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マリーツァたちは、ミスティアたちに案内されてアルビジアの東側にある公園に移動した。木と木の間から柔らかな陽光が降り注ぐ。
木製のベンチにそれぞれが腰を下ろす。ウィスタリアとヴィルヘルムは少しだけ距離を置いて立っている。彼らの役目は、マリーツァたちの護衛。アルビジアはツェツィーリアの守護魔法の影響下にあるとグレイスから説明されたが、神木がああなってしまっていることを考えると、気を抜くわけにはいかなかった。
「それで、マリーツァたちはハイドランジア、っていうところから来たのね」
「ええ。ハイドランジアはシエル王国の王都なの」
ミスティアたちにマリーツァが語ると、ルルディの三人はへえ、と息を漏らす。随分と遠くから来たのね。代表してミスティアが言った。シエル王国の王都であるハイドランジア。その街があるのは、ここアルビジアのある浮遊大陸ビエントではない。西側の浮遊大陸、アイレである。
「つまり、ビエントまでは飛行船で来たってこと、だよね」
「うん、そうだよ」
グレイスの声に、ミカエラが答える。飛行船。森に生き、花を愛で、緑を尊ぶ――そんなルルディ族として生まれて、ずっとここで暮らしてきたグレイスたちからすると、マリーツァやミカエラが辿っている道は、まるで空想小説のよう。マリーツァたちだって、少し前の自分にこれを語れば同様のことを思っただろう。グレイスたちの世界がアルビジアで完結しているように、マリーツァやミカエラたちの世界もハイドランジアと近隣の街で完結していたのだから。
「アイレからビエント……随分と時間がかかっただろう?」
コーネリウスも言う。それにマリーツァとミカエラも同じタイミングで頷いた。
「アイレ大陸の外に行く、だなんて、期待と不安でいっぱいだった。何があるのか、全然知らなかったもの」
「私もそう。でもマリーツァが一緒だから、怖くはなかったよ。それにウィスタリアさんとヴィルヘルムさんも一緒だし、ね?」
ミカエラの緑色をした瞳が、ウィスタリアとヴィルヘルムの方へと動く。彼らも彼女の視線に気付き、小さな笑みを浮かべた。僅かに頷く様子を見せたのは、ウィスタリアだ。
「空を飛ぶ船、なんて見たこともないわ。それに海や、人々が行き交う街も……ここには無いものを見られるあなたたちが、少し羨ましいかも」
黒髪を靡かせ、しみじみと言ったのはミスティアだった。人間と関わることを望まない種であるとはいえ、彼女たちもそういった年頃。外の世界へ憧れを一切持っていないと言えば、嘘になる。
「……じゃあ、今度はミスティアたちの話を聞きたいな」
マリーツァが手をパンと叩いて、ミスティア、グレイス、そしてコーネリウスを見た。もうひとりの巫女――二番目に目覚めたという少女がアルビジアに到着するのがいつになるかは分からない。それまでに、ルルディ族であるミスティアたちとコミュニケーションを取り、少しでも仲良くなりたい。二番目の彼女も、きっと普通の人間だろう。彼女とルルディ族の橋渡しになれるのは、マリーツァやミカエラだけだろう。
「そうね、何から話したらいいのかしら」
ミスティアが腕を組んだ。
「……そういえば、ルルディの人って女性が多いの?」
考え込むミスティアに、ミカエラが問いかけた。ここにいるルルディは、ミスティアとグレイス。それからコーネリウス。女性ふたりに男性がひとりだ。
「そうだ、よく分かったな。男性は全体の三割しかいない。どういう理由かは俺たちにも分からないけどな」
コーネリウスが答えて、ミカエラはへえ、と声を漏らす。確かに、ルルディ族長もツェツィーリアという名の女性だった。先程マリーツァやミカエラを取り囲んだルルディたちも、女性が多かった。
「あとは……そうだね、ヒトよりも魔法の扱いに長けている、とも言うよ」
「そうなんだ。じゃあ、あなたたちも魔法を?」
「勿論よ」
ふふ、とミスティアは笑う。少々自慢げに。
「マリーツァ、あなたは魔法を使えるの?」
「私は少しだけ。普通の人間は魔法について学校で勉強するとかして……知識と扱いを学ばないと、あんまり上手く魔石を使いこなせないんだ」
彼女の説明を聞いたミスティアやグレイスが不思議そうな顔をする。彼女たちにとって魔法や魔石といったものは、とても身近な存在であるらしい。
「マリーツァは花の巫女になって、女神様から力を授けられたから例外。私は魔法、使えないの」
ミカエラが続ける。その顔は、少しだけ悲しげに見えた。それに感づいたらしく、マリーツァは言う。
「でも、ミカエラがいてくれるから、私はここまで来られたんだ。いつも支えてくれる、大切なお友達だよ」
マリーツァが花のように笑う。柔らかく、優しいその顔にミカエラは瞳を潤ませた。
「――あなたたちは本当に仲が良いのね」
三人は同じことを思ったのだろう、代表してミスティアが言った。自分たちの関係と重ね合わせる部分もあるのだろう。ミスティアとグレイス、コーネリウスの間に確かな友情があるように、マリーツァとミカエラの間にあるそれも強固で。もしかしたら、マリーツァたちとミスティアたちの間にも、種族をこえた絆が芽生えるのかもしれない。五人が明るい顔で会話する様子を、ウィスタリアとヴィルヘルムはあたたかな目で見守り続けた。
「ねえ、マリーツァ、ミカエラ。あなたたちに見せたいものがあるのだけれど、少し付き合ってくれないかしら?」
ミスティアが立ち上がって、そう言ったのは、彼女たちが公園のベンチで語り合い始めて一時間近くが経過した頃のことだった。彼女と長い付き合いであるグレイスとコーネリウスは、彼女の言いたいことを即座に理解したようで、マリーツァとミカエラだけが小首を傾げる。だが、断る理由も無い。マリーツァとミカエラがうん、と答えて腰を上げる。続いてグレイスとコーネリウスも立ち上がる。
「――ウィスタリアさん、ヴィルヘルムさん、付いてきてくれますか?」
「勿論ですよ」
穏やかに声を重ねた騎士ふたりが、マリーツァとミカエラの側まで歩み寄り、マリーツァたちは公園をあとにした。ミスティアが先頭を行く。そのすぐ後ろにはマリーツァとコーネリウスがおり、そのまた後ろにミカエラとグレイスが続く。ウィスタリア、ヴィルヘルムは彼女たちと少しの距離をおいて歩いている。ミカエラとグレイスは親しげに会話をしながら歩き、マリーツァとコーネリウスも言葉を交わしつつ、ミスティアの背を追った。
数分歩いたところで、ミスティアの足が止まる。そこには女性の石像があった。花束が手向けられており、それはまだ新しいもののようで綺麗な色を保っている。
「これは、もしかして――」
マリーツァが石像を見上げた。
「ええ、これはアナイス様の石像よ」
答えたミスティアの声は、少しだけ硬いように聞こえた。アナイス。それは古の時代――花の巫女として、聖女クラウディアと共に世界を救う旅に出た女性。
「……細かいことは分からないけれど、アナイス様は、このアルビジアに来たことがあるそうなの。古の時代……私たちの祖先は花の巫女である彼女に助けられたとも言われていて」
「俺たちを『ルルディ』と呼んだ最初の人物――そういう話もあるんだ。本当かどうかは分からないけどな」
ミスティアの台詞を、コーネリウスが引き継ぐ。ミスティアたちの瞳は真剣そのものだ。
「そんなアルビジアに、マリーツァさん……新しい花の巫女が来たことには、大きな意味があると思うんだ」
そうグレイスが言う。マリーツァはもう一度石像を見た。アナイスは微笑んでいる。その優しい表情をこちらに向けている。慈しむように、アルビジアの民を見守り続けているのだ、ずっと。マリーツァは胸に手を当てて、それから目を瞑る。彼女のように、ルルディの友を助けたい。そう強く、強く願いながら。




