太陽の加護とその効果
「お前の中に入った呪いは、なぜか暴れていない。暴れていないから、体に異常もでていない。たぶん、太陽の加護が影響しているんだろうが……。どういう理屈なのか、俺にもわからないんだ。呪いが人から人へ移動したなんて話は、今まで聞いたことがないからな」
入り込んできた冷たい何かと、強烈な痛み。
あれが「呪い」だったのか。
リアは胸のあたりを摩ってみたが、もう何も感じられなかった。
「普通は移動しないものなの?」
「しない。呪いを動物や魔石に移そうと考えた魔術師はいたが、どれも失敗している」
「えーと……。じゃあ、俺、もしかして凄いことをしちゃった、とか」
へら、と笑ってみせると、返ってきたのは真顔だった。
「そうだな。俺が魔術でトーイを助けられた可能性は、かなり低い。お前が引き受けなければ、あの子は呪いに負けて、今頃、死んでいたかもしれない」
昨夜のトーイの様子を思い出して、体が震えた。
その震えを抑えるように、肩にそっと手が置かれる。
「だから、俺はお前を褒めてやるべきなんだろう。……でも、褒めたくない。呪いにはまだ不明な点が多いんだ。お前まで一緒に死んでいても不思議じゃなかった。今はおとなしくしていても、その呪いがずっと暴れないとは言い切れないんだ。二度と同じことはするな」
いいな? と正面から目を合わせて言われて、こくこくと頷いた。
「表向き、トーイの呪いはかけた術者の失敗で消えたことにしてある。お前に呪いが移っていることは俺とシスター・フロウしか知らない。しばらくは、三人だけの秘密だ」
「わ、わかった」
「……じゃあ、一階に降りてチビ達に顔を見せてやれ。みんな心配してる。朝飯もちゃんと食べろよ。トーイはシスター・フロウの部屋にいるが、念のため、会うのは俺が診察した後にしてくれ」
「うん」
頭をなでられると、前世を思い出した身としてはかなり照れ臭かった。
でも、今は幼女だし。
前世と比べても、ロックワイヤーは年上だし。
内心で言い訳しながらチャコと走り去っていくリアを見送って、ロックワイヤーは表情をゆるめた。
だがそれも、すぐに消える。
彼が右の掌を広げると、そこに淡い光が生まれ、徐々に鳶色の羽を持つ小鳥の姿になった。
魔術によって作られたそれは、可愛らしく体を震わせて窓の外に飛び立っていく。
「俺の思い過ごしならいいが…」
ロックワイヤーは過去の経験から知っていた。
悪い予感ほど当たることを。
そして、良い未来をただ期待するより、悪い未来への予防策を取っておくべきだということを。
下の階から、ようやく子供たちの明るい声が聞こえてくる。
ふぅと息をついて、彼は目下の優先事項であるトーイの診察と、シスター・フロウの腰の治療のために歩き出した。
※ ※ ※
「リア!」
食堂に顔を出した途端、誰より早くディアナに抱き着かれた。
「大丈夫なの? どこか具合の悪いところはない?」
「今は平気だよ。ごめんね。心配かけた」
「本当よ…。リアまであんなふうに倒れるから……」
ディアナの目にぶわりと涙が盛り上がって、リアは慌てた。
こんな可愛い少女を泣かせてしまうとは。
小さい頃から無茶をしてディアナに泣かれたことは何度もあったが、前世の精神年齢となった今、色々と罪悪感がすごかった。
「なんか、俺もよくわかんないけど、トーイも俺も大丈夫。ロックが言うんだから間違いないよ」
「うん…」
ロックワイヤーの名前を出すと、ディアナがなぜか顔を赤らめた。
ん? と思う間もなく、左右から複数に抱き着かれて体がよろける。
四歳のイアンとヨシュ、それに最年少で二歳のセーラだ。
「ディアナはねー、あさもロックになぐさめてもらってたよー、ぼく見たー」
「ヨシュ!」
真っ赤になったディアナを見上げて、ヨシュがにこにこと笑う。
「あたまナデナデしてもらってたよねー」
「もらってたー」
「てたー!」
「や、やめてぇぇ」
イアンとセーラにも追い打ちをかけられて、ディアナがその場にうずくまる。
柔らかな金髪から覗く耳が赤かった。
「そこまで恥ずかしがらなくても……」
中身が元男の自分ならともかく、ディアナなら別に気にしなくていいと思うが。
首を傾げたリアに、「リアはわかんなくていいいわよぅ…」と蚊の鳴くような声が返ってくる。
「おい」
ぶっきらぼうな声に顔を向ければ、同い年のシズがきつく眉を寄せていた。
「起きていいのかよ。体力馬鹿のお前が倒れるなんてよっぽどだろ」
「うん。もう平気。どこもなんともない」
腕を回して笑って見せたが、あまり信じてもらえなかったらしい。
シズは目付きは悪いが、心配性で優しい少年なのだ。額に手を当てられて、平熱なことがわかると、手をひかれて食堂の椅子に座らされた。
孤児院にはこの場にいる五人の他に、五歳から九歳の子どもが六人いる。
彼らは朝食の後で文字や計算の勉強をすることになっているので、今もシスター・アンと講堂にいるのだろう。
幼いヨシュ達はともかく、シズとリアも本来ならまだ勉強組に入っている年齢なのだが、二人とも学習の理解が早かったため、ディアナと一緒に孤児院の仕事を手伝うのが日課になっていた。
とりあえず朝食をとるようディアナにも言われて、ヨシュ達をまとわりつかせたまま、食べ始める。
固いパンと野菜スープという質素な内容だが、腹ぺこの子どもにはいつもご馳走だ。
リアの後に付いて来ていたチャコは、食事はすでに済ませてあるのか、行儀よく部屋の隅で丸くなっていた。
「お前とトーイに何があったのか詳しく聞かせろ。呪いってのは完全に消えたのか? 若先生はおっさんに任せておけとしか言わないし」
「ロックはおっさんじゃないわよ!」
ディアナが皿を片付けながら口をはさむ。
シズがため息をついた。
「つっこむとこソコかよ…」
「だってシズ、昨日からロックに突っかかってばかりなんだもの。反抗期なのかしら」
「んなわけあるか! あいつは親でもなんでもないだろ!」
いや、反抗期ってのは、別に相手が親じゃなくてもアリだよな。
パンを齧りながらそんなことを思って笑ったら、シズに睨まれた。
「リア! ちゃんと反省してんのか!?」
「してます。呪いに近づいたりしてごめんなさい」
真面目に謝ると、シズは眉を寄せて、「じっとしてらんなかったのは、わかるけどさ」と目をそらした。
たぶん、シズはトーイが連れ去られたことに責任を感じているんだろう。
昨日はワイン用の葡萄の収穫の手伝いを頼まれていて、リアやシズといった年長の子ども達は夕方まで出掛け、小さい子ども達はシスターと留守番をしている予定だった。
朝になってトーイが自分も行きたいと言い出した時は、シズが止めた。
まずは葡萄畑がある郊外まで、疲れずに歩いていかれるようにならなきゃ無理だ、と。
シズの言葉はもっともだったし、トーイも不満気ながらも頷いてそれ以上騒いだりしなかったので、油断していた。
まさか「こっそり後からついて行こう」などと考えるとは誰も思わなかったのだ。
リア達が出発した後で、トーイは孤児院を抜け出した。
何人かの子どもが気づいて止めようとしたが、すばしっこいトーイは走り去ってしまい、慌てて大人を呼びに行ったのだそうだ。
シスター・アンが後を追ったが、葡萄畑まで行ってもトーイの姿はなく、葡萄の収穫は取りやめて、リア達は迷子の探索をすることになった。
「おぶってでも、連れてくればよかった」
トーイがいなくなったと聞いた時、シズは泣きそうに顔をゆがめてそう言った。
だからリアは明るく「早く見つけよう。シズーって泣きべそかいてるかもよ」と、その背中を叩いて走り出したのだ。
意識のないトーイが運ばれてきたときも、シズはまだトーイを探して戻ってきていなかった。
どれだけの時間、走り回っていたんだろう。
「シズ。心配かけてごめん」
「……」
改めて謝ると、シズの口が更にへの字になった。
「ロックが言った通り、呪いはもう消えてる。俺もトーイも、加護の力が強くて呪いがうまく働かなかったんじゃないかな。ほら、やっぱり俺みたいな太陽の加護持ちともなると、あらゆる面で運がいいっていうか、神様に愛されてるっていうか、色々すごいと思うんだよね」
自分でもちょっとどうかと思ったが、ロックの「呪いが失敗で消えた説」を肯定できそうなことを言ってみる。
不安げに揺れていたシズの目が、今は馬鹿を見る目に代わっていた。
……遺憾。
「なんだそれ。めちゃくちゃ胡散臭い。それで納得しろってのか?」
「そういわれても、俺だって呪いがなんなのかなんて、よくわかんないしさ」
「わかんないなら、もっとアイツに説明させるべきだろ」
「えぇー……」
見つめてくるシズの顔が、ちょっと怖い。
シズ相手に加護効果と運で通すのは無理があるかと首をひねったとき、ヨシュがすごいことに今気づいたというように声を上げた。
「わかった! シズは、リアにもはんこーきなんだね!」
「シズ、はんこーきなの?」
「はんこーきって、なぁに?」
三対のきらきらした目で見上げられて、シズがのけぞった。
「反抗期じゃねえよ! ちょっと大人しくしてろ、お前ら」
「もう反抗期でいいんじゃない? どうせロックが何を言っても納得しないんでしょ」
呆れ顔でディアナが言う。
「当たり前だ。何もしてないのに呪いが勝手に消えたなんて、結局アイツ、役立たずだったってことじゃねえか。本当に中央の魔術師なのかよ」
「失礼ね! ロックは正真正銘、本物の魔術師よ! ね! チャコ!」
「契約魔獣がいたって、腕がいいかどうかは別だろ」
「別じゃないわよ! ばか!」
言い合っているシズとディアナを眺めて、チャコが大きくあくびをしている。
ロックは子ども達全員がふてくされているようなことを言っていたが、二人の様子を見るに、よくわからない事態に戸惑っていただけで、大半は彼の言葉を素直に受け止めていたんじゃないだろうか。
おそらく、シズ以外は。
「なにを騒いでるんだ?」
ひょっこりと顔を出したロックワイヤーに、シズは凶悪な目を向け、ディアナは一瞬で赤くなった。
ヨシュ達はといえば、歓声を上げて遠慮なく抱き着いている。
ちょっと前までは、シズだってあんな感じで、ロックの後ろを喜んでついて回っていた気がするのだが。
首をかしげて考えた。
こういう感じを、なんて言ったっけ。
シズやディアナの、前とは違う態度。
こういうのは、反抗期がどうとかいうよりも。
「……あ。わかった」
「は?」
「思春期だ」
「「「は?」」」
シズとディアナが固まり、ロックが変なものを見る目をして、「ししゅんきて、なぁに?」というイアンの声が無邪気に響いた。