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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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「――もうすぐイリスに到着するよ」

 操縦席のラスターが優しい声で言う。それを聞いた光の巫女――セレーネ・エレーミアは窓の向こうに目を向けた。

 彼女は一足早く力を授かった花の巫女マリーツァ・アヴニールを追いかける形で、ジュビア王国にある森の都アルビジアを目指していた。セレーネに同行するのはシエル王国の第一王子ラスター。何でも、シエルの第一王子は光の巫女と共に生き、同じ運命を背負うというのだ、ラスターの実父であり、シエルの王であるヒンメルはそう語った。巫女として目覚めたばかりのセレーネは、まだ自分に課せられた全てを受け止めきれてはいなかったが、ラスターのことは不思議と受け入れることが出来た。彼とならば歩いていける気がするのだ、どんなに暗い道も。どんなに険しい道も。

「ラスター様、あれが王都イリス……ですか?」

 セレーネが言うと、ラスターは「ああ、そうだよ」と頷く。眼下にはたくさんの建物。中心部にあるのが、この国ジュビアの王城で、北側の濃い緑の先にアルビジアという街があるのだろう。セレーネはラスターから聞いている。アルビジアで暮らすルルディ族のことを。

「セレーネ。これは急ぎの旅だけれど、アルビジアへ向かう前に、ジュビアのグランディネ国王陛下に謁見することになっているんだ」

 ラスターがゆっくりと言った。それにセレーネは首を傾げ、こう問いかける。

「そう……なのですか? その間に、花の巫女……マリーツァさんがアルビジアを出てしまう、ということはありませんか?」

「うん、それは大丈夫だ。父上がグランディネ王へ連絡を入れてくださったそうだから、花の巫女はアルビジアで待機しているはずだよ」

 その答えに、セレーネは「そうなのですか」と返し、ふたたび窓の向こうへ目を向ける。シエル王都ハイドランジアのターミナルを飛び立ち、真っ青な空の旅に出てどれだけ経っただろうか。本当にこんな自分が「光の巫女」でいいのか、という不安も消えないまま、彼女はハイドランジアを発った。世界を救うことなど、自分に出来るのだろうか。あの聖女クラウディアのように、正しく力を振るい――セフィーラに希望をもたらすことが出来るのか。セレーネは飛行船での移動中、そんなことばかりを考えていた。

 飛行船の高度が次第に下がっていく。ラスターはセレーネに声をかけ、それによって彼女は物思いに耽ることをやめた。少しの衝撃のあと、飛行船は無事着陸に成功した。ラスターが立ち上がり、セレーネの手を取る。彼にエスコートされて、新しき光の巫女はイリスに降り立った。


 浮遊大陸ビエント。アイレ大陸の東に浮かぶ、緑豊かな大地。西の大国シエルの象徴は、空と同じ色の薔薇であり、一方ここジュビアの象徴は燃える炎と似た色の燕。ターミナル内にも、その象徴が描かれた旗や看板が幾つもあった。セレーネはラスターと一緒にターミナルを出て、グランディネ王の待つ王宮へと急ぐ。

 イリスの街と、この地の人々が営むそれを、燦々とした太陽が見下ろす。比較的寒冷なディセントラ出身のセレーネには、じりじりと照り付ける陽光が酷く眩しく感じられる。イリスの人々は、まだ光の巫女の顔を把握していないようで、セレーネはほっと胸を撫で下ろす。見知らぬ人々に囲まれて、いろいろな言葉と感情をぶつけられたら、上手く対応出来る気がしなかったからだ。そんなことになれば、ラスターがとりなしてくれるような気もしたが。


 王城へ続く石畳を、セレーネとラスターは進んでいく。人混みを掻き分けるように、先へ先へと歩いていった。イリスは活気に溢れている。ハイドランジアも人が多いが、こことは少し空気が違うように思えた。国が違うのだから、それは当たり前のこととも言える。

 十五分程度で、ふたりは城門前に到着した。そこには衛兵が数人。代表して大きな声を上げたのは、ラスターよりも幾つか年上に見える女性。そんな彼女に、ラスターは告げる。自分たちが何者で、何を目的にここへ来たかを。女性は大きく頷いた。しっかりと情報は伝達されていたようだ。開門され、彼女に連れられる形でふたりは城の中へ、一歩を踏み入れる。セレーネは緊張しながらも、ラスターのすぐ隣を歩いていく。荘厳な城内。ゆらりと揺れるランプの灯り。敷かれた絨毯はこの国の象徴である赤。

 セレーネはラスターの横顔を見た。彼は普段と同じ顔をしている。自分たちは、それほど長い付き合いではない。まだ知らないことの方が圧倒的に多いくらいだが、セレーネには分かった、ラスターは自分と違って緊張などしていない、と。それはきっと王族だからだろう。ディセントラの一般家庭に生まれ、王都ハイドランジアの魔法学校へ通っていたセレーネ。今でこそ巫女という特別な立場にあるが、少し前まではそういったどこにでもいる少女だった。王の実子ラスターとの差を埋めるのには、もう暫くの時間が必要なのだろう。


 考えながら歩いているうちに、謁見の間のすぐ近くへ彼女とラスターは辿り着く。どうぞお入りください――そう静かに言われてセレーネは顎を引き、背筋を伸ばす。先に入室したラスターに続く。

 この国の王であるグランディネは、黒い瞳をセレーネに向けている。どこまでも穏やかな眼差しに、少女は安堵した。表情が強張るのをなんとか抑えこんで、セレーネは深々と頭を下げる。顔を上げよ、そう言われてから、彼女の目は再びグランディネ王をとらえた。

「あなたが光の巫女だね?」

「はい、私の名はセレーネ・エレーミアと申します」

 もう一度頭を垂れる。グランディネ王の視線がラスターへと移った。

「――お久しぶりです」

「ああ、元気そうで何よりだよ、ラスター王子。随分と背が伸びたね。見違えるようだ」

 目を細めたグランディネ王へ、ラスターは微笑む。そんなやり取りのあと、若き王はこう切り出した。少し前に花の巫女――マリーツァ・アヴニールという名の少女が、アルビジアへと向かったことを。セレーネは、マリーツァの姿を頭の中に描いた。桜のような色をした髪に、澄んだ青の瞳。自分より幾つか年上の彼女は、とても優しそうな人だった。

「マリーツァさんとは、アルビジアで合流出来るのですね」

 セレーネが言い、王は大きく頷いた。

「だが、アルビジアでは困ったことが起きているらしい」

「困ったこと……ですか?」

 王の台詞に疑問符を浮かべたのは、セレーネだけではなくラスターも同じだった。

「何やら、神木と呼ばれるものが枯れかけているというのだ。何でも、アルビジアで暮らす者たちが古より大切にしてきたというものなのだが……」

 森の都アルビジア。そこで暮らすルルディたちが崇め、何よりも重要視してきたという神木。セレーネには、それがどれだけ深刻なことなのか窺い知ることは出来ない。だが、巫女として困っている人を助けたいと思った。自分はまだ力を与えられたばかりで、未熟である。どれだけのことが出来るかは分からないが。

「事態はかなり深刻のようだけれど……花の巫女と君が協力すれば、もしかしたら――」

「うむ」

 ラスターの言葉に、再び頷くグランディネ王。セレーネもまた決意を固める。マリーツァと力を合わせ、ルルディと呼ばれる者たちと神木を救いたいと。人間である自分とルルディたちは違う文化の中を生きているが、彼らもまたこの「セフィーラ」と名付けられた世界で暮らす仲間と言える。それに自分は巫女になったのだ、与えられた力は、人々を守り救うことに使われるべきだ。

「陛下。私は、私に出来ることをしたいと思います」

「……よく言ってくれたね、光の巫女」

 ラスターも頷いている。話はここで終わりだ。一国を統べるグランディネには、仕事が山積みなのだ。それにセレーネたちものんびりとはしていられない。

「では、失礼いたします」

 深々と頭を下げて、セレーネとラスターはその場を後にした。

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