10 情報収集
学院の休日は前世と同じく土曜日と日曜日。
だから休日となった土曜日の今日、私はお婆様と一緒に誘われていたオルグレン侯爵夫人のお茶会に参加している。
『学業が忙しい』と一度は私だけお断りしていたのに、お婆様にお願いして、後から無理やりねじ込ませてもらったのだ。
「お返事を撤回してしまい申し訳ございません。どうしても侯爵夫人にご挨拶したかったので無理を言いました」
「いいえ、全然かまわないわ。わたくし、ルビーさんがいらしてくださって、とても嬉しく思っているのよ」
普段は苦手としている貴族同士のお茶会も、今回に限っては情報を入れる手段として使わせてもらう。
私が学院で下位クラスにいることは有名なので、貴族の間では私は頭が弱いと思われている。
いままでずっと『上のクラスを目指して勉強を必死にやっている』が意外にも断り文句で有効だった。
「わたくし、いつも不思議に思っているのよ。こうやってお話ししているとルビーさんはとても聡明ですのにね」
「誰に似たのか、孫のこととはいえ、不出来でお恥ずかしい限りですわ」
侯爵夫人の言葉にお婆様が困った口調で返す。
「マナーがなっていないご令嬢の方が恥ずかしいと思いますわよ。ルビーさんは淑女としてとても素晴らしいのですから。私もルビーさんのような娘が欲しいと思っておりますもの」
「得手不得手は誰にもございますでしょ。ダンスがとてもお上手だって聞いてますわよ」
伯爵夫人たちが侯爵夫人に続き、表面上は褒め言葉を連ねる。
「みなさま、ありがとうございます。私にはもったいないお言葉ですわ」
ゲームの中のリコットを真似て、私は少し目を潤ませながら、しおらしい態度で謙遜する。
今日のお茶会はご年配のご婦人方ばかりなので、可愛らしい態度が好まれるはずだ。
「それでご相談したいことがあるのですけれど。みなさまはサーフベルナ家のことはご存知かしら? うちとは違ってとても優秀なご令嬢がいらっしゃるそうなのだけれど」
お婆様がちらっと私の方を見て、リコットの話にうまく持っていってくれた。
「彼女、学年でいつも一番ですのよ。お友達としていろいろ教えてもらいたいのですが、私、お話したことがありませんの。ですからどんな方か知りたいのです」
「まあ、わたくしはてっきり辺境伯の後妻の話のことかと思ってしまいましたわ」
「辺境伯の後妻? どういうことですの?」
私はとぼけて返事をする。
「ご存じない? その優秀なご令嬢が辺境伯に嫁ぐことになったそうよ」
「え!?」
少し大げさに驚いて見せてから、「取り乱して、申し訳ございません」とすぐに謝罪した。
「同じ年齢の貴女からしたら、驚く話かもしれないわね。初めは跡継ぎではないご子息の相手にって話が、なぜか辺境伯の後妻ってことになってしまったんですって」
「なんでも辺境伯がその令嬢に昔から目をつけていたそうで、サーフベルナ家の借金をいいことに、無理強いしたようだと聞きましたわ」
「両家は交流があったのですか?」
「サーフベルナ商会にはナジュー家の特産品が卸されていたそうですし、つながりはあったと思いますわよ」
「幼いころからとても可愛らしいお嬢さんだったのですって。父親よりも年上の方に嫁ぐなんて思ってもみなかったのではないかしら」
「殿方はいくつになっても、困ったものだわねえ」
「男性だけとは限らないのではなくって? どこの誰とは言いませんけど、ある未亡人も十五も年の離れた青年を連れて歩いているわよ」
「みなさん恥じらいってものがないのかしらねえ」
「ですがサーフベルナ家の娘もいい話は聞きませんわよ。王太子殿下に馴れ馴れしくしていたそうですし。方々で色目を使っているなんて噂が流れていますもの」
「娘から聞いたのだけれど、婚約者がいる方とも気やすいそうなの。お相手のお嬢さんが悲しんでいたそうよ」
リコット、攻略対象者とは距離を置いていたみたいだけど、男子学生とは仲良くしていたそうだ。そんな噂話は私の耳にも届いていた。
「そう言えばルビーさんもまだ婚約者がいらっしゃらないのでしたかしら」
「お話はいただいておりますけれど、まだ決めかねていて」
「そうでしたの。ルビーさんでしたらお相手には困りませんものね」
私は少し目を伏せて微笑み返す。
自分に話が振られた時は「うふふ」「おほほ」とうまく煙に巻きながら答えるのが面倒くさい。だからお茶会は苦手なのだ。
「ナジュー辺境伯はどんな方ですの」
「普段は辺境に籠っているし、王家主催の舞踏会に出てもすぐに帰ってしまって、久しい付き合いのある人があまりいないので人柄はよくわからないわね」
「でも、あそこは表向き医薬品や化粧品を製造しているのだけれど、陰では禁止薬物も流しているそうなのよ。ここだけの話だけど、実は領地で麻薬の原料になる植物の栽培が見つかって摘発もされているの」
「公になっていないのは、あそこは北方地方の防衛の要だから、何か裏取引があったのでしょうね。そんな怪しげな領主だわ」
「そんな方の元へ……お可哀そう」
「そうですわね」
その後も噂話に花を咲かせてから、お茶会はお開きになった。
ご婦人たちの言葉をまとめると、リコットはいつの間にか辺境伯に見染められ、手ぐすねを引かれていたということだ。
ヒロインだから意外なところにも恋愛のフラグを立ててしまっているのかもしれない。
それがよりにもよって怪しげな辺境伯とは本当にリコットが可哀そう。




