02 アルマローレ家
私と兄のロイドは先代のアルマローレ公爵である、お爺様のお屋敷で今は暮らしている。現アルマローレ公爵であるプロシオ・アルマローレから私たちを引き離すために、お爺様が引き取ってくれたからだ。正確に言えば『ロイドを保護するため』なんだけど。
私も一緒にこちらのお屋敷で面倒をみてもらっている。
なぜ、そんなことになったかと言うと、私たちの母アンナリリー・アルマローレが双子の出産時に命を落とし、儚くなってから、最愛の人を亡くした父が精神を病んでしまったからだ。
父、プロシオ・アルマローレと母、アンナリリー夫妻は、十代で結婚してからずっと子供を授かることができずにいた。それでもアンナリリーを愛していたプロシオは離婚もせず、愛人も作らなかったし、跡取りができないことを、社交界で悪く言われていたアンナリリーを守り続けてもいたらしい。
そんな時、二人が三十代になる直前、アルマローレ家に幸せが舞い降りた。アンナリリーが懐妊したのだ。
親戚はもちろん親友や公爵家の使用人たちも、この慶事に喜ばないものはいなかった。
しかし、喜びもつかの間、アルマローレ公爵家の幸せは私たち双子が産声をあげた瞬間にアンナリリーの命とともに消えてしまう。
私たちがこの世に産まれ落ちたとき、とても祝福される状況ではなかったようだ。父のプロシオは私たちのことなんか目にも入らず泣き叫ぶばかりで、使用人たちもそれを悲痛な思いで見つめていたらしい。
父にとって私たちの存在はどうでもよく、周りに促されてつけられた名前もかなり適当なものだ。出産直前までは母と名前の候補をいろいろと考えていたはずなのに、それは使わず、母親似でプラチナの髪に空色の目をした兄は灰色からロイドと名付けられた。きれいな白銀の髪なのに灰色なんてどれだけいい加減なんだか。私だって目が赤いからってだけでルビーだし。
それでも父似の黒髪にルビー色の瞳はとても気に入っている。ヒロインと対を張るくらいだから美少女には違いなかった。
すべてを忘れたいのか私たちのことは顧みず、仕事に集中して幽鬼のような風貌になっていく父親の代わりに、もともと用意されていた乳母と数人の侍女たちに私たち双子は面倒を見てもらい、公爵家の片隅でひっそりと育てられた。
父が赤子の泣き声がうるさいと癇癪を起したために、書斎から離れた小部屋に追いやられていた私たちは家族の愛情なんて知るはずもない。
このころの父の寝室と書斎は母の肖像画で埋め尽くされていたらしい。それだけでもどうかと思うけど、私たちが三歳になったころ、父の狂気はますますひどくなっていた。
私たちが子供のころは、前公爵のお爺様とお婆様は馬車で三日もかかる南の領地に暮らしていて、会えるのは年に数回だけ。父から家族として扱われることがなかった私たちは、領地に連れていかれることもなく、二人との交流はあまりなかった。
父はお祖父様たちが王都の屋敷に訪れるときは、顔を合わせないように仕事にかこつけて家に帰ってこなかったそうだ。
苦言と再婚をほのめかすお爺様を避けていたらしい。
もともと貴族家では、父親が幼い子供にかまう時間があまりないので、父の態度は咎められるほどのことでもなく、この時はそれほど問題視されることもなかったようだ。
私たちが三歳を過ぎたころ『自分はアンナリリー以外を妻にする気はないから、唯一の跡取りであるロイドに、領主としての教育を始めたい』と父がお爺様に言ったそうだ。
お爺様は悲しみに明け暮れていたプロシオがやっと子どもたちに目を向ける気になったかと安堵したと言う。
『教育を始めるにしてもまだ少し早いからほどほどにしておけ』と忠言だけして、お爺様とお婆様は領地にもどったらしい。
実際はアンナリリー似のロイドが、アンナリリーの身代わりでドレスを着させられて、表情や仕草がアンナリリーとは違うと言うだけで折檻されていたし、双子の片割れである私は相変わらず父の中ではアンナリリーを失った憎しみの対象とされていた。
だけど七歳の時に二人でお爺様に助けを求めて保護してもらってからはずっと幸せに暮らしている。
ゲーム通りだったら私が初めてロイドの女装を知った時、嫌悪感からロイドを拒絶して、二人の関係は修復不可能に陥るはずだった。ルビーはロイドを忌避して蔑み続けるし、ロイドの方も、何も知らずにひどい言葉を投げつけてくるルビーにたいして徐々に心を閉ざしていった。
最終的にルビーは、ヒロインが幼馴染以外の攻略対象者を選んだ場合、悪行の証拠をロイドに集められてしまう。王家にそれを提出されたせいで断罪される。
私の記憶の中のルビーには、幸せだった時期なんてほとんどなかった。