06 ヒロインの幼馴染
リコットが学院にいないなら仕方がない。
私は放課後、リコットの幼馴染のところへロイドと一緒に会いに行くことにした。いきなり理由もなく公爵令嬢の私が準男爵家を訪れるわけにもいかない。しかも全く面識がない相手なのだから。
その攻略対象でもあるリコットの幼馴染、名前をラザーと言う。五つ年上で私の知り合いでもある。
ゲームの中で、リコットが営利目的で誘拐されるイベントが発生して、それをラザーが救い出すのだけど、私がいろいろと邪魔をしているので、万が一助けに行かなかったら大変なことになってしまう。だから念のため根回しをしておいたのだ。
その時に少し話しただけだから、向こうはこっちの素性をしらない。リコットと同じ準男爵家の子どもだと思っているだろう。
「え? あなたラザーなの?」
ラザーの家を訪ねると、彼は驚くほど荒れていた。
濃茶色の髪はボサボサ、ひげは伸びっぱなし、頬はこけ空色の瞳は濁っていて身体からはお酒の匂いが漂ってくる。
攻略難易度ほぼゼロと言われるだけあって、ヒロインのことが大好きだったからやさぐれるのも仕方ないか。
「ああ、あんたらか。なんでリコットばかり不幸になるんだろうな。俺が不甲斐ないばかりに変態の嫁になるんだとさ。もう会わせてももらえねえよ」
そう言いながら家の中に入れと促された。色んなものが混ざり合った何とも言えない匂いがする。思わず鼻に手をやりそうになったけど、頑張ってこらえた。
だけどそれは私だけではなかったらしい。
「ラザーさん、これじゃ不健康です。空気入れ替えますよ」
ロイドはラザーの返事も聞かず、脱ぎ捨てた服なんかで床が見えない状態の部屋の中に踏み込む。そしてすべての窓を全開にしてくれた。これでなんとか息ができそうだ。
「お前たちもリコットのことが心配で会いに来たのか」
「そうなのですが、実は私たちリコットさんとはただの同級生で友達というわけではありません……」
「ふーん。どっちにしろ俺にはもう関係ないことだ」
現在ヒロインであるリコットの心配をしているのは、近所の優しいお兄さん枠であるラザーただ一人だけだ。
ほかの攻略者と違って地位もなければ金もない。それでも働き者だから生活していくのに困りはしない。
あるのは誠実さと優しさと愛情。それに見た目もいいから平民の中では間違いなく優良物件。
だけど、それだけでは借金を抱えたリコットを救い出すすべがなかった。
「おまえたちはここに何しに来た」
「同年代の少女が辺境伯に嫁ぐなんて可哀そうなので、どうにかできないものかと相談しに来ましたの」
「遊び半分か」
「違いますわ。本当に本気で救い出そうと思っていますのよ。ただ、私たちには相応の力がないのでラザーさんの手を借りようと思ったのですけど……」
「ルウ帰ろう。この人にはもうそんな気力はなさそうだ」
「そのようね」
椅子に座ることもできずに、入口で立ったまま話していた私たちは、ドアから出ていこうと後ろを向いた。
「金さえあればリコットを幸せにできるはずなんだ。リコットの家の借金を返すためならどんなに過酷な仕事だって俺はかまわないと思っていたさ。でもどうしたって時間がたりないんだよ」
ラザーがガラガラになった声で呻くように吐き出した言葉に私たちは振り返った。
頭を抱え、汚れたテーブルにポタポタと涙のシミをつくっているラザーの姿をみたら胸が痛くなる。
この人は本気なんだ。
さっきの話からするとリコットと会うことができないみたい。だから誰を攻略していても最後の最後でラザーを選ぶ裏技を使えばハッピーエンドにすることがまだ可能なはずだ。
それにはまず二人を会わせる必要があった。こうなったらサーフベルナ家に訪ねていくしかもう手段がない。
ロイドを見ると私の考えを察したのかしっかりと頷いてくれた。