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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
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22

 アルビジアの街を一周りしたマリーツァたちは、一度神木のある広場へと向かった。遥か昔から、ルルディ族を見守ってきたという神木。あらかたの葉は落ち、枝はだらりと下がり、ルルディではないマリーツァやミカエラの目から見ても、力を失っていることは明らかに分かる。

「この神木は、私たちが生まれる前から――いいえ、ツェツィーリア様がお生まれになるよりもずっと前から、私たちルルディを守ってきてくれたのよ。こんな風になってしまうなんて、信じられないわ……」

 ミスティアが代表して言った。哀しそうに目を伏せる。そんな彼女からは、森に咲く花の異変も聞いていた。マリーツァとミカエラは顔を見合わせ、それから神木を改めて見上げる。

 自分には何が出来るだろうか。マリーツァは考え込んだ。花の女神フルールは、自分に祝福と力を与えた。夢にあらわれた古の光の巫女――聖女クラウディアに導かれ、足を踏み入れた隣町にある花の神殿で。クラウディアは言った。マリーツァは希望である、と。彼女の言葉は抽象的で、内容の全てを理解できた訳でも無い。だが、「希望」というものが何を指しているのかは分かる。それは即ち、巫女のことだ、クラウディアが光の巫女として生きた時代には、花の巫女や水の巫女といった存在もあったとされる。聖女クラウディアは彼女たちと手を組み、心から信頼し合うことで、破滅の巫女と戦った。

 マリーツァはサマーグローブの上から、刻印へ触れる。今は痛みも無い。特に熱を持っているわけでもない。ただ、これに触れると心臓がどくんどくんと鼓動する。まるで、何かを訴えかけているかのよう。その何かが分からなくて、もどかしくもなる。自分は、自分と同じように、女神から祝福を受けた仲間を――巫女を見つけなくてはいけない。ちらりとミカエラやミスティアを見る。ふたりはグレイスとコーネリウスを交えて、話をしている。彼女たちが「巫女」であればいいのに、なんて少々無責任なことを思ってしまう。もしそうであるなら、もう既にここに絆があるのに、と。

「――マリーツァ、どうしましたか」

 ふいに声をかけられて、マリーツァは「えっ」と小さな声を漏らすと共に顔を上げる。ウィスタリアが自分のことを見ていた。何もかも見抜いているような、そんな目で。

「い、いえ……何でもありません」

「……そうですか」

 マリーツァは昔から嘘が下手だ。真面目過ぎて、顔に出てしまう。理知的なウィスタリアの瞳は、それをも見透かしているよう。暫くの間、ウィスタリアもマリーツァも口を開かなかった。その間も、ミカエラたちは話し込んでいる。どうやら、ミスティアたちとは馬が合うらしい。種族が違うという分厚くて大きな壁も、彼女たちにはあまり関係無いようだ。

「私は、あなたを護ることが使命です」

 彼は静かに言う。

「あなたが傷付くことも、苦しむことも、出来る限り避けたいのですよ」

 ウィスタリアが、そっとマリーツァの肩に手を置いた。それは、とてもあたたかな手だった。強張っていた心を、そっと解してくれるかのよう。

「ウィスタリアさん……」

 ふたりは見つめ合った。こんなことは初めてだ、シエルの王都ハイドランジアを発って、それなりに時間は流れていたけれど。更に胸の鼓動が早まっていく。マリーツァは自分を見る藤色の瞳に、とらわれてしまったかのよう。どきどきするのは、何故だろう。マリーツァは背の高い彼を見上げて、自分に問い、そして答えが見つけられずに戸惑う。

「何でも言ってください。私が、あなたを護ってみせます。最後まで」

 彼の言葉は真っ直ぐだ。シエル王国の騎士であり、『巫女を護る剣』であるウィスタリア。もし、ミカエラが巫女という立場であれば、彼女にこの台詞を投げかけただろう。これは、自分が「巫女」だから綴られた言葉。マリーツァはそう分かっている。分かっているけれど、彼女は彼の台詞に、ときめきにも似たものを抱いてしまった。なんとかそれを振り払い、マリーツァは頷く。ありがとうございます、そう付け加え、マリーツァはミカエラやミスティアたちの輪に戻っていく。

「――ウィスタリア」

 そんな彼女の背を見て、声を発したのはヴィルヘルムだった。彼は完全に気配を消していたが、ウィスタリアとマリーツァのやり取りを、すべて聞いていたらしい。低いその声は、相棒を咎めるかのよう。

「マリーツァを……巫女を護るのが、俺たちの使命だろう? 陛下にもそう誓ったはずだ」

「ああ、今もそう言ったが……」

「……ウィスタリア。お前、もしかして」

 マリーツァとミカエラが幼馴染であるように。ミスティアとグレイス、コーネリウスが長い付き合いであるように――ウィスタリアとヴィルヘルムも、幼少の頃から築き上げてきた確かな絆がある。だからヴィルヘルムには分かった。彼が抱く感情が――少しずつ最初に芽生えたものと異なりつつあることを。

「……それ以上は、まだ言わないで欲しい」

 ウィスタリアが苦しそうに言って頭を垂れる。その表情こそが、答えなのだろう。ヴィルヘルムはずっとウィスタリアを見てきたし、逆もまた然り。二十年と少しを生きてきたウィスタリアは、その大半をヴィルヘルムと過ごした。厳しい剣術の稽古にも共に励んだ。シエル王国の騎士として必要な教養も、一緒に学んできた。ウィスタリアのことを最も理解しているのはヴィルヘルムであり、ヴィルヘルムのことを最も分かっているのもウィスタリアである。

「……ヴィル。私はまだ答えを見つけられずにいるんだ。マリーツァは確かに大切な存在だ。だが、『彼女』のことも……まだ、忘れていない。いや、忘れられるはずがない……」

 遠くを見つめたウィスタリア。切ない瞳に映るのは、アルビジアの街並みでもなければ、森の緑でもない。そんな片割れに、ヴィルヘルムも俯く。

「彼女は誰よりも強く、そして気高い女性だった。憧れであり、目標だった。私は、ずっと彼女の背中を追いかけてきた。ヴィル、君が一番知っているだろう」

「……ああ。俺も……憧れていたよ」

 ふたりの騎士の声は硬い。

「私は、彼女を――ゾフィーのことを忘れることなど出来ない。中途半端な想いは、マリーツァを苦しめてしまうかもしれない。だから……少なくとも今はこれ以上を望むことは出来ないんだ」

 ウィスタリアは視線をヴィルヘルムの方へと戻す。彼の言っていることは、嘘ではない。偽って、なにかを隠している訳ではない。ヴィルヘルムには分かる。彼がそう言うのであれば、それが事実だ。

「……もしマリーツァがお前に振り向いたら、どうするんだ?」

 それは「もしも」の問いかけ。だがウィスタリアは長考して――それからこう答える。

「今は……そうだね、騎士と巫女……その関係であることを望むよ」

 彼がマリーツァを見た。マリーツァは、ミカエラやミスティアたちと談笑をしている。薄い紅色の髪が風と戯れ、サファイアのような瞳で友人たちを見据えている。身に纏っているワンピースの裾が揺れた。ウィスタリアの視線には気付いていないようで、楽しそうに話し込んでいる。

 彼女は花の巫女。ごく普通の少女に見えるが、世界を――セフィーラの未来と運命を背負っているのだ。女神に選ばれた特別な人物なのだ、それは望まぬして得た力なのかもしれないが、今は受け止めて、途方も無く長い道を歩き始めているところだ。ウィスタリアがやるべきことは、そんな彼女を守り抜くこと。これは一貫している。

「そうか……悪かったな」

「いや、あまり気にしないでくれ」

 俯いた相棒に、ウィスタリアはそんな言葉を口にするのだった。

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