100人の私とパラレル超会議
「えーと」
かなり広い会議室。というか国会か何かの議場?
なんとなく騒がしい場内に、女の子がたくさんいる。
年齢や服装なんかはみんなバラバラ。
「えーと、これは……」
問題は、その女の子たちが、たぶん全員私だということだ。
隣にいた自分が、私に気がついた。
「あ、新入りー?」
とりあえず頷く。
自分に話しかけられるとか、違和感がすごい。
「あの、ここって……」
「たぶん会議室……かな!?」
うん、全然わからない。
声に出さなかったわりには、
「うん、私にもわからない!」
と、明るく返事されて、さすが私、考えてることがわかる。と妙なところで感心する。
改めて室内を見渡すと、前方には巨大スクリーンがあって、映像が流れている。
よく見ると、運動会やら遠足やら、どうやら過去の私がダイジェストでホームビデオ的に放映されているらしい。
「あれ、あなたかー」
「たぶん?」
ここにいるのは全員自分なのに、この公開処刑感。
前の席に座っていた自分が振り向いた。
「あの『走馬灯』は新しい私がここに来ると、必ず放送されるのよ。あなたで99人目だから、99回目ね」
私より10才くらいは年上に見える私が、教えてくれた。
新しい私?99人目?
それよりも……
「そ、走馬灯……?」
「ん、そーだよ!」
最初に話しかけてくれた私が頷く。
「ここに来た私は、みんな死んじゃってるから!」
そんな良い笑顔でサムズアップして言う台詞ではない。
「うーん……」
死んじゃってるのか。
眉を寄せて、考える。
「……そうだった…っけ……?」
「記憶が飛んでるあたり、事故か何かかしらね、あなたの『走馬灯』を最後まで見ればわかるけど」
年上私が言った。
「ちなみに私は過労死よ」
「私は、失恋!ブレイクハートからのダイブー!」
「…………」
ちょっと私の死因は思い出せないけど、とりあえず考えるのをやめた。『走馬灯』を見ればわかることだし。
「それで……これは……ここは……何の集まり?」
「ほんと分からないよね。はい。これ、レジュメ」
年上私から、紙の資料を貰う。
「前の机にまだ何枚か置いてあるよー」
「誰が作って置いたのか、わからないのよね。書いてあることをそのまま信じるなら、神☆らしいんだけど」
私は、ぱらぱらとめくって読み始めた。タイトルは、
「パラレル超会議?」
えーと?
貴方は別世界に転生できます?
でも、また貴方自身にしか生まれ変われません?
「ずいぶん限定的な……」
並行宇宙的な意味の、それも、私が存在して以降の分岐による世界なら、たしかにまったくの別人とはいかないのかもしれないが。
「ラノベだともう少し融通が利くのにね」
年上私が苦笑している。
私はレジュメを読み進めた。
各並行世界から無作為に100人の貴方を選びました?
「無作為に選ばれちゃったかー」
「ねー!こんなことなら、生きてる間に抽選とか、もっと応募しとくべきだった!」
「え?」
「だって、そこで当たってたら、今回選ばれなかったかもしれないよ!」
「そういう問題かなあ」
私は眉を寄せて、続きを読んだ。
100人中で一人だけ、記憶を持ったまま転生できます?
100人で相談して、誰が転生するか、決めてください?
私は読み終わった。
「どうも、あなたはバナナの皮で滑って転んだみたいね。打ち所が悪かったのね」
レジュメを読んでいる間に、前方の『走馬灯』が死亡時のシーンまで進んでいたらしい。
「えぇ……」
まさかそんな古典的な。
見ているのが全員私でも、これはさすがに恥ずかしい。
大勢いる私のうち、けらけら笑う私と生暖かい視線を向けてくる私が半分半分。
「うぅ死にたい……」
「もう死んでるよっ!」
私からの追撃。きつい!
「あ、また一人来たみたいよ?」
年上私がすかさずフォローしてくれた。さすが年上の私。
前方の『走馬灯』が再びホームビデオ的な映像を流し始めた。
「これで100人目ね」
「やっと会議に入れるー!」
長編放映後の映画館のような、開放感ある室内のざわめき。
でも、私は来たばかりなので、『走馬灯』に見入った。
テレビなら時報にあたる部分に、100という数字が出ていて、どうやらこれが人数らしい。
さっきは自分の映像だったので、直視できずに気がつかなかった。
100人目の私も、始めのほうはやはり運動会や遠足の映像だ。そのうち、高校の卒業式、成人式、と続いていく。順当に年を取って、どうやら80代?と思われるあたりで亡くなったようだ。
私もバナナの皮で死んでいなかったら、こんな感じだったのだろうか?
「皆さんよろしいですか?」
『走馬灯』が終わると、一人の私が前方に立った。
リクルートスーツを着ている。
「全員私なので、自己紹介はいらないと思いますが。私は、ここに1番目に来た私です」
なんとなく、拍手。
でも、自分に拍手するのも変な気分。
「私が来たときには、もうレジュメと『走馬灯』だけ用意されてまして、神☆って何なの!と思いましたが」
同意してこくこく頷く私があちこちにいる。
「色々試した結果、この部屋から出られないので、どうやらレジュメの通りにするしかないと思われます」
ざわざわ。
「なお、レジュメの通りにしても、この部屋から出られる保証はないと、4番目の私から提議を受けていますがー……」
ざわざわ。
「さしあたってやることもないので、会議をしたいと思います。それで良いと思う私は、拍手~」
大きな拍手。全員賛成したらしい。拍手していない私は見当たらない。
並行世界の私たちとはいえ、基本は皆私なので、たぶん意識や行動は大同小異なのだ。
「では、賛成をいただいたので、会議を始めたいと思います」
そして会議が始まった。
「えーと、まずは一人一人順番に意見を聴こうと思います。その後、出た意見を議論して、多数決で転生する私を決めたいと思います。まず1番目の私から」
1番目の私はそのまま話し始めた。
「私の『走馬灯』は誰も見ていないと思うので、簡単に言うと、私は事故死です」
1番目の私は残念そうに続けた。
「第一志望の企業の最終面接が終わった後に、事故に巻き込まれました。だから、やり直したい気持ちもあるんです」
1番目の私は、でも、と続けた。
「第一志望の企業に入社して、その後に過労死した56番目の私がいたので…」
年上私が、あっ私?という顔になる。
「そう言えば私、最終面接の後に事故目撃したわ。駅でトイレに寄ってなかったらその時死んでたのね…」
年上私がつぶやいた。
1番目の私が続ける。
「なので、私は考え直しました。若くして死んでしまった私より、一番長生きした私に転生してもらえば、ほとんどの死亡フラグを回避して【正解のルート】で生きていけると思うからです。私からは以上です。」
拍手。
私は考えた。確かに、バナナの皮以降のことを知らない私よりは、長生きした私が転生したほうが良いような気もした。
「では2番目の私、お願いします」
「はい。私が2番目ですが、私は……」
各自簡単な死因の紹介と、誰に転生してほしいか、という話が淡々と続いた。
誰が転生したらいいかわからない、という意見と、最年長がいい、という意見。
あとは、自分こそ転生したいという意見。
37番目の私は、ブレイクハートからのI can flyした例の私だった。
「たった一度断られただけで、諦めて絶望しちゃったけど!何度でも告ってみるべきだったと思うので、私が転生したいと思います!」
と、力強く意見を言った。
しかし、40番目の私が、
「あんなに何度も告ってOKをもらわなければ良かった。二股されて、貸したお金も返ってこなくて、生きてるのが嫌になるくらいなら、一度目で恋愛なんか諦めるべきだった」
と、【何度も告白ルート】も、BAD ENDだったことを明かしたため、37番目の私はすぐにしぼんでしまった。
きっと、『走馬灯』で同じ内容が流れたはずだけど、見てなかったんだろうなあ……
56番目の年上私が、ぎゅっと抱きしめて慰めている。
さすがに100人もいると、選択しなかったほうの人生も、およそ網羅されている。
自分こそ転生したいという意見は、人数が進むにつれて、立ち消えていった。
「えーと、次は……51番目の私、お願いします」
順番は半分まで進み、51番目の私は60代くらいだった。
「51番目の私ですが、私は65才で病死でした。年長者に転生をお願いしたい私もいるようだけど、長く生きれば、それが【正解】という訳でもないと思います」
私たちは静かに私の話を聴く。
「死の分岐を回避するだけなら、『走馬灯』で見た100番目の私の人生を、ほとんどなぞるだけになる。私と100番目の私の人生は、死の分岐以外、50年以上同じだった」
51番目の私は、言葉をついだ。
「心残りはいつだってあるけど、たった一度だと思うからやれたこともある。私は精一杯やったと思う。私には、まるっきり同じ50年をもう一度は送れない」
51番目の私の声は、明るく強かった。
「途中で選択を誤って死んじゃってもいいから、まったく新しい人生を送ってみたい。そんな私が転生したらいいと思います」
拍手。
私は考えた。
持っていける記憶がある、まったく違う新しい人生。
宝くじの一等当選番号や、上昇する株の銘柄、競馬の大穴、どれひとつとして、はっきりくっきり覚えているものはない。
強いていえば、大きな自然災害の場所や日時は覚えているが、どれほど役に立つか……?
学問の知識も、義務教育中くらいは天才で通るかもしれないが、高校大学と進めばそれだって怪しい。
流行はそれなりに覚えているので、商品を先に買い占めれば転売ヤーくらいにはなれるかもしれないが。
色々と考えているうちに、56番目の年上私の番になっていた。
「私は56番目です。私は転生したくないです」
年上私は始めに宣言した。
「私は……私は、27で過労死しました。違う会社に入っていれば、途中で転職していれば、この年で死ぬことはなかったかもしれない。私は【間違ったルート】を選んだのかもしれない。でも」
年上私は考えるように言った。
「第一志望の企業に採用されたとき、あのときの嬉しさは本当で、仕事がうまくいったときのドヤ!っていうのは本当で……その気持ちは、私には大事なものなので」
年上私はゆっくり続けた。
「社畜って言われたら否定できないんだけど、違う人生を送れと言われても、きっと私は同じような選択をしてしまう」
年上私がちょっと苦笑した。
「その大事な気持ちなしの2周目って、私はちょっと想像できなくて、だから転生しません」
私はちょっとわかる気がした。
たとえ【即死ルート】でも、【正解のルート】ではなくても。
一度生きた間の、大事な思い入れや執着というのはやっぱりある。
それをリセットするのは、難しいことだと思う。
続く私たちの意見を聴きながら、私は考え続けた。
そして、結論を出せないまま、とうとう私の番が回ってきた。
「99番目の、バナナの皮で事故死した私ですが」
しのび笑いと、それをごまかす咳払いの2つが聞こえる。
「私にはわかりません。誰か転生したければ、その私でいいと思います。もし転生しろと言われればします。だけど、転生しても、私では……私の記憶は足を引っ張るだけかもしれない」
思ったことをそのまま口にする。
「何の記憶もない新しい私が、新しい一生を過ごすのが、一番楽しそうだと思う」
拍手。
そして最後の、100番目の私。
「100番目は私ね。私は今年95才、ここには老衰で来たばかり。私はね、いろんなことがあったのよ」
100番目の私は、一生にあった出来事をゆっくりと語った。
楽しいことつらいこと、すべての分岐に【正解のルート】を選択した100番目の私。
それでも、99番目の私は、あえて95年かけて【正解のルート】を再現したいとは思わない。
きっとだから、それは間違いではないが、正解でもないのかもしれない。
100番目の私の話が終わって、私たちは転生する一人を決める段階へと移った。
結論はそう出るものでもなく。
「多数決をとりたいと思います!それぞれ挙手をお願いします」
1番目の私がどうにか声をあげて、決をとる。
思い思いに、挙手する私たち。
瞬間。
100人の私たちは、白くまぶしい光となって天上へ消えた。
読んでいただき、ありがとうございました。