に取り、お皿に向かうと、追い打ちをかけるようにペギーが口を開いた。


「クリスティーナ様。今日は新しい家庭教師が来る予定です。午後はそのつもりで、お支度を調えておいてくださいね」


 クリスティーナは食べ物を刺す寸前で、持っていたフォークを取り落しそうになった。


「え? 今なんて言ったの?」


 クリスティーナが信じられない気持ちで呟くと、ペギーが眉を怒らせた。


「食事のマナーがなってません。淑女はそんな雑にフォークを扱ったりしませんよ。それに言葉遣いも乱れております。前々から言うように――」


「そんなことが聞きたいんじゃないわ。ペギーの言われた通り、わたし毎日、頑張ってるわ。これ以上、何が必要なの」

 

 溢れそうになる感情を抑えて、クリスティーナはできるだけ、なるべく静かに問うた。これ以上縛り付けられるのは、我慢ならない。


「わたしから教えられることは、限られているんですよ。新しくお呼びした家庭教師の方は、クリスティーナ様にダンスを教えて下さいます」


「ダンス?」


 クリスティーナは思いっきり首を傾げた。


「ええ、そうです。クリスティーナ様が社交界デビューするにはまだ早いですが、昼間に催されるお茶会なら、そろそろお呼ばれされてもおかしくない年齢です。まわりの御令嬢たちと並んでも恥ずかしくない程度には、ダンスを学びませんと。その場には同じ年頃の御令息たちも参加なされることもあるでしょう。もしかしたら、クリスティーナ様の将来のご夫君となられる可能性も。今のうちから、こういうことはきちんとしておかないと、後々に後悔しても遅いですからね」


 ペギーは満足そうに、微笑んだ。


(今からもう将来の夫探し?)


 クリスティーナは、ペギーの二言目には『将来の夫』発言に内心顔を顰めながら、まだ首を傾げていた。


「昼間のお茶会では踊るの?」


 ダンスが必要とされるのは、てっきりデビュタントの時か舞踏会に参加する時ばかりかと思っていた。


「そうですよ。ダンスは貴族の嗜みですからね。男女の体がくっつきあうような踊りはまだ早いでしょうが、お茶会なら手をとりあって踊るブランルあたりが楽しまれるようですよ」


「そう――」


「さあさあ、早く食べないとせっかくの食事が冷めてしまいますよ」


 もうこの会話は終わりとばかり、ペギーは背を向けると、厨房に引っ込んでしまった。



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