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いつか散る花に恋して  作者: 美鳥ミユ
CHAPTER 02:破滅の詩と光の歌
33/37

20

 グレイスに案内される形でマリーツァたちは無事に森を抜け、ルルディ族の暮らす街――アルビジアへ到着した。

「ここが……アルビジア……」

 マリーツァは辺りを見回す。木造の小さな家が幾つも並んでおり、その家々の前には色とりどりの花が植えられている。木々は春の風に揺れて語らう。とても美しいところだ。それがマリーツァの第一印象だった。

「……」

 しかし、あっという間にルルディたちがマリーツァ一行を取り囲む。彼らの視線はどれもこれも冷たい。睨みつけているという表現が、最もしっくり来るだろう。ミカエラが不安そうにマリーツァを見た。ウィスタリアもヴィルヘルムも無言だ。風はやみ、木々も黙り込む。まるで時間が止まってしまったかのような長い静寂。

「――グレイス」

 それを破ったのは、緑の瞳をしたルルディの少年の声。その声は硬く、だか何かを咎めるかのような、そんな色を帯びている。

「お前、どうして人間を連れてきたんだ?」

「コーネリウスくん……」

 コーネリウスと呼ばれた少年はマリーツァを見る。自分たち――ルルディ族の街に人間が足を踏み入れたことを許せない、といった様子だ。俯くグレイスに、コーネリウスは続ける。

「俺たちは人間と関わりたくない。グレイス、それはお前も同じだろう?」

 確かにグレイスも言っていた――私たちはヒトと関わることを望んでいない、と。ルルディというものは人間たちの社会に交わることなく、ひっそりと生きていくことを望む種族なのだろう。

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 それを思い起こしたのはマリーツァだけでなくウィスタリアも同じだったようで、ずっと口を閉ざしていた彼が言葉を発する。コーネリウスを始めとしたルルディ族たちは、何の反応もしない。だがその場を立ち去ることもなく、それぞれの澄んだ瞳がウィスタリアへと向けられている。

「この少女――マリーツァは花の巫女です。彼女……グレイスさんから、神木のことを聞いています。花の巫女であるマリーツァならば、あなた方の力になれるのではと思いますが?」

 ウィスタリアの言葉に、ルルディたちは驚いたような表情に変わる。花の巫女。まさかこの少女がそうなのか、訝しげな顔の者も少なからずいた。しかしマリーツァは折れずに、声を張り上げる。自分は巫女であり、あなたたちの力になりたい、と。必死なマリーツァをコーネリウスはじっと見て、それから友人であるグレイスへと視線をずらす。

「彼女は本当に巫女、なのか?」

 代表して問いかけたのは、ルルディの青年だった。マリーツァはええ、と答えてから恐る恐る青年に近寄って、サマーグローブをそっと外し、甲に刻まれたそれを見せた。刻印を見た途端に青年の顔色が変わった。何人かのルルディたちもマリーツァを取り囲み、それに目を落とす。

「……事実、なのね」

「あなたが花の巫女……本当に……?」

 ルルディたちが口にするのは、驚きと、それに連なる様々な感情。ルルディ族は長い――途方も無く長い時を、自然と共に生きてきた。彼らが最も崇めている神は、花の女神フルールである。女神の祀られるニンファから遠く離れた地、アルビジア。ここでずっと祈りを捧げてきたのである。


「一体、何事ですか」

 凛とした声が響く。それはマリーツァのことをルルディたちが認め始めた時のこと。ルルディたちがはっとした顔をし、そして道を作る。姿を見せたのは、気品のある女性だった。長い髪は絹糸のように輝く。他のルルディたちよりもっと細かい刺繍のされた、美しい服を身に着けている。恭しくルルディたちも頭を下げた。どうやらこの女性がルルディ族を束ね、まとめる者なのだろう。その後ろから姿を見せたのは、グレイスと同じくらいの歳に見える、短髪の少女。

「ツェツィーリア様……」

 コーネリウスが女性をそう呼んだ。そのあとに、グレイスが「ミスティア」と小さな声を絞り出した。このルルディ族をまとめる女性の名がツェツィーリアで、短髪の少女がミスティアという名なのだろう。マリーツァたちは察した。よくよく見ればグレイスとツェツィーリアは同じ髪色で、瞳の色も同じだ。顔立ちもどことなく似ているように思える。おそらく親子なのだろう。

「彼女は花の巫女様……マリーツァさんです」

 説明をしたのはグレイスで、ミスティアと呼ばれた少女は先程のルルディたちと同様に驚いた様子だ、目を見開いている。一方で、ツェツィーリアは表情を変えなかった。何の感情も無いかのよう。ウィスタリアはそんな彼女を見て、流石だと思った。彼女は、これだけの者たちを束ねる身。それも、人間とは違った世界で生きる者たちを、だ。誰からも敬われて、導いてきたのだ、とても長い歳月を。

「みなは下がりなさい」

 ツェツィーリアの鶴の一声で、ルルディ族は散らばっていく。残ったのはグレイスと、コーネリウス。それからミスティアの三人。その三人は、どうするべきか考え倦ねているようだった。ツェツィーリアはグレイスたちには何も言わず、真っ直ぐにマリーツァを見る。

「マリーツァさん、ですか」

「……はい」

「そして、こちらは?」

 ツェツィーリアの視線がミカエラへと動く。

「ミカエラと申します」

「私は、ウィスタリアという者です」

「私はヴィルヘルムと申します」

 騎士ふたりもそれぞれ頭を下げる。ツェツィーリアは深い溜息のあと、ゆっくりとした口調で語り始めた。ルルディ族は、このアルビジアでずっと生きてきたこと。そんな自分たちを見守り続けてきた神木が、力を失って、枯れてしまいそうになっていること。祈ることしか出来ない、自分たちの無力さ。縋り付くものもなく、ただ悲しみに沈んでいる現実。先程は感情を押し殺していたツェツィーリアも、苦虫を噛み潰したような顔に変わっている。

「あなた方が抜けてきた森にも、魔物がいたでしょう? ああいった者も、以前は姿を見せませんでした」

 ツェツィーリアの台詞に、マリーツァやミカエラは頷いた。王都イリスでも騎士から言われていた――森に異変が起きている、と。それらすべてが、力を失った神木のせいであるのなら、やるべきことはひとつ。神木を元に戻すこと。マリーツァはその答えに辿り着くものの、自分にそれだけの力があるとは思えなかった。グレイスたちも口を閉ざし、ミカエラもどうしたらいいのか分からないといった様子。静寂が訪れる。

「……あ、あの、ツェツィーリアさん。私、もうひとり巫女がアルビジアに来るって、ジュビアのグランディネ様から聞いているんです。彼女の到着を待って、それからまた考えるのは如何でしょうか?」

 時が止まったかのような静寂を破ったのはマリーツァだった。ジュビアの王は、確かにマリーツァに言った。もうひとり巫女が――二番目の巫女が目覚め、自分たちを追いかけてアルビジアへ向かっていると。ならば、彼女は自分たちの仲間になる存在のはず。ツェツィーリアは暫く考え込んで、それから「そうしましょう」と硬い声で言った。

「それまでは……そうですね、ここに滞在しても構いません。みなにも改めて言っておきましょう。あなた方は私たちに害を為す者ではないと。グレイス、コーネリウス、ミスティア。マリーツァさんたちに、案内を頼みます。私にはまだやるべきことがあるのです。時が来るまで、頼みましたよ」

 長はそう言って、マリーツァたちに背を向ける。グレイスたちがはい、と答えるのも待たずに。相当忙しいのだろう、ツェツィーリアという人物は。

「……改めて自己紹介をしようか。俺の名前はコーネリウス。さっきはその……悪かったよ、巫女様」

「いえ、気にしないでください。私はマリーツァ。花の巫女になったばかりですが……皆さんの力になれたら、そう思っています」

 コーネリウスにマリーツァは微笑む。

「私はミカエラ。マリーツァの友達です」

「わ、私はグレイス。ルルディの長であるツェツィーリアの娘、です」

 小さく頭を下げたミカエラの次に、グレイスが続いた。

「私がウィスタリア。そしてこちらが」

「ヴィルヘルムです。俺とウィスタリアは、騎士としてマリーツァたちを護ることが使命です」

「私はミスティア。よろしくね」

 騎士たちがそれぞれ言ったあと、最後にミスティアが微笑って言った。彼女はぐるりとマリーツァたちを見て、それから再び口を開く。

「よかったら、いろいろと話を聞かせてくれないかしら。私たち、この森の外のことを殆ど知らないから」

「あ、はい。ミスティアさん」

「ふふっ、ミスティアでいいわよ、巫女様」

「え、あっ、はい。では私のことも、マリーツァと……」

 こうして小さな友情が目覚めたことを、マリーツァは嬉しく思った。森やアルビジアで起きていることの解決策はまだ無い。巫女としてどれだけ力を振るえるかも分からない。それでも、絆が芽吹いたことは喜びだ。ウィスタリアとヴィルヘルムは、少し離れた位置で、マリーツァやミスティアたちのやり取りを優しい瞳で見守っていた。

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