64 悪役令嬢は自由を手に入れる
「それでどこへ行くつもり?」
「まずはリコットからもらった地図をあてにして『剣士の玉』を探してみようと思うの。この世界はゲームではないのだから、聖女じゃなくてもアイテムを集めることができるかもしれないじゃない? そうしたら私、世界で一番強くなれるんじゃないかしら。リコットも言っていたけどジェイルが一緒なら簡単に集められそうだし」
「そんなこと言っていると、また事件に巻き込まれるかもしれないよ」
「それはほら、ジェイルが守ってくれるから大丈夫」
「うわっ、牢じゃあれほど黙秘を貫いていたくせに惚気てる? わたしもガーナス様に会いたくなっちゃったな」
「リコットたちの結婚式は一年後だったわね。それまでには戻るつもりだから何かあったらアルマローレ家に知らせておいて」
「うん。ルビーたちはどうするの」
「これから考えるわ。貴族ではなくなったから縛られるものもないし、何をするのも自由だもの」
「本当に終わったんだよね」
「私が証拠よ。身分は平民になったけど、今まで通り化粧品なしでやっていけるこのツルツルな肌を見て」
私は自分の頬を指さした。
「あはは、ナジュー領までルビーが追いかけて来ちゃった時はびっくりしたけど、おかげでわたしもゲームから離脱できたんだよね。本当にありがとう。どんなに感謝しても足りないくらい」
「私もリコットに救われたのよ。ありがとう」
ふたりで笑っているとロイドが部屋へとやって来た。
「ルビー、ヒューバートも来たぞ。応接室に通してあるからな」
「ヒューバート様? 宝物庫のことや王家の秘宝の資料、それに嘆願書のお礼も言いそびれていたからちょうどよかったわ」
「それなら私は帰るね。ルビーが出発するまでにまた来るから」
「ええ。またね」
私はリコットを見送ってから応接室へと移動した。
そしてヒューバートと二人だけで向かい合う。
「バタバタしていてごめんなさいね。お待たせしちゃったかしら」
「それほどでもありません。ルビー様は旅に出られるそうですね」
「学院も退学になってしまったし、世の中を見て歩こうと思うの。私、今まではとても小さな世界で生きていたから」
「こんなことになるのでしたら宝物庫の情報なんて教えなければよかったですよ。ルビー様にあそこまで行動力があるなんて。それを見抜けなかったのは私の誤算でした」
「やだ、そんなこと言わないでよ。ヒューバート様のおかげで本当に助かったんだから」
「そうですか……ルビー様はおつらくありませんか?」
「私? 今はとっても幸せよ。これからは何も気にしないで、好きな人とずっと一緒にいられるんですもの」
「ジェイル殿ですか……」
「あのね、ヒューバート様」
「はい」
「私いろいろな場所に行く予定なの。だから、もしアシュレイさんを見つけることができたらどうしたい?」
「アシュレイ!?」
「そう。すごく悔やんでいるのでしょ?」
ヒューバートが言葉に詰まってしまったので、こちらから一方的に話を進めることにした。
「とりあえず居場所だけは報告するわね」
実はリコットの情報でアシュレイの住んでいる場所はわかっている。
ヒューバートに、ブローチを渡す気持ちがまだ残っているのなら会いに行けばいい。それはヒューバート自身が決めることだ。
「私は幸せになるわ。だからヒューバート様も幸せになってね。本当に今までいろいろとありがとう」
「ルビー様……旅のご無事を祈っています。ジェイル殿とお幸せに」
はじめは躊躇いがちだったヒューバート。だけど、最後の言葉を口にした時には晴れやかな顔になっていた。
ヒューバートを玄関で見送ってしまってから部屋へ戻ろうとすると、いつの間にかジェイルが私のそばにいた。
「ヒューバート様のこと……」
「何?」
「いいえ、何でもありません」
そう言って目をそらすジェイル。
最近少しだけジェイルのことがわかってきた。私とヒューバートの関係が気になっているんだと思う。
嫉妬? ちょっと嬉しい。
「婚約の話ならとっくに取り下げられているし。それにたぶんヒューバート様は他に好きな人がいると思うの。だから私もほっとしているわ」
「さようですか」
その後また荷造りの続きを始めた。私には旅に何が必要なのかがわからないから、ジェイルに聞きながら取捨してカバンに詰めていく。
私は公爵令嬢でも前世があるから庶民の感覚はわかるつもりだ。ドレスや宝石なんてもちろん必要ないし、必要最低限のもので問題ない。そんな私の態度に生粋のお嬢様だと思っていたらしいジェイルは驚いていた。
「今日はいろいろあったな」
夜になる前にはジェイルも家に帰ったので、私は独り言を言いながら伸びをしている。
するとまたロイドがやって来た。
「気持ちは変わらないんだな」
ロイドは部屋には入らず開けたドアのところに寄り掛かるようにして話を始めた。
「少し長めの旅行に行くってだけなのよ。そんなに心配しないで」
「前科があるから無理だ」
「それを言われると困ってしまうわ。それでも私の我儘を聞き入れてくれてありがとう」
「本当は許す気なんかなかった。ジェイルとのことだってルビーが好きだと言うから我慢しているんだ。俺だけのルビーだと思っていたのに」
その発言は怖すぎる。私に対してヤンデレはやめて。
「そう言えば、あの父がルビーを助けるために自分の降格を申し出ていたらしい」
「うそ、そうなの?」
「それを聞いたときは俺も自分の耳を疑ったけど、あれでも、少しは愛情があったってことだな」
離れて暮らしたことで父にも変化があったのかもしれない。少しずついろんなことが変わっている。決められたことなんてもう何もないんだ。
「あとはお兄様の婚約者を決めなくちゃ。私は『孤高の黒薔薇様愛好会』の会員をおすすめするわ」
義姉とは仲良くしたいから、私に好意的な令嬢がロイドの相手だと嬉しい。
「考えておく」
ロイドは苦笑をしながらも、今までみたいに冷めた表情にはならなかった。
自分の未来も考えられるようになったなら本当によかったと思う。
「今までありがとうお兄様」
「ルビー――――」
突然、部屋の温度が下がった?
「嫁に行くような台詞を言うのはやめてくれ。やっぱり許せなくなる。俺はレオグラス殿下のように心が広くないんだ」
「ええ? じゃあ、貴族ではなくなってしまったから何もできなくなってしまったけど、これからもよろしくお願いします」
「ルビーなら何もしなくて構わない。俺が面倒みるからいつまでも家にいるといい」
「それはちょっと……」
今日のロイドは押しが強い気がする。私がいない間に正気に戻るといいんだけれど。
「ルビー」
「はいお兄様?」
「幸せになれよ」
「はい――絶対になりますわ!」
私とジェイルが旅立つ当日、アルマローレ家の門にはロイドにリコット、そしてレオグラス殿下が見送りで集まっていた。お爺様とお婆様には屋敷の中で挨拶を済ませてある。
「レオグラス殿下、この度はご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした」
「そんなこと気にしないでよ。僕もこれからは王族として縛られなくてよくなったんだから。むしろ有難いよ。それにビィたちの晴れの日に湿っぽくなるからやめてね」
「ありがとうございます」
「ジェイルはちゃんとビィを守るんだよ」
「はい。必ず」
「ルビー元気でね。無理しちゃだめだよ」
「ええ、リコットもね」
「ルビーはいい加減自重すると言うことを覚えろよ。ジェイルに迷惑かけないようにな」
「そうね。気をつけるわ」
ひとりひとりに挨拶を終えた私は、ジェイルの手で馬上に引き上げられた。
「では行ってきます」
「いってらっしゃい」
歩き出した馬の上から私は皆に手を振り続けた。
瞳に涙がたまってしまったのでハンカチで押さえる。そんな私に気づいて手綱を握っていない左手で、ジェイルがうしろから抱き締めて慰めてくれた。
「寂しいですか」
「いいえ、ジェイルが一緒だもの。平気よ」
アルマローレ家からの道を真っすぐ進んでいると、すごい勢いで走ってくる馬車とすれ違う。教会の馬車みたいで皆が集まっている場所で止まったようだけど、リコットに急用でもあったのかもしれない。
※ ※ ※ ※
「リコット様、こちらにルビー様はいらっしゃいますか?」
「何ごとなの?」
「ルビー様にも神託が降りておりました。あの方も聖女に認定されていたのです」
「ルビーが!?」
※ ※ ※ ※
「うしろでリコット様たちが何か騒いでいらっしゃいますが、戻りますか」
「ううん。きっと心配しているだけよ。ここで止められても困ってしまうから、このまま行きましょう」
「承知しました」
悪役令嬢の私が、自分が破滅することを回避したせいで、かわりにヒロインのリコットが辺境伯の後妻に決まってしまった。
そう思ったから、寝覚めが悪いので阻止しようとしたけど、それは私が思っていたのとは全然違くて、むしろヒロインであるリコットが私を死亡フラグから遠ざけていた。
それに自分だけで頑張っていたと思っていたのに、知らないところでみんなに守られていたし。
最後もやっぱりみんなの手を借りて、最悪な運命から抜け出すことができた。
みんなに感謝してもしきれない。
ロイドにリコット、レオグラス殿下、お爺様とお婆様。それからヒューバート、コパル、ラザーにパトリック王太子殿下とエレーナ様。
そしてジェイル、その他にも私に関わったすべての人たちがずっと幸せでありますように。
私は馬上でジェイルに抱きしめられながら、青い空を見上げる。
「どうかしましたか?」
「これから新しい人生が始まるんだなって思っただけよ。さあ行きましょう」
真っ白な私の未来に向かって。
「悪役令嬢の私が~」本編完結しました。
これもひとえに読者様たちのおかげです。ありがとうございました。
ブックマーク、評価、本当に嬉しかったです。感謝の気持ちでいっぱいです。
番外編もよろしくお願いします。




