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アルビジアに大地を潤す恵みの雨が降ったので、マリーツァやミスティアたちは神木の回復を願ってはみたものの、それが叶うことはなかった。ミスティアにグレイス、コーネリウスといった面々を含め、ルルディたちの顔色は次第に悪くなっていく。
マリーツァもここで過ごすうちに、ミスティアたちにとって神木がどれだけ大きな存在であったかを知った。ルルディの長であるツェツィーリアは、マリーツァとミカエラに一室、ウィスタリアとヴィルヘルムにも一室、じゅうぶんに広い部屋を与えており、彼女たちはそこでゆっくりと心身を休めることが出来ていた。シエル王国の騎士として長く鍛錬を積んできたウィスタリアたちはともかく、マリーツァやミカエラはほんの少し前までは「どこにでもいる普通の少女」だった。故に、普段の自分に戻れる場を用意してもらえたのは、本当に良かったと思っている。
マリーツァたちはその部屋で休んでいる。一方ウィスタリアはそろそろ進展が欲しいところだ、と考え込んでいた。彼の片割れと言えるヴィルヘルムは朝早くから外に出ている。何やら、情報収集をするのだと言っていた。昨日もヴィルヘルムは同様に情報を探しに出ていたが、これといって収穫は無いらしい。今の自分には、光の巫女の到着を待つくらいしか出来ない。その頼みの綱である光の巫女だって、目覚めたばかりであるから、どれだけ力を発揮出来るかは読めないのだが。
「――あの、ウィスタリアさん?」
数回、扉がノックされた。我に返って応じれば、鈴の音のような声。控えめに開かれた扉からの向こうにいたのは休息を取っていたはずのマリーツァで、ウィスタリアは自分の心臓が一度やけに高く鳴ったのを感じ取る。
「あ、ああ。マリーツァ。どうかしましたか?」
「ツェツィーリアさんが、皆に集まるように、と」
「……分かりました。一緒に行きましょう」
ウィスタリアが大きく頷き、マリーツァも「ええ」と答える。もしかしたら光の巫女がアルビジアに到着したのかもしれない。光の女神に祝福を与えられた少女と、花の女神に選ばれたマリーツァ。ふたりが力を合わせることができれば、神木は力を取り戻し、それを古より大切にしてきたルルディたちにも、平穏が戻ってくるかもしれない。マリーツァとウィスタリアは、急ぎツェツィーリアのもとへ向かうのだった。
緑の世界で長き時を生きるルルディ族の長ツェツィーリアは、真っ直ぐに「彼女」を見つめた。シエル王国の第一王子であるラスターの隣で、若干不安の色を纏った目の少女のことを。
「あなたが光の巫女、ですね?」
それは問いというよりは、確認に近いものだった。
「……はい。セレーネ・エレーミアと申します」
光の巫女――セレーネが深々と頭を下げた。金色の髪がさあっと揺れて、同時に輝きを放つ。ツェツィーリアもその場で大きく頷いた。
「わたくしはツェツィーリア。このアルビジアで生きる、ルルディの長です。わたくしたちはあなたを待っていました」
ツェツィーリアが一度神木に目を向けた。青い葉を落とし、枝も垂れ下がってしまっているそれに。彼女がふたたびセレーネに視線を動かした時だった、アルビジアを訪れている「もうひとりの巫女」がここに姿を現したのは。どこかで合流したのだろう、ウィスタリアだけではなく、ヴィルヘルムも、そしてミカエラも一緒だ。
「マリーツァ、あの子……!」
先に口を開いたのはミカエラだった。マリーツァも「あっ」と驚きの声を漏らす。それに続いて、セレーネも同様の表情に変化した。マリーツァたちが王都ハイドランジアを発つその時に、セレーネはあのターミナルにいた。その少し前にも会ったことがある。まさかここで再会を果たすとは思っていなかった。しかも、「巫女」という特別な肩書を得て。ツェツィーリアの後ろに控えているミスティアやグレイスたちも驚き顔だ。
「……あなたたち、知り合いなの?」
代表して問いかけるミスティアに、マリーツァもセレーネも首を縦に振る。
「まさか……こんな偶然があるのか……。いや、もしかしたら偶然ではないのかもしれないな」
「うん、私もそう思う。コーネリウスくん」
コーネリウスとグレイスが静かに言う。これは偶然ではなくて、運命や必然などと呼べるものなのかもしれない。この世界の――セフィーラの未来を担う存在でもある「巫女」。女神に選ばれた彼女たちには、進まねばならない過酷な道がある。手を取り合い、支え合って、その道を行くのだ。かつて、聖女クラウディアがそうしたように。
「光の巫女セレーネ。そして、花の巫女マリーツァ」
ツェツィーリアは静かに、だがしかしはっきりとした声で紡ぐ。
「あなたたちに改めて頼みがあります。神木を……わたくしたちが大切にしてきた、この神木を、どうかよみがえらせて欲しいのです」
まだマリーツァもセレーネも、目覚めたばかり。与えられた力がどれだけであるのかは、本人ですら分からない。その上、力をうまく制御出来るかどうかも分かってない。しかし、これは「やらなければならないこと」だった。出来る、出来ないという話ではない。同じ世界で生きるルルディを見捨て、自分たちだけ――人間たちだけの為に巫女の力を振るうことは、許されない。マリーツァとセレーネは目線をあわせて、そして大きく頷いた。きっと、やり遂げてみせる、と。
神木の前に巫女たちが立つ。びゅうと一陣の風が吹き抜けていった。マリーツァはじっと神木を見据え、そして考え込む。花の巫女としての力を注げば、なんとかなるのだろうか。いや、そんな簡単な話ではないかもしれない。
ふと、そこで思い出したのは、ジュビア王国の王であるグランディネから渡された「ラルムの石」だった。セレーネはもともとハイドランジア魔法学校に通っていて、魔石の扱いはマリーツァよりもずっと上手だろう。「ラルムの石」も魔石と呼ばれるものの一種。試してみる価値はあるかもしれない。
「セレーネ。ひとつ提案があるの」
マリーツァは「ラルムの石」を取り出す。涙の形をしたそれはとても美しく輝いている。セレーネはそれを見て驚き顔に変わった。ハイドランジア魔法学校の授業で何度か聞いたことがあったのだ、ジュビア王家に伝わるという魔石の話を。それは天の涙とも呼ばれるもので、清らかなる水を司っているという。
「この魔石の力を引き出すことは出来る?」
セレーネはその問いかけに少し迷った。魔法学校で聞いた話を信じるのなら、「ラルムの石」の力を引き出すことは、なかなかに難しいだろう。どこでも買える魔石とは違うのだ、秘めたる力の大きさは。けれど、この石をうまく扱えることが出来たのなら、ルルディ族たちが長く大切にしてきた神木を救えるかもしれない。
「……やってみます。いいえ、必ず、やり遂げてみせます」
マリーツァから「ラルムの石」をセレーネは受け取る。手のひらの上で煌めき続けるそれに、セレーネは意識を集中させた。マリーツァも、ミカエラも、ラスターも、ツェツィーリアも、そしてミスティアたちやウィスタリアたちも己の目を光の巫女へ向ける。
少しずつ、その石の輝きが強くなっていく。きらきらと光が拡散されて、セレーネはぎゅっと目を閉じた――どうか力を貸して。そう祈るように願うと、「ラルムの石」は彼女に答えを出したかのようにまた一段と強く光を放った。
その直後。光は雨のようにアルビジアに降り注ぐ。「ラルムの石」に閉じ込められていた力が開放されたのだ。色褪せていた神木の葉が次第に青々とした色に変化していく。垂れ下がっていた枝も、力を取り戻したようだ。セレーネの手の中にある「ラルムの石」はすべての力を使い切ったようで、くすんでいる。
どうやら成功のようだ、石の力を引き出し、疲れ切った様子のセレーネにラスターが駆け寄る。大丈夫かい、と彼が問えば、彼女は「はい」と息を切らしながらも答えるのだった。




