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やさしい人

作者: ┴┴

「アンタは、やさしいからね」

それだけ言って君は私の前からいなくなった。

だったらなんだというのだろう。そう思うならどうしていなくなったのか。

私は別に、自分のことをやさしいなんて思ったことはない。ただ自分の思うように生きていただけだ。もしそれが、君にとって「やさしい」という評価になっていたとしてもそんなことが私になんの関係がある?そもそもきみは私がやさしいからいなくなったのかい?やさしいことの何がいけない?わからない。

私は別に君だけに特別な扱いをしていたわけじゃない。それとも君は私を特別扱いしていたのかい?それも今となってはわからない。私はただ、君と会って、話して、同じ時間を過ごして、別れた。それを繰り返しただけじゃないか。

もしかしたら私は、存外に繊細な人間なのかもしれない。もしかしたら私はかつて君に特別な想いがあったのかもしれない。でももうそんなことどうしようもない。君はいない。

あのとき君は私に言った。

「意外と楽しいね」

私はすこしだけ不愉快になったと思う。私といても面白くないと思われた気がした。でも私はなんて言えばいいか分からなかった。俯いて、そう、としか言えなかった。

君はよく笑った。反対に私はあまり笑わなかったような気がする。実際のところ、私はあまり感情的な人間ではないだろう。君といる時もそれは変わらなかった。私は笑わない。君は笑う。それでも私はやさしかった?もう聞けない。

君は私によく電話をかけた。私からかけたことは一度もない。でもそれは、会話というにはあまりに一方的だった。私は別に悪い気はしなかった。君が話す、私が適当な相槌を打つ。話の内容なんかはまるで覚えてない。傍目に見ても私はたぶん、何も聞いてないことが丸わかりだったと思う。それでも君は話した。話すだけ話して気が済んだら決まって君は「またね」と言って電話を切った。私は、何も聞いてないから、「うん」とだけ言ってやっぱり受話器を置いた。それでも私はやさしかった?

私と君は違う教室だった。別に一人でいることが好きとかそんなわけじゃないけど、私はこんな気質だから一人でいることが多かった。私と君が会うのは昼休みだけだった。君が来て、やっぱり一方的に話して、時間が来れば君は自分の教室に戻った。

私と君は帰り道が同じだった。正しくは途中まで同じだった。私の家は君の家を通り過ぎて歩いて二十分はかかる。それでも君は毎日私の家まで一緒に歩いて帰った。私は変に思わなかったわけじゃないけど、別段そのことを君に聞こうとはしなかった。帰り道でも君は一方的だった。私は前を見ながら「うん、うん」と言うだけだった。それでも君は話し続けた。私の家に着くまで話した。家に着いて君に「それじゃあ」とだけ言うと君は決まって「うん。またね」と言った。

別に大したことない普通の日だった。

いつも通り教室に入って、昼を過ごして、帰り道になった。

君が喋りまくったあとで私が「それじゃあ」と言ってその日の仕事は終わった。君は最後に「アンタは、やさしいからね」とだけ言った。

気にも留めなかった。それだけ私は上の空だった。君のことを環境音としか捉えてなかったのかもしれない。でも、それが君が私に言った最後の言葉だった。その日は電話は鳴らなかった。珍しくもない。毎日電話で話すわけじゃないさ。明日か明後日にはたぶんまたかかってくるだろう。

次の日から君は来なかった。その次の日も来なかった。いつまでたっても君は来ない。

二ヶ月が過ぎて初めて私から君に会いに行った。やっぱり私は何も言わないでただ立ってるだけだった。やっぱり私は何も聞いてなくて、たぶん君は一方的に私に話していたのかもしれない。

君の家から私の家まで歩くくらいの時間が経ったとき私は

「またね」

と言って君と別れた。

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