62 悪役令嬢、罰を与えられる
今回の件、なぜか私と王太子だけの話し合いの席が設けられた。
二人きりでの会談にロイドたちは難色を示したけど、王太子からの要請を断ることなどできるわけがなかった。
こうなった以上、腹をくくるしかない。
私は座敷牢から出され、中庭に設えられたガーデンベンチに案内された。
テーブルを挟んで向かい側には王太子が座っている。
なぜ屋外でこんなことをしているのかと言うと、王太子と密室で二人きりになるのは息が詰まるだろうと、エレーナ様が私を慮り王太子に提案をしてくれたからだ。
私に対して嫌なものも見るような、何とも言えない視線を向ける王太子。
それにイライラしているのか、ベンチの肘掛けを人差し指で小刻みに叩いていた。
今はいつものように、それに対抗してはいけない。
私は目線を下に落とした。最近はテーブルの角ばかり見ている気がする。
「これがなんだかわかるか」
そんな私の目の前のテーブルに、王太子がバサッと書類を投げつけた。
「ロイドとヒューバートが提出した文献だ。その中に『王家の秘宝』には悪魔が封印されいると言う記述があった」
「さようでございますか」
二人は証拠になるものを本当に見つけ出してくれていた。
「今回の事件は、それを信じ危惧した貴様が、闇に葬り去ろうとしてやったことだと、関わっていた者たちが口をそろえて進言している。それに相違ないか」
「間違いございません」
「だとしても、なぜ勝手なことをした」
「正攻法をとったとして、そんな不確かな話で王家の秘宝を処分することができるとは思えませんでしたから」
「しかし、貴様には味方が多かっただろう。自ら手を下すこともなかったはずだ。本当は王家の秘宝を使用するつもりであったのではないのか。薄いとはいえ貴様にも王族の血が流れているのだからな」
「まさか、そんなこと思ってもみませんでしたわ」
王太子に言われて、初めてその事に気がついた。私はいろいろな意味で驚く。
私にも悪魔を呼び出すことが可能だったかもしれない。
それに、私が王家の秘宝を欲しがった理由としての仮説に説得力があったからだ。
王太子がただ単に私のことを嫌っているから糾弾の手を緩めなかったわけではなかったようだ。
「そうであったとしても『何でも望みが叶う』はずがない。あれはそう言った甘言に惑わされないための試金石で、なんの価値もないただの石だ。残念だったな」
なるほど、王族にはそう思われていたから、今まで使用する者が出なかったのか。
「どちらにしろ、貴様の行いは赦されることではない。手を貸した者たちもだ」
「その事ですが、今回の件はすべて私ひとりが計画したことです。ですから私ひとりに罰を与えていただけませんでしょうか」
私の言葉に王太子殿下の肘掛けを叩く指が止まった。
「貴様はそんな人間では……いや、そうだから周りに人が集まるのか……」
え? それはボッチの私に対する遠回しの嫌味なのか?
「貴様が庇っている者の中に、レオも含まれるのだろうな」
「もちろんですわ」
「あれは貴様に甘いからな。宝物庫の中の物を自分が渡したと譲らないのだが、もしそんなことが公になればレオの立場が悪くなってしまう」
王太子が言うように、王太子派が嬉々として上げ足を取りに来ることは目に見えていた。
私が公爵令嬢の身分を使って唆し、勝手に持ち出したということにした方が王家に争いの種を撒かずに済む。
これは王太子が、レオグラス殿下を守るために必要な取引なのだろう。
「すべては私ひとりが企んだことですわ。皆は私のわがままに振り回されていた被害者でしてよ」
「それでいいのだな」
「ええ、本当のことですもの」
私に協力していたロイドやジェイル、ヒューバートにコパル、そしてリコットに罪が及ばないように、私ひとりが罰を受けることで取引は成立だ。
「沙汰は追って下すが、伝えたいことがあれば今言っておけ」
「はい」
今日の王太子はいつもと違う。こうして私と穏やかに話をしていること事態、宝物庫でのことを考えたらとても不思議だ。
レオグラス殿下のためだと思うけど、それならそれで有り難いので、私は王太子の気持ちを逆撫でしないように言葉には気をつけた。
そのあと、お互い納得がいくように話を擦り合わせて、話し合いは終わりを告げる。
私が牢屋に入れられてから二日後。
「ルビー・アルマローレ、一臣下である身分にもかかわらず、王族を唆し宝物庫への侵入した罪。そしてその中にあったものを勝手に持ち出した罪で、貴様を貴族社会から追放することにした。これより、アルマローレ家からその名を抹消するものとする。今後は公爵家の血族として振舞うことは許されない。わかったな」
「重々承知しております」
「うむ。――しかし、持ち出された『石』も元に戻ったことだ。それに持ち出さなければならなかった理由についても各方面から証言を得ている。聖女からの口添えもあり、情状酌量の余地として自由だけは取り上げないこととした。アルマローレ家が貴様を保護したとしても、それについてこちらが関与することはない」
「過分なるご厚情、ありがとうございます」
今回の件、采配はすべてパトリック王太子殿下に託されていた。
王族にはレオグラス殿下がうまく説明をしてくれたので、もともとこの件で騒いでいるのはパトリック王太子殿下だけだった。
だから、どうやって治めるのか、その手腕も試されていたそうだ。初めから私は裁判にかけられる予定もなかったらしい。
結局、宝物庫へ入り込み、そこから『石』を持ち出したことは事実。あの騒ぎを見ていた者も多かったから、世間を騒がせたことに対する処罰をしないわけにはいかない。
この件が万が一冤罪だったとしても、私が拘束されて牢に入れられた話が、貴族間にここまで広がってしまった以上、王族であるパトリック王太子が「あれは間違いだった」と、認めるわけにはいかなくなった。
感情的になって、罪がない者に対してそんな扱いをしたとなれば王太子の信用が地に落ちるだろう。
逆にもし私との間に問題がなかったとしても、いずれ国王となる身の王太子が、私情で犯罪者を見逃すこともあってはならない。
だから王太子に知られてしまった時点で、何もなかったことにはできなかったのだ。
私の処分は妥当だと思う。
返還した石はもちろんコパルに用意してもらった偽造品だ。パトリック王太子殿下はそれを承知の上で、私に恩情を与えてくれた。
あの石に力があるとは、ゲームの話を知る者以外は誰も思っていない。もともとただの石だと思われていたから、なんでもよかったようだ。
だけど、現場で手を貸したジェイルだけは、罪を問われないかわりに、レオグラス殿下の護衛の任から降ろされることになった。
裏切り行為を働いた者を、レオグラス殿下の側におくことはできないと言うことらしい。
すべて片付いたので、やっとジェイルに会うことが出来る。
廊下の先にジェイルの姿を見つけた私は、自分でも気づかないうちに走り出していた。
そしてその腕の中に飛び込んだ。
「ジェイルを巻き込んでごめんなさい」
「何もできなかった私になど謝らないでください。ルビー様だけが罰を受けるなんて承知できません」
私は首を横に振る。
「ジェイルが罪に問われた方が私はつらいわ」
「今度こそ、ルビー様のことは命に代えてもずっと私がお守りします」
「ええ、ずっとそばにいて。でも命はかけるのはだめよ。貴方を失いたくないわ」
もう離れたくない。
ロイドたちはそんな私たちの気持ちを察したのだろう。
その場には私たち二人だけが残されていた。




