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15 攻略対象者 ロイド 1

 俺はロイド・アルマローレ。


 双子の妹のルビーがどうすれば幸せになれるのか、むかしからそればかり考えている。


 ルビーを危険な目にあわせてしまったことで、ずっと変わることがなかったこの気持ちを再認識した。

 だからだろうか、久しぶりに幼いころの夢を見たのは……。




 幼かったころ、俺たちは双子であったにも関わらず父からはまったく違う扱いをされていた。


 幼少期の俺が父の愛情を欲していた頃の話だ。

ある日、父の書斎に呼び出された俺はドレスに着替えさせられた。それは母の肖像画を描かせるために、容姿が似ている俺を、画家のモデルにするために始められたこと。


 父の記憶の中で美化されていく母の姿を、おかかえの画家には描ききることができなかった。画家は自分の記憶だけを頼りに肖像画を描いては、父にズタズタに引き裂かる。それを何度となく繰り返していた。


 そんなとき、母似の俺が父の目にとまったんだと思う。


 初めは気にならなかった女装も年齢を重ねていくうちにそれが異常なことだと気がついた。

 だけど、ドレスを着るのを嫌がったり、少しでも父の気に障る表情をすれば腕や足の目立たないところに折檻された。


 そのころの俺は父の求めている、『アンナリリーの代わりに、ただ微笑む』という要望に応えられない自分が悪く、双子なのにルビーのように頭がよくないから怒られるんだと、自分自身を卑下していた。もともと消極的な性格だったから心を閉ざすことでなんとか自分を保っていたんだと思う。


 誰にもそんな自分を知られたくなかったから他の人に助けをもとめようとは考えなかった。

 それに父が暴力をふるう時は周りに人がいない場所で行われていて、画家には口止めを、俺の着替えを手伝っていた侍女たちは父が脅して虐待の事実が発覚しないようにしていたようだから、妹のルビーからは父にただ可愛がられているだけだと思われていたはずだ。


 母親似の俺を愛でる眼差しと、ルビーに向ける正反対の刺すような視線を考えれば、ルビーもまともに育つはずがなかった。


 六歳になったルビーはいつものように公爵家の端にある自分の部屋で、祖父からプレゼントしてもらった本を読んでいた。

 先月、誕生日を迎えたときにたくさん贈ってもらったみたいで、父が在宅の時には間違って会うことがないように部屋にこもって大人しく過ごしているようだ。


 貴族家では当たり前の誕生日会なんてものはもってのほか、父からはプレゼントすら届かない。ルビーは今年こそはと期待する気持ちがあったのかとても寂しそうにしていた。


 対して俺は誕生日当日に父から呼び出された。父との関係は絶対にルビーには話すことができなかったから、ルビー抜きで誕生日会を開いているんだと誤解されていたようだ。


 ルビーの味方は乳母のセリンだけだ。公爵家に使えている侍女も侍従も父の顔色を窺って僕には甘く、ルビーとは私的な会話を嫌がり、腫れ物に触る扱いなのも知っている。


 屋敷の中で孤立していくルビーだったが、父に傷つけられた痕は見られたくなかったし、八つ当たりで酷いことを言ってしまいそうで、だんだんと避けるようになっていた。


 こんな状況ではルビーが俺に当たってしまうのは仕方がないことだと、幼いながらも頭ではわかっていたのに――――。




「ルビーはもうこんな本を読んでいるのか」

「左様でございます。学ぶことがお好きなようで、なんでも歴史学の先生を探しているとか」

 思わずつぶやいた言葉に、俺つきの侍女がそう教えてくれた。


 ここはルビーのお気に入りの温室。

 何冊か置きっぱなしにしてあった本のページをめくってみたが、難しい文章で書かれていて、俺にはまだ読むことができなかった。


「あらお兄様、ごきげんよう。お父様に直々にお勉強を教わっているお兄様が何をおっしゃっているのかしら。この程度の文学書なんて読み飽きてしまいましたわ。私が男であったなら立場が逆だったかもしれないわね。ねえ、そう思わないお前たち」


 そこへやって来たルビーが自分の侍女たちに話をふっても返事はない。俺を貶める発言に同調する者がいるはずもないんだけど、ルビーの方が出来がいいのは周知の事実だったから、俺を見て満足そうに笑った。


「ルビーには無理だ」


 いつも高飛車な妹が実はとても傷つきやすいことを知っている。もし、父から俺と同じ扱いをされたとしたら、きっと今以上に精神を病むに違いない。


「そう思いたいならご勝手に。お父様の愛情にかまけて努力を怠っている人間が、公爵家を継ぐなんて世も末だわ」

「僕のことが嫌いなら仕方ないけど、僕はルビーのことだけは家族だと思っているんだ。それだけは覚えておいて」


 胸の奥から絞り出すように言葉を吐き出して、ルビーのもとから薔薇が咲きほこる庭園へと逃げ出した。


「家族だと思っている? よく言うわ」


 後ろからルビーの独り言が聞こえてきたけど振り返ることはできなかった。


 親から疎まれていたルビーが、溺愛されていると思っている俺にだけは負けたくなくて勉強を必死に頑張っていたのも知っている。暇さえあれば本を読んでいたので、たぶん俺たちの年齢にしては辛らつな言葉も多く知っているのだろう。だから俺が傷つく言葉ならいくつでも思いついたんだと思う。

 俺をやり込めるたび、自分より劣っている俺を見下すのが楽しそうだった。六歳にしてそんな楽しみしか残っていなかったルビーはなんて悲しい公爵令嬢だったんだろう。



「ルビーお嬢様も大きくなられましたので旦那様からお暇を言い渡されました」


 ある日、ルビー唯一の味方だった乳母のセリンから、そう告げられたルビーは、熱を出して倒れてしまった。


 セリンが父にルビーの扱いについて進言したせいで、不興を買ったのが解雇の理由だそうだ。


 ルビーは頼りであったセリンを失ってしまって、これからどうなってしまうんだろう。


 そう思っても俺にはどうすることもできなかった。


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