04
「あの、ミカエラ。ちょっと話があるんだけど」
マリーツァがそれを切り出したのは、前々から行こうと約束をしていたカフェに入って、ふたりとも椅子に腰を下ろし、少しの時間が経ってからのことだった。夢の話だ、奇妙で不思議な、どうやっても忘れることのできない、あの夢の。改まってどうしたの、とミカエラが首を傾げると、耳飾りも小さく揺れる。
カフェはやはり混んでいた。小洒落た内装に、見た目も可愛らしいケーキ。珈琲や紅茶の注がれたカップもひとつひとつ柄が違っており、テーブルにはそれぞれ違う花が生けられた花瓶がひとつずつ。若い女性が好む要素が満載のカフェだ。ゆったりと流れている音楽も、雰囲気作りに一役買っている。
「私ね、ちょっと、不思議な夢を見たの」
「夢?」
「……うん。ただの夢かもしれないけれど――」
マリーツァがカップに視線を落としながら、夢のはずなのにやけに鮮明なそれを言葉にしていく。
古の時代、この世界を救った光の巫女――クラウディアがマリーツァのことを「希望のひとり」と呼んだこと。セフィーラに生きる者ならば誰もが知る聖女が、酷く悲しそうに、そして辛そうにマリーツァへ語りかけたこと。最後に聖女クラウディアが言った言葉までを、ひとつずつミカエラへ語った。
そのミカエラは、マリーツァの話を真剣に聞いた。もしかしたら「ただの夢」と言われてしまうかも、とマリーツァは思っていたが、目の前にいる親友はそのようなことは言わず、黙って最後まで聞いてくれた。
マリーツァもミカエラも、聖女クラウディアや彼女を支えた巫女たちの伝承を聞かされて育った。あくまでそれは伝承と言い切る者もいれば、本当に起きたことだと信じる者もいる。
「花の神殿……って、隣町にある、あの神殿のことだよね?」
一度カップに口づけてから、ミカエラは言った。ニンファの街。マリーツァもだが、ミカエラも何度か行ったことがあった。シエル王都であるハイドランジアほどの賑わいはないけれど、美しい湖や、季節によって様々な顔を見せる花畑などが人気の街だ。
「それは本当に光の巫女様のお告げ、だったのかな」
「……分からない。でも、エテレインも不思議な夢を見たって言っていたの」
「エテレインちゃんも?」
妹の名を出すと、ミカエラが目を丸くした。
「うん。私と同じ夢じゃないけれど、変わった夢だった、って」
「夢、かあ……」
流れている音楽が変わる。マリーツァは紅茶を一口飲んで、視線を遠くへとずらした。窓の向こうには青い空。平穏な日々がここにはある。聖女クラウディアと、彼女を支えた巫女たちが守った世界。それがこのセフィーラだという。
――彼女の封印がとける日が近付いています。だからわたしは、伝えなければならない。世界の為に、未来の為に、新しい巫女となる人の子を、神々は探している。
クラウディアの言葉を、マリーツァは胸の中でもう一度再生した。クラウディアの言った「彼女」とは、いったい誰なのだろうか。クラウディアはこの世界を愛し、見つめる神々の代わりに、あのような夢を見せたのだろうか。もしそうだとしたら、なぜ、自分に――疑問は深まる一方で、頭が痛くなりそうだ。
「マリーツァ。一度、ニンファに行ってみようよ」
頭を抱えたくなったマリーツァへ、ミカエラは強い眼差しを向けながら言った。
「行ってみたら、なにか分かるかもしれないよ。ただの夢だったら、それはそれでいいじゃない。私、一緒に行くよ」
「ミカエラ……」
ひとりだったら、まず行くことはなかっただろう。行くべきなのか、それともただの夢に惑わされているだけなのか、答えを見つけることが出来ずに藻掻いているだけで終わっただろう。だがミカエラは一緒に来てくれると言う。心優しく、自分以上に自分のことを知ってくれているような、かけがえのない親友。マリーツァは大きく目を見開いて、それからこくんと頷いた。
「……ありがとう。行ってみよう、ミカエラ。一緒に来てくれるなんて、心強いよ」
マリーツァがそこでやっと微笑む。花の神殿で何が待っているかは分からない。不安がひとつもないと言えば嘘になるけれど、隣にミカエラがいてくれれば、その場でがたがたと震えて、立ち尽くすなんてことも無いだろう。
「いつ行こうか?」
やっと運ばれてきたチーズケーキに、銀色のフォークを突き立ててミカエラが尋ねる。それとほぼ同時に、マリーツァが注文したフルーツタルトも運ばれてきた。どちらも、このカフェでとても人気のあるスイーツだという。マリーツァは甘酸っぱいベリーを口に運んでから、うーん、と考え込む。流石に今からニンファまで行くことは出来ないし、と考えを巡らせていると、ミカエラがまた口を開いた。
「明日でも私は構わないけど、急かな?」
「ううん。大丈夫。確か、ハイドランジアは明日もいい天気らしいし。多分、ニンファも晴れじゃないかな?」
「じゃあ、明日にする?」
善は急げと言うし、と続けた親友に、マリーツァは微笑った。そうしよう、と。
それぞれがケーキを半分食べ終えた頃、ウェートレスが冷たい水をグラスに注いでいく。マリーツァがそれを喉に流し込む。評判通り、美味しいフルーツタルトだった。またここに来ることがあったら、今度はミカエラの食べたチーズケーキを注文してみようか。そんなことを考える余裕が持てたのも、ミカエラのおかげだ。ミカエラの方に目を向けると、彼女も冷水を飲み、またフォークに手を伸ばしていた。