08 エレーナ
私に甘いお爺様はサーフベルナ家の屋敷を訪ねてリコットの父親である準男爵と話をしてくれていた。
アルマローレ家がサーフベルナ家に援助をするので、リコットと辺境伯との婚約は解消できないかと遠回しに伝えたそうだ。
アルマローレ家は領内に銅山をもっているので資産は潤沢だし、父のプロシオも高官として働いている。サーフベルナ家を助けるくらいまったく問題はなかった。それにアルマローレ家の経営している商会の傘下に吸収してしまえば、時間はかかったとしてもいずれ回収できるとふんでいた。
しかしサーフベルナ準男爵はお爺様の提案をきっぱりと断り跳ね除けたそうだ。娘を助ける気はないのかしら?
逆に、なぜ前公爵が、今まで付き合いもない準男爵家の令嬢のために、わざわざ訪ねて来たのかと訝しがられたらしい。
「聡明なリコット嬢を孫のロイドと結婚させたい」とお爺様は苦し紛れに言ってしまったので「万が一サーフベルナ準男爵の気が変わってアルマローレ家が援助をすることになったらすまない」そうロイドに謝っていた。
レオグラス殿下にもロイドがリコットに懸想しているって言っちゃったし、私のせいでロイドにはとても申し訳ないことになっている。表沙汰にならなきゃいいけど。
少しでもリコットの情報が欲しい私は学院から帰るその足で、リコットと仲が良かったエレーナ様に会いに行くことにした。
エレーナ様は隣国の公爵令嬢。留学生として学院に通っていた。
今では王太子パトリック・ヴァル・ブレイザーズ様の婚約者だ。王太子と一緒に学院を卒業してから王宮で暮らしていて、王妃教育に励んでいるらしい。
学院にいた時に、唯一私の不甲斐なさに文句を言ってきた人物でもある。何度かやりあっているうちに親しくなった。と言うか王太子のことが好きなだけあって高慢ルビーでの対応を喜ぶちょっと変わった人だ。
見た目はリコットのようなふわふわでも、私のようなきつきつでもない。清楚で上品な女性、バックには白百合の花が似合いそうだ。
自分でいうのもなんだけど、私のバックには棘つきの黒い薔薇がとんでいると思う。
実際『孤高の黒薔薇』なんて仇名がついていて、陰では『ボッチの黒馬鹿』と失笑されていた。
「お久しぶりです。エレーナ様。私などにお時間を割いていただき、ありがとうございます」
「ルビーと会えるのでしたら何をおいても優先するわ。私とふたりだけの時はかしこまった話し方ではなくて、学院にいた時みたいにお願いできないかしら」
「はあ……。それがお望みとあれば…………貴女、ちっとも変わってないのね。その性癖だから王太子殿下とうまくやっていけるのかしらね」
「そうでもないのよ。最近はルビーのせいでパトリックが甘すぎてちょっと物足りないわ。それも含めて大好きだからいいのだけれど」
私のせいって何が? いや、今は王太子の話なんかしている場合じゃない。
「貴女の惚気話なんて聞きたくないわ。それよりリコットさんのこと教えなさいな。あの娘、貴女には相談に来たのではなくて」
私の質問にエレーナ様はこてんと首を傾げた。リコットのことを私が聞くなんて思ってもみなかったのかもしれない。
「いいえ。リコットは自分がパトリックにふられてしまったあと、ずっと私の応援をしてくれていたけれど、本当はつらかったんだと思うの。だから私たちが卒業してからは訪ねてくることはおろか手紙も貰えないし。会いたくないのかもしれないから、こちらからも連絡がとれなかったのよ」
「そうでしたの。エレーナ様はサーフベルナ準男爵のことはご存知? 親子仲は良かったはずですわよね」
「うーん。いずれわかることだし、ルビーには話しても大丈夫かしらね」
少し悩んだそぶりを見せてからエレーナ様が口を開いた。
「実はサーフベルナ準男爵には内縁の妻がいるんですって。いずれ再婚するかもしれないわ。リコットのことがあるから、まだ先になりそうだけど」
「どうゆうことですの!?」
いきなり立ち上がった私のせいで、テーブルの上にあった紅茶のカップがガシャンと音をたてた。
「あ、申し訳ございません」
たしかリコットは、小さいころに母親を亡くしている。父親が再婚しても不思議ではないけど、親子ふたりでサーフベルナ商会を盛り立てて、準男爵の爵位を得るほどのお店にまでなった。一人娘のリコットを変人の後妻にしておいて、自分は新しい妻を娶るなんて、どう考えてもおかしいわ。
「リコットのことが心配になって少し調べたのだけれど、再婚についてはリコットも賛成していたようなのよね」
「リコットの後妻の件も、サーフベルナ準男爵の再婚も私のせいなの? もうどうしたらいいのよ」
「ルビーが何言ってるのかわからないけど。辺境伯との婚約話はリコットも納得していることのようよ。家同士のことですもの。私たちには何もできないわ」
「でもそれはリコットさんから直接聞いた話ではないのでしょ。うわさ話なんて当てにならなくってよ」
「そうなのだけど…………ルビーはなぜ急にリコットの心配をしているの。彼女のせいで貴女が貶められても、私が苦言を呈してもまったく興味を示さなかったじゃない」
「事情が変わったのよ。今はリコットさんの幸せを願っているの」
「そうなの? 私もリコットには幸せになってほしいと思っているわよ」
私は絶対にリコットと会って話をしなければ。そしてラザーと幸せになってもらうんだ。
「新しい情報がはいったら連絡するわね」
「よろしくお願いするわ」
エレーナ様のお部屋を辞してから廊下を歩いているとパトリック王太子殿下が前から歩いてきた。
私に気がつくと、いつものように嫌そうな顔をする。これが同族嫌悪だということを、今の私は知っているから気にならない。だけど、ゲームのルビーは「自分を愛さないなんて」と憤慨していた。でも心の中では誰にも愛されないと傷ついていたんだと思う。『幼少期のルビーの記憶』がある私には隠された気持ちがわかってしまう。
実際には誰にも弱みを見せない高慢な態度がいけなかったんだけど、そうなったのは父親のせいだし、愛情に飢えながら空回りばかりしていたルビーは可哀そうだ。
「エレーナを傷つけたらどうなるかわかっているだろうな」
すれ違いざまのパトリック王太子のこの言葉。もう何度目だろうか。
エレーナ様の希望で上からの態度で話しているところをパトリック王太子に見られたことがある。
そのせいで勘違いされたのはしかたないですけど、王太子の俺様が足りなんじゃないんですかね。あなたがエレーナ様を喜ばせれば私が悪役令嬢しなくていいんですけどね。と心の中でつぶやきながら、にっこりと微笑み、優雅にお辞儀をしてそのまますれ違った。