74 番外編 わたしが辺境伯に嫁ぐ理由 10
「あれ?」
なんか視界がとても狭いんだけど……。頑張ってもこれ以上目が開かない。なんで?
この目の前に見える黒い物は何? ちょっと待って。これって、ガーナス様の肩なんじゃ?
は!? 私、もしかしてガーナス様にあやされたまま眠ってしまった?
それで、私の目がおかしいのは瞼が腫れているからだと気がついた。
「目が覚めた?」
声につられて、そちらへと顔を向ける。そこにはすぐそばにガーナス様の顔があった。
「うわっ」
それで自分がガーナス様にまたがり、抱き着いていることに気がついた。わたしは急いでガーナス様の膝の上から飛び降りる。
涙なのか、鼻水なのか、わたしが顔をうずめていたあたりを見ると、その部分はとてもテカテカしていた。
何たる失態。
恥ずかしすぎて、わたしの顔には一気に熱が集まる。
「ご、ごめんなさい。わたしはもう大丈夫だから、ガーナス様はもう帰っていいよ」
ガーナス様の方を見ることが出来ない私は、両手で顔を隠して背中を向けている。
「いや、そう言うわけにはいかないよ。家まで送っていかなければお父上が心配するからね」
家から連れ出した責任があると思っているのだろうか。
「わたし、どのくらい眠ってた?」
「それほどでもないよ。一時間くらいじゃないかな」
「一時間も!?」
「そのくらいなんでもないよ。息子たちにくらべたらリコットはおとなしくて楽だったからね。気にしないで」
「気にしないわけないでしよ!」
私は思わず振り向いてガーナス様に怒鳴りつけてしまった。
「そうかい?」
ガーナス様の声色は不思議そうだ。
「忘れているかもしれないけど、わたし、中身は子どもじゃなんだってば」
「ああ、そうだったね」
「そうだったじゃないよ」
わたしばかりが恥ずかしがっているなんて、なんだか腹が立ってきた。
「たしかに僕は親ではないんだから、女の子のリコットに気安くさわったらいけなかったね。気がつかなくてごめん」
「そうだよ。これからはちゃんと女性として扱って。わたしはガーナス様が好きなんだから」
「え?」
「ええ?」
自分で言っておきながら、口から出たその言葉にガーナス様より私の方が驚く。
わたしがガーナス様のことを好き?
「それは光栄だな。僕もリコットのことは好きだよ」
「な?」
再び私の顔は熱を持つ。
それでもガーナス様の言い方で、あの好きは恋愛感情ではないとわかってしまったからがっかりだ。
わたし、なんでがっかりしてるの?
何がなんだかわからない。とにかく冷静になろう。
「うちに帰りたい」
「わかった。馬車で送っていくけど、その前にその顔は冷やした方がいいかもしれないね」
「うっ」
なんてことだ。
わたしは初めての告白を、瞼が腫れあがったすごい顔でしてしまったらしい。それでもガーナス様には告白だと気がつかれていないから、やり直しができることだけは幸いだった。
その後、馬車に乗り込んだわたしはハンカチを濡らして瞼に当てている。だから、ほとんどガーナス様の方を見ていなかった。
なのに……。
「この香り……」
自分の身体についていたガーナス様の残り香に気がつく。
こっそり息を吸い込んだ。なぜかそれだけで幸せな気分になる。
前世では気になる男子さえいなかったから、こんな気持ちは始めてだ。
これが恋。
初めて知った。
わたしにはまだ知らない世界があることを。




