73 番外編 わたしが辺境伯に嫁ぐ理由 9
母の体調にはいつも気に掛けていた。
それでも病魔が母の身体をむしばみ始めたころ、わたしにはどうすることも出来ないことに気がついてしまう。
「背中が少し痛む」そう母に告げられてもわたしには病名を知るすべがない。この世界では病気を特定するための精密検査ができなかった。
それどころが手術することも稀で、前世に比べて医療がまったく進んでいない。
もしわたしの前世が医療従事者であったとしても、この状況では、どんな治療を施せば最善なのか、わかるわけがないと思う。
せめて、その痛みだけでもとってあげたいと、ガーナス様により効果的な鎮痛剤の開発をお願いする。
食が細くなって日に日に衰えていく母に、少しでも栄養を取らせようと、前世で言うサプリメントのようなものも作ってもらって与えたり、免疫が高くなると言われている食品を取り寄せたりもした。
とにかく思いつくことはすべて試してみた。だけど結局、痛みが出てから半年もたたないうちに母はこの世を去ってしまった。
未来がわかっていても母を救うことはできかった。
私は人より博識だと驕っていたのだろう。だから何とかなると思っていたのは事実だ。
「結局、未来を変えることなんてできなかった」
それから私は何も考えることが出来なくなってしまう。
母の葬儀の最中もずっと抜け殻のようにただボーっとしていた。
精気がなくなった私を、心配した父やラザーが必死に慰めてくれたけど、心にぽっかり空いた穴は塞がることはないようだ。
父だって辛いはず。これ以上心配は掛けたくない。だから、子供の頃に身に付けた特技で、表面上だけは取り繕って見せた。
それから四日後、母の訃報を聞いたガーナス様が、ナジュー領からわざわざ駆け付け、うちへやって来た。
父へ挨拶をしたのち、ガーナス様が突然私の腕を掴んで馬車まで引っ張っていく。
それすらもなすがままだった私を馬車に乗せると、どこかへ移動するように御者に告げた。
「お店……」
そこはうちが出した二号店だ。
「カギは預かって来たから。中に入って」
今は休業中のため店には誰もいない。しんと静まり返ったその場所にガーナス様と二人きりだ。
「リコットはよくやったよ。ここに並んでいるサプリメントはお母上のために君が頑張った証だ。ナジュー領で開発した鎮痛剤だってそうだよ。あの薬にこれからどれだけの人が助けられることか」
「でも……お母さんは……」
頑張った? でも結局は救えなかったから意味がなくなってしまった。
「これ以上はどうしようもなかった。本当にどうすることもできなかったんだよ」
そう言ってガーナス様は片膝をつき、私と目線を同じ位置に持ってくる。
「僕には君をどうやって慰めたらいいかわからないから、息子たちと同じようにするからね」
「?」
そして、ギュッと私を抱きしめてから、背中にまわした手でさすり始めた。
「ガーナス様?」
「無理して笑顔を作る必要はないんだよ」
それは親が子供をあやす時の仕草だ。わたし、中身は子供じゃないのにな。
だけどこんなことされたら……。
考える間もなく、わたしの瞳からは涙が溢れ出した。
心が空っぽになったから、涙も出ないのだと思っていたけど違ったみたいだ。
そのまま、私はガーナス様の腕の中で静かに泣き続けた。そして泣きつかれると、子供のようにその腕の中で眠りについたのだった。




