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男装騎士、目指してます!  作者: 小浜 はるみ
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異世界転生していたらしい。



 顔をべろべろと舐められる感触に、リアは目を開けた。

 

「……チャコ」


『うぉん』


 低い鳴き声。

 前足を寝台に乗せ、チャコが黒々とした目で覗きこんでくる。

 魔獣としては幼いが、体長はリアのほぼ二倍、重量は三倍近くもある、黒毛のバンウルフだ。

 大きく開いた口には恐ろしげな歯が並び、まるで巨大な狼のようだが、吐き出されてくる息は不思議と清涼で、獣臭くない。

 ロックワイヤーがいつも連れ歩いている、契約魔獣である。


「一段とデカくなったね……」


『うぉふん』


 成長期だからね、とでも言いたげに、チャコが首をもたげた。

 契約魔獣は、人間の言うことをほぼ完全に理解できるという。

 逆に言えば、人語を理解できるほど賢くなければ契約魔獣にすることは難しい、らしい。


 なんにせよ。


「はー……。マジでここ、異世界だ……」

 

 しかも俺、幼女だよ。


 チャコにべろべろを再開されたまま、「男であった前世」を思い出したリアは遠い目をした。




 孤児であるリアに、両親の記憶はない。


 寝返りもできない赤ん坊の頃に、粗末な籠に入れて捨てられていたそうだ。

 北の神殿が運営する孤児院に引き取られ、名前もそこで付けてもらった。


 発見当初からやたらと元気だった赤ん坊は、元気すぎる体を持て余すようにやんちゃに育ち、裁縫よりも剣術遊び、料理よりも木登りと取っ組み合い、一人称は「俺」という、女子としては多少珍妙な子どもに育っていた。

 濃い赤茶色の髪だけは腰までの長さに伸ばしていたが、これは孤児院の老先生(正しくはシスター・フロウ)と若先生(正しくはシスター・アン)に止められたからで、リア本人は短いほうが楽でいいと思っていたし、十五歳になって孤児院を出るときには切ろうと決めていた。


 愛らしさや慎み深さ、やわらかな言葉づかい…。そんな女性らしさを先生達から求められるたびに、リアは困った。

 一緒に育ったディアナを見ていると、確かに女の子らしくて可愛いなとは思う。だが、同じような自分を想像すると、なぜか違和感しか感じなかったのだ。


 原因はどうやら、前世が男であったから、であるらしい。


 前世において、リアは逢沢利一あいざわ りいちという名前だった。


 平成年号生まれの、日本男子。

 裕福な家に生まれたが、心臓機能に欠陥があり、生活のほとんどを病院で過ごした「超」のつく箱入り息子だった。義務教育にさえ通った覚えがないのだから、色んな意味で世間知らずを極めていたとも言える。

 それでも、両親と兄には大切にされて、自由のきかない体でも幸せだった。時々は死にかけたりもしたが、そこそこ楽しく人生を過ごし、なんとか二十歳はたち目前までは生きた記憶がある。


 トーイを抱きしめた後に感じた胸痛が、かつての記憶を取り戻すきっかけになったのだろう。



「そ、そうだ、トーイ!」



 一瞬の回想から我に返って、リアは飛び起きた。

 鼻面がぶつかりそうになったチャコが、慌てて飛びのく。


 見回すと、いつもリアと寝ていた四人部屋の寝台に、トーイの姿はなかった。

 運ばれてきた時のままだとしたら、老先生の寝室にいるはずだった。


 チャコがいるということは、ロックワイヤーもここにいる。

 気絶する前に彼の顔を見たのが夢でないのなら、トーイも助けてもらえたかもしれない。


 裸足のまま部屋を飛び出したところで、当のロックワイヤーに抱きとめられた。


「ぉっと…」


「ロック! トーイは?!」


 リアの勢いに目を見張ってから、ロックワイヤーはふっと息をついて微笑んだ。

 

「眠ってるよ。顔色も戻ったし、もう心配はいらない」


「本当に?! 絶対?!」


「ああ」


 ぐりぐりと大きな手で頭をなでられた。


 ロックワイヤーは医者であると同時に正規の魔術師でもある。

 町の中央部にある北の神殿と深い縁があり、時には王宮からの命令で各地を巡回しているのだと、前に老先生から聞いたことがある。

 年は三十二だというが、優しげな顔は二十代前半にしか見えず、服装も町医者のような白く簡素な袖長服ばかりなので、言われなければ王宮付きの魔術師という高い身分の人間には見えない。

 リアが小さい頃からふらっと当たり前のように孤児院に来て、当たり前に食事を共にし、出て行ってしばらく顔を見ないと思ったら、ある朝、当然のように熱を出した子どもの世話をしていたりする。

 物静かで、契約魔獣のチャコが傍にいなければ、長身痩身のただの医者見習いといった風体でしかない。威厳など皆無で、抜けているところもあり、リアがいたずらで庭に作った落とし穴に嵌ったこともあった。


 そんな大人だけれど、ロックワイヤーがいると、リアはほっとする。


 彼が優秀な医者であり、魔術師であることも事実なのだが、それだけでなく、孤児院の子ども達にとっては年の離れた兄のような存在なのだ。

 

「よ、良かったよぅ…」


 安心して顔が歪んだ。

 涙目になったリアの脇の下からチャコが頭を出し、契約主の顔を見上げて「うぉふん?」と不審げに鳴いた。「泣かしたのかよ?」とでも言いたげだ。どういうわけか、チャコにとっては昔から契約主よりもリアのほうが優先順位が高いらしい。

 その様子をちらっと見てから、ロックワイヤーは撫でていた手を離した。


「トーイよりも、問題なのはリア、お前だ」


「え? 俺?」


「近づかないようにシスターに言われてただろう。なんで言いつけを守らなかった?」


 チャコと似通った漆黒の瞳が、厳しい光をのせてチャコを見る。

 めったに怒ることのないロックワイヤーが本気で叱るときに見せる顔だ。


「そ、それは、だって。ロックが町に来てるなんて知らなかったから…。来るって聞いてたら、ちゃんと待ってたよ」


「シスターは、俺が町にいることを知らなかったんだ。連絡してなかったから」


「へ…?」


「それで、完全に行き違いになった。シスター・アンは北の神殿まで走って、魔術師がみんな出払っているとわかると、町中で魔術の心得がある者を探したんだそうだ。すぐにチャコに連れ戻してもらったが、もうかなり歩き疲れていたな。その上、戻ってみたらお前まで倒れていて大混乱だ。ディアナはずっと大泣きしているし…。二人を落ち着かせるまでが大変だった」


 長いため息を吐かれた。


「ろ、老先生はどうしてるの?」


「シスター・フロウなら、昨日、ほかのチビ達の対応に追われたせいで、今は腰を痛めて寝込んでる」


「今、そのチビ達は…?」


「シスター・アンが見てくれているが、蚊帳の外に置かれて、全員、ふてくされ中だ」


「……」


 予想外の惨事に顔が引きつった。

 前世でも倒れるたびに深刻な騒ぎを起こしていたが、今は異常な健康体であるぶん、前代未聞の急変でかなりの心配をかけてしまったらしい。

 

「……ごめん。たくさん迷惑かけた」


 俯いて謝ったリアの頬をチャコが舐める。


「それと、助けてくれてありがとう。ロックが来てくれて……本当に良かった」


 ロックワイヤーがいなかったら、トーイも自分も、どうなっていたか分からない。

 やはり呪いは、不用意に近づいたりしてはいけないものだったのだ。


 心からお礼を言ったのに、ロックワイヤーは眉を寄せて首を振った。

 

「俺はまだ何もしていない。呪いの仕組みは複雑で、一晩でどうこうできるものじゃないんだ」


「え…。だって、トーイは心配いらないって、さっき…」


「それは本当だ。トーイから呪いは離れている。でも、いいか、リア。落ち着いて聞くんだ」



 目線をリアに合わせるように膝を折って、ロックワイヤーは静かに告げた。



「トーイから離れた呪いは、今はお前にかかっている。正確には、トーイにかかっていた呪いを、お前が自分で引き受けてしまったんだ」




プロローグだけで放置しすぎました。申し訳ありません。

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