20 攻略対象者
「そろそろナジュー辺境伯領に入るそうだ。ルウわかっているな」
「行動を慎めというのでしょ。わかっていますわ」
リコットの婚約の話を聞いてからというもの、私は『乙女ゲームのルビー』の皮が剥がれかけていた。悩むことが多すぎて取り繕うことが出来ずに前世の私の性格が表に出てきてしまう。
実際、いま馬車の中では私たちのやり取りを見ていたジェイルとバンシーさんは苦笑いをしていた。
「とりあえずこのまま辺境伯の館がある都市まで行きましょう。それからリコットがどうなっているか調べたいわ」
「ひとつ手前で馬車は預ける方が目立たないな。かなり歩くことになるけど平気か」
「ええ、私なら大丈夫よ」
貴族令嬢は意外と体力が必要なのだ。
公爵令嬢ともなれば社交の場で、ヒールの高い靴にコルセットで締め付けたドレスを着て、ダンスを踊り続けなければならないこともある。それも上位の貴族になればなるほど、美しく見えるように踊らなければ失笑されてしまう。
令嬢の中には最初の一曲しか踊らない娘も多いが、負けず嫌いのルビーはたとえ最初から最後まで踊り続けたとしても息が切れないほど鍛錬を積んでいる。
ルビーの素質があったので私はダンスを楽しみながら高みを目指すことができた。
「反対するわけではありませんが、そこまで慎重にならないといけませんか?」
ジェイルが不思議そうに尋ねる。
「普通に訪ねて行ったとしても私はリコットに会わせてもらえるかわからないの。それにロイドを醜聞から守らないといけないわ」
「「「?」」」
「ルウ? ちょっと……整理しようか?」
今までの行動でロイドがリコットに懸想していると思っている人が少なからずいて、下手をするとロイドがリコットを追いかけてきたと誤解される可能性がある。そのことを私が説明をすると納得してもらえた。
何か裏がありそうなナジュー辺境伯爵に私が暗躍していることもできるだけ伏せたい。家同士の問題になると困るからアルマローレ家の名前をできるだけ表に出したくないのだ。とも訴えた。
「ルウ様のおっしゃりようでは、ロウ様はリコット嬢にお気持ちがないのでしょうか」
「ああ、ないな。殿下に嘘をついたことになるが」
あれ、ちょっと待って。
ロイドは攻略対象者なんだから私が邪魔しなければ、これから恋心が芽生えてリコットと幸せになる可能性もあるのかしら?
考えてみればここには、ロイド、ラザー、ジェイルと、攻略対象者が三人も揃っている。
もしかして、この中の誰とでも大丈夫なんじゃない?
「それでは、そもそも何故リコット嬢にお会いにならなければいけないのですか」
予定外に私の護衛についたジェイルには何も説明していなかった。バンシーさんや護衛騎士たちも詳しくは知らないはずだ。
「端的に言えばリコットを幸せにするためよ。あの子は私のせいでナジュー辺境伯に嫁ぐことになってしまったの。監禁されていて会えないなら乗り込んででも助け出すつもり」
「いや、できるだけ穏便にやるから……とりあえず御者をしてもらっているラザーさんとリコット嬢を会わせたらいいんだよな」
「…………そうね。たぶんそれで目標は達成されるはずよ」
実はロイドやジェイルでもいいのかもしれないけど。
「話をお聞きしていても良くわからないのですが、引き続き護衛をして、ルウ様の暴走も止めるということでいいですね」
ジェイルがバンシーさんに目配せして、それにバンシーさんが頷く。
「ああ、二人ともよろしく頼む」
「…………」
確かに自分でも暴走しそうだと思うのでジェイルの言葉を否定はできないが、肯定もしたくない。
私は沈黙を貫いた。




